貧困、生活保護、虐待、ひとり親──生きることさえままならない、多くの課題を抱えた子どもたち。
そんな子どもたちに、居場所と希望を与える学校がある。
某県に実在する県立槙尾高等学校(仮名)は、県の教育委員会の方針により、地域の「さまざまな問題を抱えた」生徒たちの受け皿としての役割を担うこととなった。
かつてはいわゆる「底辺校」「課題集中校」「教育困難校」と呼ばれていた高校で、教職員たちが文字どおり全力で、身体を張って、命を懸けて生徒たちを懸命に支え続ける。
それはもちろん綺麗事ではない。時には深刻な葛藤や軋轢、時には暴力沙汰も引き起こす。
様々な困難を抱える生徒たちに、どうすれば夢と希望を与え、生活と学習を支援し、卒業後の人生を形作ることができるのか。
本記事では、突然の自殺により母を亡くした男子生徒と、天涯孤独の身となった彼を卒業まで一体となって支え続ける、教師たちの取り組みの一部を紹介する。
「先生、おかあさんが布団から出てこない。息してない」
夏休みが始まったばかりの頃だった。朝9時、体育教師、山本康平の携帯が鳴った。自分のクラスの川田陸からの電話だった。バドミントン部に所属していたが、体育会系とは程遠く、どこか頼りなげなところがある淡白な子だった。
「えっ? おまえ、息してないって、どういうこと? 」
「オレ、おかあさんが起きてこなくて、声をかけても返事しないから、部屋を開けたら……」
「おかあさん、息してないのか? 本当か? 川田、すぐに119番に電話だ。オレもすぐにそっちへ行くから。いいか、落ち着けよ」
車のハンドルを握る山本の脳裏に以前、陸が特別指導で謹慎になった時に家庭訪問をした光景が浮かぶ。母子家庭で母と2人暮らし、母はうつ病で仕事ができないという理由で、生活保護を受けていた。とはいえ、3DKの県営住宅は荒れている様子はまったくなく、こざっぱりと住んでいた。
40代半ばの母は自分の健康がすぐれないため、陸に母親らしいことができていないとひどく自分を責めていた。それが陸には鬱陶しくて仕方がない。以前から、こんな話を陸はよく山本に話した。
「先生、昨日、おかあさんとやりあっちゃった。バイトからオレが帰るのが遅いってごちゃごちゃ言われて、それでケンカになっちゃった」
陸は母親が重くて仕方がない。母は息子に何もできない負い目から息子にすがる。2〜3回、家庭訪問をしたが、山本にはこの空間で二人だけで暮らすのは、お互いにとって難しいことのように思われた。やがて、彼女ができた陸は、できるだけ家に帰るのを遅らせようとした。家にいたくなかったからだった。そんな矢先の出来事だった。
搬送先の病院に山本が駆けつけると、陸は一人、呆然と廊下のベンチに座っていた。山本を見た瞬間、陸は何かホッとしたような、すがるような表情を見せた。途端に、陸の眼から涙が滴り落ちた。
「先生、おかあさん、死んだって、さっき、お医者さんが言った。なんか、警察の人も来てる」
山本には言葉もない。
「そっか、そうなんだな」
「先生、おかあさん、前の日の夜、あり得ないぐらいの薬、飲んでた」
「そっか、そうだったのか」
自分が処方されている睡眠薬を大量に飲んだ、服薬自殺だった。
山本は泣きじゃくる陸の肩を抱き寄せる。
昨晩一体、何があったのか。山本は探りながら陸に問いかける。
「なんで? どうして、おかあさん、薬を飲んじゃったの? 」
「先生、オレ、おかあさんとその前にケンカしちゃった。それでおかあさんはおかあさんの部屋、オレはオレの部屋にいて、そしたら隣の部屋のおかあさんからメールが来た」
「なんて、メールだった? 」
「『ごめんね。私はあなたに何もできなくて。いつもこうなって、こんなふうにケンカをして。私がいなくなれば、あなたに迷惑をかけることはないよね。ごめんね』って……」
「それでおまえ、どうしたの? 」
「そのままにしてた。オレ、彼女とずっとメールしてた」
襖一枚隔てた隣の部屋で、その時、母親は覚悟を決めたのだ。それが息子にどんな残酷なダメージを与えるのかに思い至る余裕すらなく。