その日のボクは4回のHIV検査に立ち会った。
案内役の同僚から「次の被験者の部屋にいってみる?」といわれ検査スペースの中に入った。目のまえの二人はとても仲良さげに手を握っているカップルが座っている。
名前はジョセフ(仮)とエリザベス(仮)。結婚して9年目のカップルとのこと。
ジョセフは現在23才、エリザベスは19才、なんと5人の子持ちらしい。いろいろと早いのね。まあここはケニアだからなぁ。
コーディネーターが説明を続ける。
「さっき検査結果が出て、奥さんの方だけHIVポジティブ(陽性)だったのよ。それでも二人とっはてもポジティブ(前向き)よ。」(えっ、この場でダジャレ?)人口の4人に1人がHIVのこの町ならそう珍しい話ではないかもしれないけれど。ボクには人生初の体験。19才の人妻(5人の子持ち)が目の前の検査でHIVポジティブになった直後、その当事者の夫婦と会話するなんて、いままでの人生では一度もなかった。ボクもコーディネーターにならって気の利いたジョークでもと思ったけれど。まあ普段できないことは、緊急事態でもできない訳で。でも沈黙は気まずいので「エリザベスに「やっぱり婚約の時は夫の家族から牛もらったの?」と質問してみた。(ちなみにケニアでは婚約には男性から牛を贈る習慣があるんですよ)
「ウチは貧乏だから3頭だった。」とジョセフが答える。
コーディネーターが「貧乏な家の子ほど早くに結婚するのよね。婚約費用が安いから。」と付け加える。10才で牛三頭と引き換えに結婚して、その後5人子供産んで、19歳でHIVになって。凄いよ、エリザベス。ここがケニアといっても、それは凄い。それに夫婦仲はいいみたいだし。それが救いだぜ。
その後、夫婦はコーディネーターから今後の生活についていろいろ指南を受けていた。
たとえばこんな話カンジで。
ーエリザベスはできるだけ早く近くの病院で精密検査を受けるように。
ー五人の子供にも、きちんとHIV検査を受けさせるように
ー処方されるARV(抗レトロウイルス薬)はきちんと飲むように。
ー今後セックスするときは必ずコンドームをつけるように!
ーもし6人目の子供が欲しくなったら医師に相談するように。
などなど。
一通り、説明を受けた夫婦は帰り支度を始めた。
「今日は貴重な時間をありがとう。」
隣にいた英国人医師のマイクが二人に別れの言葉をかけた。そして握手をした。
続いてボクも握手をした。HIVテストは指先から採血をするので、妻のエリザベスとの握手には一瞬ひるんだ。でもまあ隣のHIV専門医が握手をしているんだから心配ないだろう。最後にエリザベスの手の感触がとても普通だったのが印象に残った。
ちなみに採血は基本的に左手でおこないます。そしてケニアで握手をする場合はかならず右手でやります。