「リズと青い鳥」山田尚子監督インタビュー「彼女たちの言葉だけが正解だと思われたくなかった」

2018/04/18

WRITERZing!編集部:ピーター

Zing!山田尚子監督インタビュー「リズと青い鳥」 (c) 武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会

4月6日なんばパークスシネマでの舞台挨拶をZing!でもレポートした、映画「リズと青い鳥」。試写で拝見しましたが、強く心を動かされました。「映画 けいおん!」「映画 聲の形」……山田尚子監督はなぜこんなに人の心を動かす映像をつくることができるのか? それが知りたくて、山田監督に単独インタビューさせていただきました。

・作品情報
「リズと青い鳥」

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2018年4月21日から全国ロードショー。
原作:武田綾乃(宝島社文庫『響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章』)
監督:山田尚子
脚本:吉田玲子
キャラクターデザイン:西屋太志
音楽:牛尾憲輔
アニメーション制作:京都アニメーション
製作:『響け!』製作委員会
配給:松竹
(c) 武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会

・「リズと青い鳥」あらすじ

あの子は青い鳥。
広い空を自由に飛びまわることがあの子にとっての幸せ。
だけど、私はひとり置いていかれるのが怖くて、あの子を鳥籠に閉じ込め、何も気づいていないふりをした。
北宇治高等学校吹奏楽部でオーボエを担当する鎧塚みぞれと、フルートを担当する傘木希美。
高校三年生、二人の最後のコンクール。
その自由曲に選ばれた「リズと青い鳥」にはオーボエとフルートが掛け合うソロがあった。
「なんだかこの曲、わたしたちみたい」
屈託もなくそう言ってソロを嬉しそうに吹く希美と、希美と過ごす日々に幸せを感じつつも終わりが近づくことを恐れるみぞれ。
「親友」のはずの二人。
しかし、オーボエとフルートのソロは上手くかみ合わず、距離を感じさせるものだった。

Zing!山田尚子監督インタビュー「リズと青い鳥」 (c) 武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会

傘木希美(かさきのぞみ)。高校3年生。フルート担当。明るい性格で、誰からも好かれている。みぞれとの関係は「響け!ユーフォニアム2」で描かれた。

Zing!山田尚子監督インタビュー「リズと青い鳥」 (c) 武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会

鎧塚みぞれ。高校3年生。オーボエ担当。中学生のとき希美に誘われて吹奏楽部に入る。高い演奏技術を持つ。希美がみぞれのすべてで、他のことにはあまり興味がない。

「リズと青い鳥」は「階段を下りていくような」作品

――試写で「リズと青い鳥」を拝見しました。とにかく美しく切なく、素晴らしい作品だと思いました。今回、監督される上で大切にされていたことは何ですか?

武田綾乃先生の原作が持つ世界観や空気感、清潔感、清々しさ、思春期の女の子たちの息づかいを感じる文章を、ちゃんと映像に落とし込んでいきたいな、と思いました。

――確かに私も、希美やみぞれたちの青春の現場に立ち会ったような感覚になりました。

この作品は希美とみぞれの、女の子の秘密のような、あまり公にするお話ではないという感じがして。二人が秘密をこっそり出していくのを、ときには椅子になり、ガラスになり……彼女たちに気づかれないようガラス越しに覗き見るように記録していきました。

――先日の石原立也監督との舞台挨拶でも、もともとは「響け!ユーフォニアム」(以下、「ユーフォ」)の新作映画化をつくろう、というお話から「リズと青い鳥」の企画が始まったと伺いました。石原監督の新作との「住み分け」はどういう風に考えられたんでしょうか。

Zing!山田尚子監督インタビュー「リズと青い鳥」 (c) 武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会

「ユーフォ」の中心人物である黄前久美子(おうまえくみこ、右から2番目)たちも「リズと青い鳥」に登場するが、あくまでメインは希美とみぞれの二人。

「ユーフォ」はたくさんの吹奏楽部部員による集団のお話で、熱血というか「動」「マクロ」のイメージです。「リズと青い鳥」は希美とみぞれにフォーカスを絞った「静」「ミクロ」のイメージですね。描こうとするテーマが違うので、石原監督の新作とはきっちり描き分けようと考えました。「階段を下りていくような作品」と制作の現場でよく口にしていました。

――「階段を下りていく」というのは?

