名古屋を訪れたアーティストが地元のFMラジオにゲスト出演したとき、「昨日は何か名古屋めしを食べましたか?」と、パーソナリティーは必ず聞く。ひと昔前は、手羽先が多かったが、最近では台湾ラーメンを挙げるアーティストが多い。
そもそも名古屋の台湾ラーメンは、今池の台湾料理店「味仙」が発祥。昭和40年代に台湾出身の創業者が担仔麺(タンツーメン)を辛口にアレンジして、従業員のまかない用に作ったのがはじまりだ。それを知った常連客から、食べたいとのリクエストがあってメニューに加えられた。その際、台湾人が作ったから台湾ラーメンと名付けられた。
当時は知る人ぞ知るメニューだったが、転機が訪れたのは、80年代の激辛ブーム。より辛いものを求める激辛マニアの間で評判となり、脚光を浴びた。
台湾ラーメンはお店の看板メニューとなり、市内の中華料理店やラーメン店もこぞって台湾ラーメンをまねて、県内全域に広がった。名古屋市内にある中華料理店の約7割が台湾ラーメンを用意しているといわれる。
辛い!「味仙」の台湾ラーメン
話を戻そう。
「味仙」のことである。
2018年4月現在、「味仙」は今池の本店と八事店、下坪店、藤ヶ丘店、焼山店など名古屋市内とその近郊に11店舗ある。フランチャイズ展開しているのではなく、創業者の兄弟によるのれん分けだ。
「今池本店と中部国際空港店、JR名古屋駅店、大名古屋ビルヂング店が長男、八事店が次男、下坪店と矢場店が長女、藤が丘店と名古屋駅店が次女、焼山店と日進竹の山店が四男ですね。私は長女の孫にあたります」と、矢場店の店主、早矢仕朋英(はやし ともえ)さん。
台湾ラーメンの味や値段はお店によって微妙に異なり、それぞれ食べ比べて味の違いを発見するのも楽しいが、今回紹介するのは矢場店。ここだけでさまざまな辛さの台湾ラーメンが楽しめるのをご存じだろうか?
台湾ラーメンの特徴といえば、丼一面を覆うニンニクと唐辛子で味付けした台湾ミンチ。これがピリ辛の素になるのだが、シンプルな鶏ガラスープに合わさると、台湾ラーメンの醍醐味(だいごみ)である辛さの中に濃厚なうま味と深いコクが生まれるのだ。
矢場店の「台湾ラーメン」(680円)は、醤油ラーメンに台湾ミンチをのせるのではなく、スープに台湾ミンチを煮込んでいるので、より濃厚な味わい。
ただ、辛い!
あまりの辛さに汗がダラダラ。鼻水まで出てくる始末。
でも、うまい。これもまた台湾ラーメンの醍醐味なのだ。
こちらは台湾ミンチをご飯の上にのせた「台湾丼」(700円)。
何でも、台湾ラーメンとライスを注文したお客さんが台湾ラーメンのスープと台湾ミンチをライスの上にかけて食べていたのを見て、考案したメニューなんだとか。生卵をトッピングすることで、マイルドな味わいに仕上がっている。
辛さ抑え目の「アメリカン」
しかし、辛さの好みは人それぞれ。実際、台湾ラーメンは辛すぎるという人も少なくはない。そんな方には、辛さ控えめを用意している。
その名も「台湾ラーメン・アメリカン」(680円)。
名古屋めしの、台湾ラーメンの、アメリカン。
こうやって活字にすると、意味がわからない(笑)。
「もう、35年くらい前になりますね。お客さんがアメリカンコーヒーから名付けました。台湾ミンチや唐辛子の量はノーマルの台湾ラーメンと同じですが、スープを増量することで辛さを薄めているんです」(早矢仕さん)
なるほど、だから大きな丼を使っているのか。麺を持ち上げても、唐辛子が絡みつくことはない。
実際に食べてみると、スープの味の方が勝っていて、後からピリッと辛さがくる。しかし、口の中に辛さは残らない。辛いのが苦手な人もこれならイケるだろう。
激辛の「イタリアン」
逆に、ノーマルの台湾ラーメンでは辛さが物足りないという人もいるかもしれない。
心配ご無用。味仙にはこんな激辛メニューがちゃんと用意されている。
それが「台湾ラーメン・イタリアン」(680円)。
名前の由来だが、薄味のアメリカンに対して、濃厚なエスプレッソ=イタリア、イタリアンということだろうか。
「たぶん、そういう意味だと思いますが、いつ頃に誰が名付けたのかまったく覚えていないんですよ。誰からともなく、いつの間にかそう呼ばれるようになりました。ノーマルの台湾ラーメンの約2倍の唐辛子が入っていますから、かなり辛いですよ。私もよく台湾ラーメンを食べますが、このイタリアンが限界です」(早矢仕さん)
真っ赤に染まったスープは見るからに辛そう。レンゲでスープをすくってみると、唐辛子が層になっているではないか。
こんなの辛いに決まってるぢゃないかっ!
