こんにちは、アマチュア製麺家の玉置です。要するにただの麺好きです。
今回はすごい自家製麺を使っているラーメン屋があると聞いて、羽田空港から飛行機でビューンと飛んで、福岡の「五島軒」にやってきました。
先に結論をいっちゃいますが、ここは麺好きならどんなに遠くても来る価値があるお店だと思います!
▲あごだし麺 五島軒。福岡市民の憩いの場である大壕公園の近くです。
▲ゆったりとした店内に漂うあごだし独特の香り!
店の扉が開いた瞬間、フワッと独特の香りが漂ってきます。鰹節の香りとも少し違うこの感じ、これこそ「あごだし」の香りです。
「あご」とはトビウオのことで、福岡ではあごの焼き干しがお雑煮のだしにも使われていて、このだしじゃないと物足りないという人も多いとか。
さっそくメニューを見ると、美味しそうなあごだしのうどんが載っています。前に新潟の佐渡であごだしのそばなら食べたことがあるのですが、うどんは初めて。こりゃうまそうだなーと思いつつも、我慢をしてメニューを裏返します。
▲あごだしうどんが580円からとリーズナブル!
あごだしうどんも気になりますが、今回いただくのはあごだしのラーメンなのです。トビウオの焼き干しで作ったスープで食べるラーメン、どんな味なのかまったく想像できません。
▲あごだしラーメンも580円!
これが五島軒のあごだしラーメン!
注文したのは一番オーソドックスなあごだしラーメン。店内の香りに慣れてきたところで、さらなるあごだしの香りが丼と共に運ばれてきました。
▲うまそう!
福岡といえば豚骨ラーメンですが、その真逆を行く純和風のラーメンが着丼(この言葉を使ってみたかった)。いつまでも眺めていたい、そして出汁の香りを嗅いでいたい一杯ですが、麺が伸びる前にさっさといただきましょう。
まずは澄んだ黄金色のスープを一口。まろやかでしみじみとうまく、後から広がる味の膨らみがすごい。 この味と香りを記録できるデジカメが欲しいところです。
▲よく見れば二種類のネギを組み合わせるというこだわりも。
独特の味わいがあるあごだしといっても、それだけではラーメンのスープにはなりません。鰹節、煮干し、干し椎茸、昆布といった様々な和の食材が脇を支え、仕上げにニンニクとネギを熱して作った香味油を垂らすことで、和風ながらもラーメンらしい力強さになるのです。
鶏ガラや豚骨といった動物系のダシ、さらには化学調味料を一切使わずに、これだけの深い旨味が出せるんですね。
▲五島軒で使われているトビウオの焼き干し。
っていうのは私の舌による分析ではなく、食後に御主人から話を伺った上でのコメントなのですが、なにも知らずに食べたとしても、心が溺れていく味だと思います!
そしてこのスープでいただく麺がすごい。すすり心地はツルンツルンと官能的で、不規則にちぢれた全粒粉入りの麺が口の中で踊ります。透明感のある滑らかな麺肌にプリンと切れる噛みごたえの二重奏。まさにこのスープのためにオーダーメイドされた麺なのです。
▲詳しくは後述しますが、すごい手の掛かっている自家製麺なのです。
そして具にも隙がない。主役のチャーシューは焼いた豚肩ロースをタレに一昼夜漬けたもので、これが柔らかくてうまい。和風のラーメンの味を壊すことなく、この一杯に満足感を与えてくれます。
岩海苔もうれしいトッピング。スープと一緒にレンゲですくえば、あごだしのスープに磯の香りが加わることで、さらなる味のビッグウェーブが口の中へと流れ込むのです。
シャキッと茹でられたホウレン草もありがたい存在。硬めに茹でて冷水で締めているそうで、丼の中で色鮮やかに輝いています。
一杯たったの580円なのに、茹で加減がパーフェクトな美しい煮玉子だってのっています。いいんですか。
はい、あっというまに完食させていただきました。うまい!
元々は喫茶店のスパゲティだった?
