読者の視点から朝日新聞の紙面について議論する本年度第1回紙面審議会が16日、東京本社で開かれた。集団的自衛権やSTAP細胞などをめぐる報道について、4人の委員との間で意見を交わした。
奥正之委員 集団的自衛権については3月3日からの朝刊連載「読み解く」をはじめ、一連のコラムによる深掘り、賛成論を含めた識者へのインタビュー、2度の世論調査、そして憲法記念日特集などと、多角的かつ精力的に、報道してきている。しかし、一般読者にとってはこの議論は個別的自衛権や集団安全保障問題、国連PKOへの協力と武器使用の問題、そして何よりも憲法解釈が絡んでくるため、にわかに賛否の判断をしづらいのではないか。
渡辺勉・ゼネラルエディター兼編成局長 出足が遅いと指摘された昨年の特定秘密保護法での反省を踏まえて、早めに着手した。反対論も賛成論もきちんと取り上げて、考える材料を提供することを心がけた。特定秘密保護法、国家安全保障会議(日本版NSC)、集団的自衛権が出そろい、この先は本格的な憲法改正の論議になるだろう。日本にとってプラスかマイナスか。日米同盟をはじめ日本の外交はどうなるのか。この時期に打ち出すことの利点、欠点は。安倍政権でなく、ほかの政権だったらどうだったか。現場の記者には観念的な論争は避けて、現実的で論理的な記事を書くよう求めている。
立松朗・政治部長 「読み解く」では憲法をどう考えるのか、というところから始めて、「解釈改憲がなぜ悪いのか」を記者が考えながら紙面にしていった。取材した記者にも賛成の立場に共感するところもあって、現場でも迷いながら取材を続けていた。記者一人ひとりの考えには温度差がある。あるのは当然のことで、それぞれが何に悩み、どう考えているかを紙面にしていきたい。
奥委員 主張が異なる他紙と読み比べてみると、賛成論では憲法9条2項との関係での「歯止め」が明確でない。反対論では21世紀に入ってからの東アジアの安全保障の環境変化をふまえた抑止力強化の必要性・現実性という視点が弱いのではないか。
大野博人・論説主幹 東アジアの脅威の問題はある。ただ重要なのは、戦争に対するリアルな感覚がないままに集団的自衛権の議論がされていることだ。その危惧があって5月16日の社説「戦争に必要最小限はない」となった。戦場の取材経験もふまえると、戦争になったら「必要最小限度」と決めることにどれだけの意味があるのか、ということを考えてしまう。戦争というリアリズムがないままの議論は批判していきたい。
斎藤美奈子委員 ずいぶん早くから取り組んでいた、と思った。とかく政局がらみで語られがちな集団的自衛権を、イロハから知らせようという姿勢も見えた。ただ、もっとかみ砕いてみる必要があっただろう。立ち上がりが早かった分、過去の記事を読み返さないとわかりにくい面もあった。
立松政治部長 一度書いたら終わり、としないで、大事なことは何度でもきちんと書いていきたい。
中島岳志委員 1959年の砂川事件の最高裁判決を集団的自衛権の行使容認の論拠にした高村正彦・自民党副総裁の発言を検証した4月20日朝刊の記事は読み応えがあった。改憲論者の小林節・慶応大名誉教授が批判の声をあげたところに価値がある。社会面も秀逸だった。一審で無罪判決を書いた判事は、最高裁判決の正当性すら疑問を投げかけている。滑走路跡地が今は家具店の臨時駐車場になっているというところに、砂川事件の風化も感じられた。新聞らしい足を使った記事だった。
角田克・社会部長 当時の判事をはじめ関係者に総当たりしてまとめた。「集団的自衛権行使へ転換」を伝えた5月16日朝刊でも自衛隊員や旧日本軍兵士の声を集めた。いずれも「論」に傾きがちなテーマであるので、リアリティーを強く意識した。
中島委員 一連の立憲主義の議論を通じて、朝日新聞は改憲か護憲かという古いパラダイムを乗り越えつつあるように思う。朝日新聞は護憲という立場を改めようとするシグナルととらえてよいか。
渡辺編成局長 安倍政権下では改憲問題がいずれ最大のテーマとなるだろう。守るべきものは何か、ということを真剣に考えながら議論を深めていきたい。改憲を絶対に否定する立場ではない。
湯浅誠委員 朝日新聞がよくやっていればいるほど、新聞の限界もはっきりしてくるように感じる。国論が二分された今の状態は当面続くだろう。「私たちこそ社会の代弁者」というのは成り立たない。むしろ一方の側に立っていることを積極的に認めて、他方と意見交換することで公共性を保てるのではないか。長谷部恭男・早稲田大教授と杉田敦・法政大教授の対談(5月3日朝刊)のように論を戦わせながら深めていく場が必要になっていくのではないか。
杉浦信之・編集担当 国論を二分するテーマをどう報じていくのかという大きな課題を突きつけられていると思う。社説や世論調査を含めて、朝日新聞がどのへんに位置するのか、他のメディアはどう報じているのか、についてあえて意識して取り上げていく必要がある時期にきている。これまでの議論を、多面的に読者に知らせることが重要だ。編成局長が言っているように、朝日は前から一字一句たりとも憲法を変えてはならない、という立場を取っていない。今回の記事で何かスタンスを変えたというつもりもない。