「ユーフォ」が一歩ずつ階段をどんどん上っていく作品なら、「リズと青い鳥」は個人の底にあるものに一歩ずつ下りていく作品、ということですね。

彼女たちの口から出てくることばが「正解だ」と思われたくなかった

Zing!山田尚子監督インタビュー「リズと青い鳥」 (c) 武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会

――キャラクターのしぐさにも細やかな演出がされているな、と思いました。例えば、みぞれは気持ちをごまかすようなときに髪をなでる。希美はいつも笑顔で、ときどき手でもう一方の肘を抑える……など。つま先の動きですら、感情を表しているようでした。セリフ以外のしぐさの細かい演出はどういう思いからくるものだったのでしょう。

しぐさというのは、彼女たちひとりひとりの思いの中から生まれてくるものだと思うんですね。だから彼女たちの心が動いた瞬間に「どんなことを思っているんだろう?」と、そのときのしぐさを取りこぼさないように心がけました。「希美は手でもう一方の肘を抑える」というしぐさであれば、そのシーンでの彼女は後ろめたさや自分でしがらみをつくっている気持ちから、無防備には手を出せないというか。肘をおさえるしぐさが心の「添え木」になっているように思ったんですね。

Zing!山田尚子監督インタビュー「リズと青い鳥」 (c) 武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会
Zing!山田尚子監督インタビュー「リズと青い鳥」 (c) 武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会
Zing!山田尚子監督インタビュー「リズと青い鳥」 (c) 武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会

「リズと青い鳥」の台本のト書きには細かいしぐさについての指示が書かれている。

――そういうしぐさに人間の感情が表れる、という思いが監督にはあるんでしょうか。

とても大事だと思っています。私たちだって、ふだんの生活で「私は傷ついているのだ、こういう理由で」だなんて、わざわざ表明することはないじゃないですか。

――確かにそうですね。

だからセリフで表す熱量と、しぐさや空気感で表す熱量のバランスをとても大事にしています。口に出していることと、思っていることが正しく合致しないことだって多い。「リズと青い鳥」でいえば特に希美はそうでした。そういう説明できない思いが、動作に表れることがあると思うんですね。観てくださる方に、彼女たちの口から出てくることばが「正解だ」と思われたくなかったんです。本質の部分も、ちゃんと記録しておきたい、と。そういう「気配」だけでも感じとってもらえるといいな、と思います。

Zing!山田尚子監督インタビュー「リズと青い鳥」 (c) 武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会

――そういう細かいしぐさで感情を表現する、というのは映画「聲の形」でも強く感じました。「リズと青い鳥」は「聲の形」と同じスタッフですね。

「ユーフォ」のスタッフは石原監督の新作があるので、じゃあ「リズと青い鳥」はどうしようかな、と考えました。そのときに「『聲の形』のスタッフでつくったら、どんなものができるか想像つかなくて面白いな」と思ったんです。西屋さんや、音楽の牛尾憲輔さんと「聲の形」で思いを共有して共鳴できたので、それを一本の映画で終わらせるのはもったいないな、というのもありました。

お互いに同じ素因数を持ち合わせない二人

Zing!山田尚子監督インタビュー「リズと青い鳥」 (c) 武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会

――映画「聲の形」のパンフレットを拝読して驚いたのは、山田さんと牛尾さんが初めて音楽のコンセプトを打ち合わせるときに、同じモランディ(注)の絵画の話を意図せず始めた、というところでした。「リズと青い鳥」の音づくりではどういう風にコンセプトを決めていったんでしょうか。

