消費増税をめぐる「総括的検証」――消費の停滞についてどのように理解するか

実質所得と実質消費の関係についてみると?

 

これらの点を踏まえると、2014年春を起点とする消費の停滞を理解するためには、消費の動向を規定する基本的な要因に立ち返って、所得と消費の関係を点検してみることが有益ということになるだろう。そこで、「家計調査」のデータをもとに実質可処分所得と実質消費支出の推移についてみると(図表6)、13年の秋口から14年の春先にかけてと16年の夏以降については所得と消費の間に乖離が生じているが、それ以外の期間については両者がほぼ軌を一にする形で推移していることがわかる。

 

 

図表6 実質所得と実質消費

(資料出所)総務省「家計調査」より作成

 

 

このうち実質可処分所得の推移についてみると、13年の夏から14年の春にかけての低下が顕著となっている。そこで、この低下が名目所得の低下によるものか、物価の上昇によるものかを確認するために名目可処分所得と実質可処分所得の推移についてみると(図表7)、17年の年初までは名目可処分所得がほぼ横ばいで推移している一方、実質可処分所得は13年の夏から14年の春にかけて大きく低下しており、実質所得の低下はこの間に生じた物価上昇によるところが大きいことがわかる。

 

 

図表7 可処分所得の動向

(注)最近時点における両者の乖離を見通しよく表示するため、右側の軸の目盛を

左側の軸の目盛より5ずつ上方にずらして表示している。

(資料出所)総務省「家計調査」より作成

 

 

実際、最近時点における物価の動きを「消費者物価指数」(総務省)によって指数(物価水準)の形でみると(図表8)、13年の夏から14年の春先にかけて物価上昇が続いた後、14年4月の消費税率引き上げによって物価がさらに一段と高まったことが確認される。このような物価上昇の背景には、円安による輸入物価の上昇と消費税率の引き上げの影響があり、これに伴って実質所得の低下が生じたことが、14年春以降の消費の下方への水準訂正に大きな影響を与えたものと判断される。

 

 

図表8 消費者物価指数(水準)の推移

(資料出所)総務省「消費者物価指数」より作成

 

 

19年10月の消費税率引き上げについてどのように考えるか?

 

2014年春を起点とする消費の停滞は、その後の経済財政運営に2つの大きな影響をもたらした。ひとつは消費を中心とする内需の弱さがデフレへの逆戻りを強く意識させ、そのリスクを回避するために再増税(消費税率の10%への引き上げ)が2度にわたって延期されたことである(16年6月に表明された再増税の再延期については、「世界経済のリスク」が延期理由であるとの誤解が一部にみられるが、安倍総理と麻生副総理の記者会見では増税延期の主たる理由が、増税の実施による内需の落ち込みとデフレへの逆戻りを回避することにあることが明確に述べられている)。

 

もうひとつは、日本銀行の「総括的検証」(16年9月)に示されているように、消費増税後の内需の弱さが、14年夏以降の原油価格の下落とあいまって物価を下押しする要因となり、2%の物価安定目標の達成時期が大幅に後ずれする結果となったことである。

 

16年秋以降、消費は緩やかながらも回復基調にあり(たたし、当面はやや足踏みも)、物価もコア(消費者物価指数(生鮮食品を除く総合))で対前年同月比1%程度の上昇となるなど、デフレへの逆戻りが懸念された頃と比べると状況は改善してきたが(ただし、目先やや弱含みに)、消費と物価の足取りにはまだ脆弱性が残っている。

 

こうした中、再増税の実施・延期の決定に先立って、増税後の景気を下支えするための措置に関する検討が経済財政諮問会議などにおいて進められているが、この点については以下の2つのことに留意する必要がある。

 

ひとつは、増税による景気の下押しに対する措置として大型の経済対策が実施された場合、財政収支の均衡化にかえってマイナスの影響が生じてしまうおそれがあるということである。というのは、実施前には「一時的な措置」とされた歳出増が、事後に根雪のように残り、財政収支の改善に向けた取り組みに対する足かせとなってしまう可能性があるからだ。リーマンショックに伴う景気の悪化に対してとられた措置は「臨時異例」のものとされていたが、危機が収束した後にも10兆円近い歳出増が2010年代に引き継がれてしまったことを想起すれば、このようなことが実際に起こり得ることは容易に理解されよう。

 

2020年の東京オリンピックに向けた建設投資が19年頃にピークアウトすることなど、消費増税以外にも需要の減退をもたらす可能性のある要因があることは確かだが、増税後の景気の下支えを理由に大型の経済対策が実施され、結果的に財政収支の悪化が生じてしまうようなことがあれば「元も子もない」ということになるから、もし仮に景気の先行きに対する懸念が強いということであれば、再増税の実施時期の見直しも含めて幅広い視点から柔軟な政策対応をしていくことが必要となる。

 

留意すべきもうひとつのことは、消費増税をきっかけにデフレへの逆戻りが生じてしまうようなことがあると、財政健全化にマイナスの影響がもたらされるおそれがあるということだ。

 

現行の公的年金制度には、高齢化の進展にあわせて年金給付額を抑制する仕組み(マクロ経済スライド)が導入されているが、この仕組みはデフレ下では実質的に発動されないため、デフレへの逆戻りが生じると、その分だけ給付水準が高止まりして年金財政の悪化が生じてしまうことになる。また、現在発行されている国債のほとんどは物価連動債ではなく、物価が下がっても既発の国債の元本の価額と利息の支払い額はそのままの形で維持されることとなるため、デフレ下では政府債務の実質的な負担が重くなってしまうことにも留意が必要となる。

 

これらの点を踏まえると、増税実施・延期の判断に当たっては、増税後にデフレに逆戻りしてしまうリスクがどの程度あるかを慎重に見極めたうえで、それに応じた適切な対応をとることが必要ということになる。

 

デフレ脱却と財政健全化を両立させる道筋はナローパスであるが、19年10月の消費税率引き上げに当たっては、この4年間の経験を踏まえて誤りのない政策対応がなされていくことが望まれる。

 

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