日本の学校の卒業アルバムの問題を解決したい – 最高学年中心・転校生の存在が無視される


画像は自分が所持している3冊の卒業アルバム(小学校・中学校・高校)。

僕が小学4年生(2008年)までいた小学校、大津市立瀬田南小学校の卒業アルバムには、僕の顔写真と名前がどこにも載っていなかった。4年間もいて、これまでの人生の中で一番楽しかった時期で、本当に大好きな学校だった。その学校の卒業アルバムに載っていなかったことは、何だか自分の存在が否定されたように感じられ、とても悲しかった。誰かが自分のことを思い出してくれるきっかけが無くなると思った。

なぜ、「転校した」という理由で名前を載せてくれないのだろう? 自分の中でも、今でもその疑問が解消しない。

卒業アルバムというものは、一度しかなくて(やり直すことのできない)かけがえのない学校生活の思い出を残すもの、そして自分の存在を証明するものだし、たとえ在籍期間が数か月しかなかったとしても、転校した生徒を含め、全員卒業アルバムに掲載するべきじゃないかなと思う。最高学年になってから撮影する顔写真は無理にしても、せめて名前くらいは。

考えても見てほしい。たとえ5年間小学校にいたとしても最高学年のときにいなかったからといって、卒業アルバムに何ひとつ掲載しないだなんて、そんな殺生なことはあるだろうか。

高校でも、高1・高2のうちに他の高校に転校した生徒は何人もいたのだけど、卒業アルバムにはそれらの生徒の名前は何も無かった。まるで最初から存在していなかったかのように。

高1・高2のうちに他の高校に転校した同級生たちは、卒業アルバムに名前さえ書いてあれば、その人を思い出して、また仲良くなったり、交際したりすることもできる。しかし、卒業アルバムに何も情報が無いために思い出せなくなってしまったというケースは多いんじゃないかな。

ちなみに、高校の卒業アルバムでは、教員は生徒とは違い途中で転任・離任してもきちんと名前と顔写真が掲載されていた。教員では実装出来ているのに何故生徒はだめなんだろう?。

上述の通り、卒業アルバムでは、転校生の存在が無視される。

それと、もう一つ、卒業アルバムの問題には「最高学年中心」という問題があるんだよね。

日本の卒業アルバムは最高学年(小学6年生・中学3年生・高校3年生)のときの出来事が中心に掲載されていて、それ以外の学年のときの出来事・写真などが少ない。

「最高学年中心」を象徴することとして、卒業アルバムはクラス別の名簿が最高学年の時点のバージョンでしか掲載されていない。なので、卒業生にとって得られる情報が限られ、担任の先生の名前なども最高学年以外は思い出しにくい。

すべての学年のクラス名簿を掲載してくれれば、例えば「小学3年生の時何年何組だったっけ」「中学2年生の時の担任の先生は誰だったっけ」と悩んだときもすぐ解決できるんだけどね。誰がいつ転校した/転校してきたこともよくわかる。

卒業アルバムは、かけがえのないもの。たとえ制作にさらなるお金や時間がかかるとしても、「最高学年中心・転校生の存在が無視される」っていう2つの問題はどうにかして解決させたい。

具体的には、「1年から最高学年までの各学年において、自分がどのクラスに所属し、先生は誰で、どの生徒と共にいたか」くらいは把握できるようにしてほしいと思うな。

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アメリカ合衆国では、卒業アルバムではなくYear Bookという、1年ごとに生徒に配られるようなアルバムがあるとのこと。そこには1年ごとの思い出が詰まっていることになる。

日本にもYear Bookを導入してほしいな。


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