今回はそういう奇跡は起きなかったんですけど(笑)。牛尾さんと話す前に「希美とみぞれの関係をどう描こうかな」と考えて出た一つが「デカルコマニー」ということばだったんですね。水の上とかにインクを垂らして、それを紙に転写して絵をつくる絵画の技法です。垂らしたインクでできた模様と転写された側の絵柄は似ているけれど同じにはならない……それを希美とみぞれを描くのに落とし込んでいこうと思ってます、と牛尾さんに話したらすごく面白い、とおっしゃって。五線譜の上にインクをポタポタ垂らして、それを音符に見立てて音楽をつくっておられました。

注:20世紀イタリアの画家、ジョルジョ・モランディ

――インクを音符に見立てて音楽にするってすごいですね。

面白いですよね。あとは「お互いに同じ素因数を持ち合わせない二人だ」ということで「互いに素」という数学用語を持ち出して、そこをひもといてみたりどう描いてみようか話したり……とか。

――映画のAパート前に出てくる「disjoint」ということばですね。

はい。「互いに素」には別の英語が相応しいみたいなんですけど。「joint」が入っているのでこのことばを選びました。希美とみぞれは交わらないところもあるけれど、向き合うように描きたいなと私は最初思ってたんです。でも牛尾さんとのお話で「互いに素」ということばが出てきたときに「確かにそうやって発散し続ける二人なんだから、ちゃんとそれを描こう」と考え直しました。

――なるほど……。映画のあるシーンで淡い水彩調で描かれたベン図も出てきますよね。

あれベン図に見えました? ああ、良かったです!

――原作にもベン図の話がありますよね。「ユーフォ」の登場人物のひとり、高坂麗奈が「好き」「嫌い」や「ライク」「ラブ」の2つの円を描いて、人間関係について久美子と話すエピソード。

その部分を「リズと青い鳥」に入れられなかったので、最後にあの形で入れてみました。

いろいろな映像表現で希美とみぞれの関係を描いた

――童話『リズと青い鳥』では愛しているがゆえにリズは少女との別れを選択しますね。自分が自由に空を飛べるはずの少女をカゴに閉じ込めている、と。希美とみぞれのパートでも、二人の関係の変化が細かく描かれています。いくつかのシーンの二人の位置関係やしぐさ、セリフはところどころ逆転や対になっていたなと見ていました。

Zing!山田尚子監督インタビュー「リズと青い鳥」 (c) 武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会

「リズと青い鳥」公式サイトより

希美とみぞれの関係は、映画ではある終わり方をしますが、ただその関係性がずっとそのままなわけじゃない。いろいろと逆転する部分もあるけれど、まだまだこれからどっちがどっちにもなりうる、とも思ったんです。同じ場所にいてどちらかが前に行くこともあるけど、それでも横並びに歩いていけるような関係に描こうと気をつけていました。

Zing!山田尚子監督インタビュー「リズと青い鳥」 (c) 武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会

――観ていて気がついたのは「ユーフォ」で印象的だった、電車のシーンが「リズと青い鳥」にはまったくなかったな、ということでした。この物語は学校の中で完結していますよね。

学校自体も彼女たちにとっての「鳥カゴ」だと考えました。学校は一つの容器。だから映画の最中はずっと学校のシーンだけなんです。最後に、そのカゴから出ていく。そこで初めて外に出るんです。

Zing!山田尚子監督インタビュー「リズと青い鳥」 (c) 武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会

――今日はありがとうございました! 最後に、これから映画「リズと青い鳥」を観られる方へメッセージをお願いします。

いろいろな映像表現で希美とみぞれの関係を描いてみました。音響にもこだわっています。この映画がパフォーマンスを最大に発揮するのは、映画館です。映画館じゃないと聴こえない音もあると思います。ぜひ劇場まで足を運んで観てください!


山田尚子監督が作品の吹奏楽録音について語る、メイキング動画はこちら


映画「リズと青い鳥」は2018年4月21日から全国ロードショー。

「リズと青い鳥」公式サイト

(c) 武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会

(2018年4月18日 19:10一部内容を修正しました)

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