2018-04-21

かに欲望されないのも苦しい

19新卒だけども、やっぱり就職はうまくいきそうにない。

最近、適性検査入社試験)やらを受けるけれども、非言語系の算数みたいな問題がとても出来ない。

そして、最初から落とされたりする。

自分は昔、知能テストを受けて記憶力やら図形やらといった図的処理が全くできないと医者に言われたことがあるから仕方がないのかもしれない。

容姿も頭も悪く、どうにもならない。

自分が持たざるものであり、持てる者をみると惨めな気持ちになる。それは経歴やらでは解決できずに性的魅力が得られたら解決するのだろう。

知事ニュースを見て、ミシェル・ウエルベックの「闘争領域の拡大」という本を読むと感じる。

最近セクハラ報道が盛り上がっている。

自分が入れたチンパンジー大学の三流学部ゼミモデル体型で容姿がいい女が「報道に興味があります そしてダンスサークル所属しています」と自己紹介をしたのを思いだした。

教授が「加計絡みの国会審議が盛り上がっているね」と話返したら、彼女は黙ってなにそれという顔をした。

彼女所詮政治経済世間の不平等不公平などにも関心がなくて、ただ自分容姿が生かせる仕事をしたいだけではないかと感じたものだった。

最近セクハラ絡みの報道を見ると、個人が嫌だと感じるのは自由だと思うし抗議する権利はあると強く感じる。

しかし、同時にセクハラされてもキー局に入りたい人間は山ほどいそうだと求職者立場から感じる。

また、セクハラでも持てる者と持たざる者格差があるだろうということだ。

性的魅力がある者が受けるセクハラは、相手勝手価値見出し性的嫌がらせだ。

しかし、容姿が醜い人間が受けるセクハラゴミを見るような視点で受ける生殖権、生存権否定だろうということだ。

セクハラと一括りになっているが実際には容姿が良い人間と悪い人間では分断がありそうだ。

グロテスク容姿の男である自分セクハラをされても良いから、それなりの会社に受かりたいと思ってしまものだ。

そして、美人が受けるようなセクハラを受けたいと思ってしまう。

欲望される人間にはわからないだろうが、誰かに欲望されないというのはどこまでも痛むものだ。

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