この個性的なあごだしラーメンですが、御主人にその成り立ちを伺ったところ、意外な答えが返ってきました。
「この店を始める前は喫茶店をやっていました。私は長崎の五島列島出身で、名産品であるあごだしを使ったメニューを出そうと『あごだしのスープスパゲティ』というのを考えたんです。オリーブオイルでニンニクとベーコンをじっくりと炒め、麺が茹であがる頃にホウレン草とあごだしのスープを加えて作るんですが、これがなかなか人気でね」
▲五島軒のご主人、溜大志さん。
「その延長線上で、あごだしのラーメン屋をやろうかなと思ったんです。これからは福岡でも豚骨ラーメンばかりじゃなく、和風のラーメンが流行るかなと。
ほら、スパゲティの麺が中華麺になって、ベーコンがチャーシューに、オリーブオイルが香味油に変わっただけ。ホウレン草なんてそのままですよ。それが11年前ですね。
スープは濃く作らないとラーメンらしい味にならないから、ダシの材料はたくさん使います。最近は五島産のあごが大人気で3倍くらいに値上がりしちゃったから、別の産地の国産品を使っていますが」
▲喫茶店時代の名残りで、ラーメンとうどんの店だけどコーヒー豆はミルで挽いている。
なんと、あの絶品ラーメンは喫茶店のスパゲティが原型だったとは。意外過ぎるルーツですが、今では幻となったあごだしスープスパゲティの味が気になります。自分で作ってみようかな。
麺の秘密は家庭用製麺機にあり!
高級食材であるあごだしを使ったスープがうまいのはもちろんなのですが、個人的に気になるのはツルンツルンとした独特の麺。あの麺の秘密を教えてください!
「この店を始めて最初の5年間は製麺所の麺を使っていましたが、どこから仕入れても納得できる麺はなかった。何度変えても使っているうちにちょっと違うぞと思えてきてしまう。もうちょっと太くとか、細くとか、こうしてほしいという微妙な要望を製麺所にお願いしたいんだけど、うちは規模の大きい店でもないから、そんなにわがままも言えません」
▲食後に美味しいコーヒーが楽しめる和風ラーメンの店。この訳の分からなさこそが俺の旅情。
「本当に使いたい麺がないなら自分で作ってみようかと思ったものの、そんなこと一度もやったことないから手打ちの技術はありません。今から習得するのも体力的に大変。今年で58歳ですよ。
そこでいろいろと製麺機を調べましたが業務用はやっぱり高い。それだけ高い機械を買うだけの価値があるのか。そんなにたくさん出るかなあって。そして出会ったのが、ヤフオクで見つけた家庭用製麺機です」
▲家庭用製麺機を乗せている専用の台は、店にあった植木を置いていた台とホームセンターで買った部品で手作りしたそうです。
「これで麺を作るようになったのですが、どこかで修行したわけでも、誰かに習ったわけでもないから、ネットとかで使い方を調べてね。最初は試行錯誤の連続でした。失敗ばかりでしたよ。
これは家庭用なんだろうけど、昔の職人が作った機械はけっこう丈夫ですね。店でも問題なく使えます」
家庭用製麺機とは、戦後から昭和50年代くらいに掛けて、群馬や山梨といった小麦粉の産地を中心に流行った機械のこと。炊飯器やホームベーカリーの麺版といったもので、おばあちゃんやおかあさんがこれを使って、自宅で食べるためのうどんやそばを作るという食文化があったのです。
電動ではなく手でハンドルを回す家庭用の機械なので、これを使っているラーメン屋は日本中探しても数店のみ。ちなみに五島軒で使われている製麺機は、埼玉県川口市の田中機械製作所というところで作られた田中式製麺機(幅広タイプ)。青い塗装とヘリカルギアが特徴の人気機種です。なんでそこまでわかるのかというと、それは私が家庭用製麺機マニアだから。
今まで隠していましたが、家庭用製麺機で麺を作っているラーメン屋があると聞いたからこそ、ここ福岡まで来たのです!
