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推定分野について  

関連研究者

名古屋大学 工学研究科 特別研究員(DC1) - 2015年度
推定分野

名古屋大学大学院工学研究科のアモリン・カーシオ大学院生(当時・日本学術振興会特別研究員)は、量子もつれの起源となる原理を新たに解明しました。量子もつれとは、遠く離れた2つの粒子が互いに影響をおよぼし合い、一方を測定するともう一方の状態がすぐさま決定するという性質です。量子もつれの存在は二十世紀前半から知られており、アインシュタインは「奇妙な遠隔作用」と表現しました。粒子間の影響の強さには上限がありますが、その値は物理の基本原理である光速の不変性(光速は一定であり、超えることもできない)だけでは説明できず、多くの謎が残されています。本研究では、量子コンピュータの情報単位となる量子ビットのもつれに注目し、量子ビットが、実質上、区別できないことを原理として導入することで影響の上限を説明できることを示しました。すなわち、本研究で導入した量子ビットが区別できないという原理(情報不可弁別性)は、光速の不変性に並ぶ新たな原理と言えます。


本研究は、基礎研究として、量子的な性質の振る舞いをより詳しく理解するように役立つと期待できます。また、将来の量子コンピュータに使用されるプログラム開発等の改善にも利用できると期待されます。


この研究成果は、平成30年4月17日付(日本時間18時)英国科学雑誌「Scientific Reports」オンライン版に掲載されました。


なお、この研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業JP15J10568の支援のもとで行われたものです。


【ポイント】

  • 量子もつれの強度に上限が知られているが、その物理的な意味・起源が知られておらず、本研究が新たに提案している。
  • 今後、量子情報技術の新アルゴリズム等の発展に寄与することが期待される。


【研究背景と内容】

〈背景・その1:量子論と量子もつれ〉

量子論では、以前から、多くの謎が知られており、その一つに量子もつれ注1)というものがあります。量子もつれとは、二つ以上の粒子が特異な影響をおよぼし合うことです。例えば、量子もつれ状態にある反平行スピン注2)対を測定すると、測定前は各々のスピン方位は全く決まっておらず、あらゆる方向をとりうるのに対し、ひとたび一方のスピンを測定すると、もう一方のスピンはどんなに離れていてもすぐさま反対向きを向いた状態に確定します。アインシュタインはこの現象を「奇妙な遠隔作用」と呼び、光より速く情報が伝播しているという矛盾を指摘しました。アインシュタインが求めていたのは、一つの未知の変数によって両方のスピンの向きを確実に決める理論でした。しかしながら、1964年にベルが数学的にそのような未知変数が量子論と共存できないことを証明し、量子論が正しい限り、未知変数が存在し得ないことが明らかになりました。1969年にクラウザーらはベルの定理をより一般的な形に書き、量子もつれ具合の評価ができる式が導かれました。


一方、1994年、ポペスクとローリヒがクラウザーらの式を使って量子もつれの上限を理解しようとすると、光速より速い通信ができないことだけでは量子もつれの上限が説明できないことが明らかになりました。つまり、光速より速い伝播がなくても、量子論が許すもつれよりも強いもつれが存在可能ということです。量子論が正しければ、量子もつれを物理的に制限するものは何か、あるいは、量子論より正しい他の理論が存在するか、新たな問題が生まれました。本研究は、その問題を解決する位置付けにあります。そのため、次の概念を拡張します。


〈背景・その2:不可弁別性〉

十九世紀から、粒子の区別ができるかどうかで得られる物理的な性質が変わることが知られています。例えば、互いに相互作用しない粒子からなる気体では、粒子が区別できないことを考慮しないとエントロピー注3)が正しく計算できません。このように根本的に粒子が区別できないことを不可弁別性注4)と言います。量子論では同種粒子の不可弁別性は、粒子系を記述する波動関数の形を決めます。本研究はこの概念を拡張して量子もつれの制限を導くように使われます。


〈本研究内容:情報不可弁別性〉

本研究は、不可弁別性を量子情報単位である量子ビット注5)に拡張しています。量子ビットは様々な物理系で作られますが、量子スピンが典型的な例です。量子ビットの取りうる状態が、実質上区別できないとき、それらの状態は情報不可弁別であると言います。例えば、二つのスピンの向きが同じ向きか逆向きかということだけに意味がある場合は、二つのスピンが上向きにそろった状態と下向きにそろった状態は情報不可弁別です。本研究では、情報不可弁別な状態の量子ビットでは情報のもつれが生じることを証明し、そのもつれの上限が既存の量子もつれと同じであることを示しました。言い換えれば、量子ビット等のもつれが光の速さだけでは十分制限されないが、そのもつれが情報単位の不可弁別性から生まれるとすることで、得られるもつれが制限されます。


また、量子論をさらに拡張した理論にも、情報不可弁別性の原理は適応できます。そのような理論では、量子論を含め、粒子の測定結果が確率的に与えられます。このとき、光速一定の原理があっても、量子論を超えるもつれが理論的には許されています。しかしながら、拡張した理論の枠組みでも、情報不可弁別性を適用すると、得られるもつれが量子論と同じく制限されます。この結果から、量子論よりも正しい理論があったとしても、量子ビットに相当する情報単位間のもつれが不可弁別性から生じるとすると、今の量子論と同じもつれの上限をもたらします。


【成果の意義】

本研究は、我々の微視的な世界の理解を深めると同時に、広く使われている量子論の制限とその向こうに何があるかという問いに臨んでいます。本研究成果は微視的な情報の相関の由来に対する解釈を与え、将来の量子技術の進歩に影響を与える可能性があります。また、基礎理論として他の複雑な理論(例えば、トポロジカル系の真空もつれなど)の理解にも利用できる可能性があります。


【用語説明】

注1量子もつれ:二つ以上の粒子が持っている量子的な性質の異常な相関。従来の相関より強く、量子計算等の資源となる。


注2 スピン:粒子がもっている量子的な性質の一つ。電子の場合には、磁性をもたらす性質であり、光子の場合には偏光に相当する。電子の場合、上向き・下向きの二状態しか存在しない。


注3エントロピー:物理系の乱雑さを表すと言える。情報理論では、未知の情報を表す。例えば、コイントスの結果を知らなければ、1ビットのエントロピーがあると言えるが、結果を知っているとこの1ビットはエントロピーと言わない。


注4不可弁別性:同種粒子が区別できないことを指す。よって、その粒子の位置などを交換しても、物理的な観測には影響を与えない。情報単位に適用すると、情報を持つもの(例えば、スピン)が区別できないこと。時間が流れると、どの粒子(ビット)がどこに進んだのかも追えなくなる。


注5量子ビット:二準位量子状態で作られたビット。古典ビットの0/1と同じようだが、量子状態であるため重ね合わせも出来る(|0>+|1>)。重ねわせた状態を測定すると一つの結果(0又は1)が確率的に得られる。



参考図:反対方向に伝搬する量子もつれ状態の二つの粒子。スピン(矢印)がどんな方向から測っても反対に向いている。情報不可弁別性で、左右のスピンが区別できない。その性質が量子もつれの上限を与える。


【論文情報】

雑誌名:Scientific Reports

論文タイトル:“Indistinguishability as nonlocality constraint”

著者名:Cassio Sozinho Amorim

DOI:10.1038/s41598-018-24489-7

推定分野
研究期間 2015年度~2017年度 (H.27~H.29) 配分総額 1,900,000 円
特別研究員 SOZINHO AMORIM C 名古屋大学 特別研究員(DC1)