「エグゼクティブは早朝にトレーニングをしている」
世界有数の経済誌であり、世界長者番付でも有名な雑誌Forbesで「エグゼクティブが8時までに行っていること」という特集が掲載されています。紙面では元イギリス首相のマーガレット・サッチャーやウォルトディズニーCEOのロバート・アイガーらの名前を挙げ、彼らが早朝トレーニングに取り組む理由を「仕事へのエネルギーを高め、達成感を与えてくれるため」と述べています。
『5 Things Super Successful People Do Before 8 AM-Forbes』
また、以前のエントリでご紹介した「意志力」から考えると、筋トレを続けるためには意志力が減っていない早朝に行うことは良いかもしれません。仕事終わりなどの夕方では、意志力が十分に残っていないからです。
しかしながら、僕たちにとって大事なことは、筋トレを朝やっても夕方やっても筋力や筋肥大の効果に相違はないのか?ということです。夕方のほうが筋トレの効果が高いのであれば、いくらエグゼクティブが朝に行うべきだと言っても真似するわけにはいきません。
今回は、朝と夕方という異なる時間帯における筋トレの効果について考察していきましょう。
Table of contents
◆ 筋肉は独自の体内時計をもっている
46億年前に地球が誕生し、自転により昼と夜という1日のサイクルが生まれました。そのため、地球上の生物は昼夜のサイクルに適応するように進化してきたのです。そしてバクテリアから植物や動物だけでなく、ヒトも同じように昼夜のサイクルに適応しており、これを概日リズム(サーカディアンリズム)といいます。サーカディアンリズムはよく体内時計とも言われています。
体温は夕方にもっとも高くなり、夜寝るまえに下がります。血圧は昼間が高く、寝ている間がもっとも低くなります。サーカディアンリズムに関連するホルモンとして有名なメラトニンは熟睡している夜中の2時にもっとも血中濃度が高くなることがわかっています。
その他にも、ぜんそくの発作は早朝が多く、病気による死亡率も明け方がもっとも高くなります。
このように、ヒトのあらゆる機能には1日のリズムがあることが示されているのです。そして、筋力は夕方がもっとも高いことが報告されています(Hayes LD, 2010)。
Fig.1:Hayes LD, 2010より筆者作成
これが、多くのメディアやブログで「夕方の筋トレ」が推奨されている理由です。サーカディアンリズムによって、夕方は体温が高く、筋力が高まる時間帯であるため、筋トレは朝やるよりも夕方にやったほうが効果が高いと考えられているのです。
しかし、近年の研究はこの定説を否定しつつあります。
1971年、脳の視床下部にある視交叉上核を切除するとサーカディアンリズムが崩れた行動をとることがショウジョウバエの研究で明らかにりました。光が目の網膜に入ると、その刺激は視交叉上核に届きます。刺激は視交叉上核から体温中枢や摂食中枢、自律神経に伝わり、統合された身体活動が喚起されるのです。そして筋肉にも視交叉上核からの指令が伝わり、筋力などがコントロールされています。
このように視交叉上核はサーカディアンリズムを刻む中心的な時計の役割をもっており、マスタークロックと呼ばれています。
しかし、近年の動物研究によって、もうひとつのクロックが「筋肉」にあることがわかってきました。
ケンタッキー大学のWolffらは、ラットに12時間、光刺激を与え、その後12時間は暗闇で過ごさせることによって視交叉上核によるサーカディアンリズムを形成させました。そこで光刺激を与えている際に、2時間の運動を4週間、継続して行ってみると筋肉の分子リズムが運動に応じて変化することが示されたのです(Wolff G, 2012)。
この結果から、Wolffらは筋肉は独自の末梢時計をもっており、運動が末梢時計を決めるタイミング情報を与えることを示唆してます。
Wolffらの研究結果は、他の動物実験でも確かめられ、これらの研究結果をまとめたレビューでも、筋肉は視交叉上核というマスタークロックの影響を受けるとともに、運動によって筋肉の末梢時間が変化し、マスタークロックと相互に影響しあうことが論じられています(Aoyama S, 2017)。
通常の生活では、マスタークロックによるサーカディアンリズムに従って、筋肉は夕方に活性化されます。しかし、トレーニングによって筋肉の末梢時計を変化させられる可能性が示されているのです。
では、ヒトにおいても、筋トレによってサーカディアンリズムの影響を変えることができるのでしょうか?