今さらながら告白するが、実は私、唐辛子の辛さは少し苦手なのである。
だから「味仙」の台湾ラーメンは、いつもアメリカンを注文する。ノーマルの台湾ラーメンでさえムリなのに、これは何の罰ゲームなのだ!?
では、意を決して実食!
ううっ、辛いというよりは……痛い。
一口食べただけで、顔から汗がドバッと噴き出す。さらに食べ始めると、全身が汗だくになった。頭皮も髪の毛も汗でベトベト。アラフィフになって拍車がかかる抜け毛がさらに加速しそうだ(涙)。
でも、辛さの奥にある台湾ミンチが溶け込んだ鶏ガラスープのうま味をハッキリと認識することができた。辛いもの好きにはこれがツボなんだろうなぁ。
最強の激辛「アフリカン」
これで取材は終わり、と思って安心(?)していたところに、早矢仕さんはまた別の台湾ラーメンを運んできた。
な、なっ、なんじゃこりゃぁぁぁっ!
イタリアンよりもスープは毒々しいほど赤い。
まっ、まさか、これは……。
「これがイタリアンのさらに上をいく辛さのアフリカン(680円)です。これもいつの間にか名前が定着しました。唐辛子の量はイタリアンと同じですが、イタリアンのスープをじっくりと炊くと、唐辛子が油に溶け出して、より辛くなるんです」(早矢仕さん)
唐辛子が油に溶け出すということは、早い話が大量のラー油が入っているのと同じことである。
こうなりゃもうヤケクソだ! 食ってやろうぢゃないかっ!!
まずはスープを飲もうとレンゲですくうと、溶け出した唐辛子がペースト状になっている。思わず、ひるんでしまったが気合いを入れ直してレンゲ一杯分のスープをゴクリと飲み干す。
うぉぉぉっ、舌が痛い。
喉元を通り抜けると同時に全身からおっさん汁がブシャーッ!
箸で麺を持ち上げると、これまたイタリアンよりも多くの唐辛子がまとわり付く。
よく見りゃ、麺もラー油でコーティングされているではないかっ!
ここでひるんではいけないと思い、イッキに麺をすすり上げる。結果、ムセかえってしまい、吸い込んだ麺を丼にリバース(涙)。再び麺を口に入れると、あまりの辛さに涙が出てきた。
コレ、他店も含めて、今まで食べた台湾ラーメンのなかでも間違いなく最強クラスの辛さだ。
お店とお客さんの近さが台湾ラーメンを生んだ
辛さが引いたところで、早矢仕さんが用意してくださったのが1年前メニューにくわえられた新作の「ホルモンラーメン」(780円)。
その名の通り、麺の上にプルプルのホルモンがたっぷりとのっている。唐辛子も入ってはいるものの、そんなに辛くはない。むしろ、スープに溶け出したホルモンの甘みが際立った深い味わいだ。
ノーマルとアメリカン、イタリアン、アフリカン。4種類の台湾ラーメンに共通しているのは、いずれもお客さんのリクエストから生まれたということ。まかない用メニューだった台湾ラーメンにお客さんが興味を示さなかったら、名古屋めしの一つとして数えられることはなかっただろう。
また、辛さの度合いを示すアメリカンやイタリアン、アフリカンという呼び名もお客さんから生まれ、お店が採用している。お客さんとお店の距離の近さ。これが名古屋めしの楽しさなのだ。
お店情報
味仙 矢場店
住所:愛知県名古屋市中区大須3-6-3
電話番号:052-238-7357
営業時間:11:30~14:00(土曜日・日曜日は~15:00)、17:00~翌1:00
定休日:無休
ウェブサイト:http://www.misen.ne.jp/