11世紀の中国に、陸佃(りくでん)という学者がいた。陸佃は国内に生息する動物、鳥、昆虫、樹木について記録した百科事典を著し、そのなかで「四川の山に生息し、黄金色をしたふわふわの尾を持つ」というサルの記述を残している。その骨は薬に使われ、皮は上質の敷物や座布団になるという。
陸佃の書いたサルとは、キンシコウのことである。シシバナザルの一種で、シセンシシバナザルとも呼ばれる。美しい並み、鮮やかな青色の顔に小さな鼻、そして薬効があると信じられていたことから、中国の皇帝たちはその独特の魅力に取りつかれ、その姿を目にした人々は数々の文献にこのサルのことを書き残した。(参考記事:「厳冬の山に生きる キンシコウ」)
それから1000年後、霊長類学者らはこれら古代の文献を紐解き、シシバナザルについて書かれた記録を拾い集めた。シシバナザルの昔の分布状況を知り、環境の悪化によって現代ではそれがどう変わったかを調べるためである。その結果が2017年9月に生物地理学の専門誌「Diversity and Distributions」に掲載された。
このような研究を可能にしたのは、中国が2000年にわたって積み上げてきた体系的な記録の山である。詩、公報、年代記などに残された記録は、シシバナザルだけでなく、ゾウやテナガザルの歴史、イナゴの大量発生の周期を知るためにも用いられてきた。
文献からは当時のシシバナザルの正確な数まではわからないが、かつては広い範囲に分布していたシシバナザルが時代とともにすむ場所を失い、人里離れた山奥へと追いやられていった様子が描かれている。
サルに関する最古の記録は、紀元前3世紀に遡る。「爾雅(じが)」という中国の辞典に「おかしな鼻に長い尾の動物」と書かれている。この爾雅をはじめとする古い文献から、かつては中国の東部、中央部、南部の低地と高地に広く分布していたことがわかるが、その分布域は長い年月をかけて少しずつ縮小してきた。特に、西暦1700年前後に中国で人口の過密化が進むと、文献のなかのサルも、中国のごく限られた地域でしか見られなくなっていった。(参考記事:「天狗も孫悟空も! サル特集まとめ」)
「時の経過とともに、分布域がどんどん狭まっています。中国東部、南東部、中央部では完全に姿を消してしまいました」と、米イリノイ大学の霊長類学者で論文共著者のポール・ガーバー氏は言う。
おすすめ関連書籍
絶滅から動物を守る撮影プロジェクト
世界の動物園・保護施設で飼育されている生物をすべて一人で撮影しようという壮大な挑戦!
定価:本体3,600円+税