◆ 朝の筋トレは継続することに意味がある
このテーマに取り組んでいるのが、フィンランド・ユヴァスキュラ大学のSedliakらです。
2008年、Sedliakらは朝と夕方といった時間別のトレーニングが、筋力の増強効果に与える影響について検証しました。
研究に集められた被験者は、プレトレーニングとして夕方(17時〜19時)の筋トレを10週間、行いました。その後、時間別トレーニングを行うため、被験者は朝(7時〜9時)に行うグループと夕方に行うグループに分けられ、さらに10週間のトレーニングが継続されました。
10週間のトレーニングを終えた両グループの筋力はともに増強され、グループ間に有意な差はありませんでした。しかし、朝と夕方の時間別に筋力を計測してみると、興味深い結果が示されたのです。
Sedliakらは、まずプレトレーニング後の筋力を朝と夕方で測定し、比較しました。その結果、やはりサーカディアンリズムが示すように、朝よりも夕方の筋力が高いことが示されました。
次に、時間別トレーニング後で筋力を計測した結果、夕方にトレーニングを行ったグループはプレトレーニング時と同様に朝よりも夕方に高い筋力を示しました。しかし、朝にトレーニングを行ったグループは朝の筋力が増強し、夕方の筋力が低下していたのです。
Fig.2:Sedliak M, 2008より筆者作成
これは、朝のトレーニングであっても10週間、継続して行うことによってサーカディアンリズムの影響を軽減できることを示唆しています。その結果として、朝と夕方という時間帯に関わらずトレーニングによる筋力増強の効果が同等に得られたとSediakらは考察しています(Sedliak M, 2008)。
さらにSedliakらは、時間別のトレーニングが筋肥大の効果に与える影響についても検証しました。
集められた被験者は、10週間のプレトレーニング(夕方17時〜19時)を行い、その後に朝(7時〜9時)と夕方(17時〜19時)のグループに分けられ、10週間の時間別トレーニングを実施しました。
時間別トレーニングの前後で膝の伸展筋力と大腿四頭筋の筋肉量の計測が行われました。その結果、両グループともに筋力が増強し、大腿四頭筋の筋肉量も増加しました。そして両グループに有意な差は認められなかったのです。
Fig.3:Sedliak M, 2009より筆者作成
朝のトレーニングを10週間、継続することによって、筋力へのサーカディアンリズムの影響が軽減され、夕方のトレーニングと同等に筋力だけでなく筋肥大の効果も得られることが示唆されました。
Sedliakらの研究結果を支持するように、チュニジア・スポーツ医科学センターのChtourouらは、時間別のトレーニングが運動パフォーマンスに与える影響についても報告しています。トレーニング当初、朝のスクワットジャンプやカウンタームーブメントジャンプなどの運動パフォーマンスは夕方に比べて減少しますが、12週間の早朝トレーニングによって、時間帯による運動パフォーマンスの効果に有意な差がなくなりました(Chtourou H, 2012)。
これらの結果から、朝のトレーニングでは開始当初、サーカディアンリズムの影響を受けますが、10週間以上にわたりトレーニングを継続することによって、サーカディアンリズムの影響を軽減させ、夕方のトレーニングと同等の筋力、筋肥大、運動パフォーマンスの効果が得られることがわかってきているのです。そして、ヒトにおいても継続的なトレーニングが筋肉の末梢時間を変化させる可能性が示唆されているのです。
ケンタッキー大学のSchroderらは、これらの研究結果をまとめたレビューの中で、スポーツ選手が試合の時間に合わせてトレーニングを行うことは、筋肉の末梢時間を変化させ、筋力や運動パフォーマンスを向上させるうえで極めて重要であると述べています(Schroder EA, 2013)。
まだまだ時間帯によるトレーニング効果を検証した研究は少なく、その多くが若い男性のみを被験者としているため、今後は年齢や性別への影響も追試する必要があるでしょう。しかしながら、朝の筋トレを長期的(少なくとも10週間以上)に行う場合、夕方と同じトレーニング効果が期待できる可能性はありそうです。
サーカディアンリズムを司る脳のマスタークロックと、筋肉にある末梢時計は相互に影響し合っています。
朝の継続的な筋トレは、夕方のトレーニングと同等の筋力や筋肥大の効果を得れるだけでなく、筋肉の末梢時計を通じて、集中力や食欲などのサーカディアンリズムを整えることも期待できそうです。
エグゼクティブが早朝トレーニングを好むのもここに理由がありそうですね。
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シリーズ②:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取量を知っておこう
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シリーズ⑦:筋トレの効果を最大にする運動強度(負荷)について知っておこう
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シリーズ⑨:筋トレの効果を最大にするセット数について知っておこう
シリーズ⑩:筋トレの効果を最大にするセット間の休憩時間について知っておこう
シリーズ⑪:筋トレの効果を最大にするトレーニングの頻度について知っておこう
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シリーズ56:筋トレを続ける技術〜意志力をマネジメントしよう
シリーズ57:筋トレ後にプロテインを飲んですぐに仰向けに寝てはいけない理由
シリーズ58:筋トレは朝やるべきか、夕方やるべきか問題
References
Hayes LD, et al. Interactions of cortisol, testosterone, and resistance training: influence of circadian rhythms. Chronobiol Int. 2010 Jun;27(4):675-705.
Wolff G, et al. Scheduled exercise phase shifts the circadian clock in skeletal muscle. Med Sci Sports Exerc. 2012 Sep;44(9):1663-70.
Aoyama S, et al. The Role of Circadian Rhythms in Muscular and Osseous Physiology and Their Regulation by Nutrition and Exercise. Front Neurosci. 2017 Feb 14;11:63.
Sedliak M, et al. Effect of time-of-day-specific strength training on maximum strength and EMG activity of the leg extensors in men. J Sports Sci. 2008 Aug;26(10):1005-14.
Sedliak M, et al. Effect of time-of-day-specific strength training on muscular hypertrophy in men. J Strength Cond Res. 2009 Dec;23(9):2451-7.
Chtourou H, et al. The effect of training at the same time of day and tapering period on the diurnal variation of short exercise performances. J Strength Cond Res. 2012 Mar;26(3):697-708.
Schroder EA, et al. Circadian rhythms, skeletal muscle molecular clocks, and exercise. Exerc Sport Sci Rev. 2013 Oct;41(4):224-9.