真顔日記

上田啓太のブログ

直方体の部屋をエアコンでキンキンに冷やしたい

去年の夏、新居の冷房を使った。非常に効きのよいものだった。といっても、べつに特別な冷房ではない。ワンルームに備え付けられたふつうの冷房である。むしろ部屋の形状の問題だろう。私は冷房が素直にきく空間に感動していた。

というのも、長く居候していた杉松の家は古い日本家屋であり、構造上、あまりエアコンが効かなかった。庭、縁側、居間、台所とゆるやかにつながっており、エアコンの冷気があちこちに散ってしまう。いまいち冷えた気がしない。

だからあの頃、私と杉松はすぐに「この家が直方体だったら……」と言っていた。直方体の部屋をエアコンでキンキンに冷やしたい。それがわれわれの切なる願いだった。

ちなみに、私が転がりこんだ当初、杉松の家にはエアコンさえなかった。扇風機だけでなんとかしていた。その扇風機も非常に古く、半分壊れているようなもので、プロペラの回転は異常に遅かった。「強」に設定して、ようやく「弱」ほどの回転を見せる。

ちなみに「弱」に設定すると、すこしだけプロペラが回転したあと、ゆっくりと停止していた。あれはひどかった。ことばの真の意味で「弱」だったとも言えるが、真の意味で弱い扇風機には何の価値もないことを知った。

その後、杉松はエアコンを購入した。「人間が二人になって家が暑くなった」と杉松は言った。人間の肉体というものがいかに熱を発しているかを淡々と述べられた。私は家に転がりこんだ身として恥じたものだった。恥じただけで電気代は払わなかったんだが。

杉松はエアコンの説明書を読み、だいたいの機能を把握した。初日の夜、「ねむリズムだよ!」と嬉しそうに言っていた。そういう名前の機能があるらしい。寝る時は「ねむリズム」に設定するとよいとのことだった。新しい言葉を与えられたときのわれわれの反応は二才児と同等である。その語感を気に入り、しばらく、ねむリズムという言葉を連呼していた。

以降、杉松は夜になるたびにリモコンをピッとやってねむリズムに設定し、「ねむリズムだ」と言っていた。その顔は非常に満足げだった。だが結局、ねむリズムの効果がどうだったのかは覚えていない。言葉のひびきの面白さだけを記憶している。メーカーとしてはどうなんだろう。ネーミングだけ気に入られても困るんじゃないのか。

その後、私はアパートで一人暮らしをはじめ、夏と冬を一度ずつこえた。アパートの部屋は見事な立方体である。引越し後しばらくはすさまじい密閉空間にいる気分だった。古い日本家屋からワンルームに引っ越すと、あまりのちがいにおどろいてしまう。完全な幾何学の世界。概念に住んでいる状態。だからこそ、室温をコントロールしやすいということなんだろう。もうすぐ、概念で暮らす二度目の夏がくる。