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記者の視点

 漫画村、Anitube、Miomioの3サイトに対し、「緊急避難」としてサイトブロッキングを可能にする今回の案が実行される可能性は、現実的には低い。ISPの業界団体であるJAIPAが反対しているうえ、政府が指名した当の3サイトはいずれも閉鎖や配信停止に追い込まれたからだ。

 うがった見方をすれば、政府と出版社は「緊急避難によるサイトブロッキング」という見せ球を示すことで、サイトブロッキングやリーチサイト対策に関する法整備については大筋のコンセンサスを得るという果実を得たと言える。その一方、ISPと権利者団体の信頼関係が失われ、対立構造が生まれてしまったのは大きなマイナスだ。

 とはいえサイトブロッキングの議論を通じ、「海賊版サイトの存在を許さない」という一点でプレイヤーの意見が一致を見たことは大きい。これを機に、権利者とISPだけではなく、広告主/広告代理店、法学者、消費者団体を交えた、より大きな協議体を形成することを期待したい。

 集英社への取材によれば、これまで同社は海賊版対策としてここ10年で以下のような措置を実施してきたという。

  • 海賊版サイトへの削除要請・警告書の送付
  • 国内外のISP、サーバーへの削除要請・警告書の送付
  • レジストラへのドメイン閉鎖要請
  • リーチサイトが使用するサイバーロッカーへの削除要請
  • 裁判所での発信者情報開示請求仮処分手続き
  • 検索サービス提供事業者へ検索結果からの表示抑制要請
  • インターネット広告の出稿停止要請
  • 「Free Books」に対して、出版社連合で海外サーバーに対しての現地での法的アクション
  • 「はるか夢の址」「ネタバレサイト」「漢化組」案件では、警察と連携しての摘発
  • 教育機関などでの普及啓蒙活動

 漫画村に対して捜査機関に被害届を出したかについては、集英社は「一般論として、被害届を出したかなどの情報を公開することは、犯人の逃亡などにつながる場合がある」(広報)として回答を避けた。

 集英社はこれらの対策について、ある項目は単体で、ある項目は複数の出版社と、ある項目は業界団体として実施してきたという。ただ、出版社や複数の業界団体がバラバラに海賊版対策を打っている現状では、戦略的かつ効果的な手を打つことが難しい。CODAと出版社の連携もうまくいっているようには見えない。

 例えば、出版社の委託を受け、各社への削除要請から海賊版サイトの技術的な分析、広告出稿元の割り出し、警察への告訴といった海賊版対策を一手に担うような団体を作るのも一法ではないか。約3000億円という被害想定額を考えれば、対策に年間数億円ほどを投じるだけの価値はあるだろう。

 ISPも海賊版サイトへの対策に知恵を絞る余地はある。

 今回の緊急対策案では、ブロッキングの根拠としてSimilarWebのアクセス集計が使われた。ただSimilarWebは主にChrome拡張機能からアクセス履歴を収集しており、ユーザー層に偏りがある。ブラックリストの整備や今後の立法に向けた根拠となる立法事実として使うには心許ない。

 オンライン広告の業界団体JIAAの柳田桂子事務局長は、CODAからの広告出稿停止の要請に理解を示しつつも、「最終的に停止を判断するのは広告主や広告代理店。停止を判断する根拠が明確でないと、運用は難しいのでは」と懸念を示す。

 例えばISPが、権利者団体の要請に応じて海賊版サイトに対する自社ネットワークからのアクセス総数を集計する枠組みがあれば、権利侵害の実態を正確に把握し、広告出稿停止の指標などに活用できる。統計情報としてアクセス数を集計する行為が通信の秘密を侵害するリスクは低いだろう。

 権利者、ISP、広告主、広告代理店、ユーザー団体など、海賊版サイトのエコシステムと関わりがある全てのプレーヤーが、海賊版対策として何ができて何ができないか、膝を突き合わせて議論し、「できること」の優先順位リストを作り上げる。緊急避難としてのブロッキングを議論する前に、まずはそこから始めてはどうだろう。