▲私が作っている同人誌『趣味の製麺7号』に、この製麺機を開発した方へのインタビューが載っているので、もしご興味ある方はどうぞ。
家庭用製麺機を使った麺作りを教えていただいた
通常の取材であればここまでで充分な情報量なのですが、ちょっと製麺機を使うところを見せてくださいとお願いしてみましょう。プロの技、やっぱり見たいじゃないですか。
▲この左手の持ち手部分があることで、硬い生地でも力を加えて伸ばすことができる。グルングルーン
「いいですよ、隠すことはなにもありませんから。真似する店もないだろうし。せっかく遠くから来ていただいたんですから、全部みていってください!」
この嬉しすぎる神対応に、しがない製麺マニアである私の足が少し震えています。家庭用製麺機を業務用として使うために御主人が蓄積してきたノウハウの数々、すべて教えていただきましょう!
▲まず小麦粉に打ち水(水に塩とかんすいを加えたもの)を一気に注ぐ。水分量は夏に少なく冬に多くと、気温に応じて調節。この日の加水率は40%で、かんすいの量は通常の中華麺より少なめ。
▲小麦粉は福岡県産の「ラー麦」というラーメン用小麦(ちくしW2号)に全粒粉を15%加えたもの。福岡県は全国2位の小麦産地なのだそうです。
▲全体をよくかき混ぜて水分を行き渡らせたら、小麦粉のダマをほどくように優しく掌で擦り合わせる。
▲手作業だと、まんべんなくオカラのような状態にするのが難しい。
▲ビニール袋に詰めて、生地を少し休ませる。
▲消毒したビニールシートに挟み、足で踏んで伸ばす。踏む音が3拍子でワルツのようだ。
▲伸びたら畳んで、また踏むという作業を3回繰り返す。
▲生地をビニール袋に入れて、冷蔵庫で一晩寝かせる。
▲ようやく製麺機の出番かと思ったら、ここからが長かった。寝かせた生地をまた踏んで伸ばして畳む。これを2セットやったら生地を休ませる。
▲さらに踏んでは休ませるという繰り返し。手間をかけただけ生地が滑らかになっていくのがよくわかる。
▲製麺機に入る幅にするために切る道具は、元喫茶店のマスターらしくピザカッターだ。
▲ようやく仕上がった生地がくっつかないように打ち粉を薄くまぶす。
▲これを麺棒に巻き、ようやく製麺機を使う作業となる。
ここまでの作業手順をまとめると以下のような感じ。もちろん生地の仕上がりや天候によって、多少手順は変わってきます。
水回しをする
→一休み
→1度目の踏み(踏んで伸ばして畳む×3セット)
→一晩休み
→2度目の踏み(踏んで伸ばして畳む×2セット)
→一休み
→3度目の踏み(踏んで伸ばして畳む×2セット)
→一休み
→4度目の踏み(踏んで伸ばして畳んで踏んで伸ばして長方形にする)
→ピザカッターでカットしてから一休み
→5度目の踏み(踏んで伸ばして筒状に丸めて踏んで、一定の幅&厚さに仕上げる)
→打ち粉をして麺棒に巻いて一休み
うわー、これは大変だ。仕事とはいえ、これを毎日やっているなんて。家庭用製麺機で使う生地をここまで丁寧に作っている人なんて、今まで誰もいなかったのでは。
「ちゃんと時間を掛けないと、麺はいうことを聞かないからね。業務用の製麺機だと一定の方向にしか圧が掛からないけれど、この作り方なら何度も違う方向に畳むから、グルテンが複雑に絡み合ってモチモチした食感になります。うちのスープに合うのはこの麺。納得のいく麺ができるようになるまで3年掛かりました。作るのは大変ですが、もう後戻りはできません」
ここまで手間暇をかけて生地を作るからこそ、あのうまい麺になるのかと納得。独学だからこそ導き出された、とっても非効率的な作業手順。一般的なラーメン用の麺というよりは、手打ちうどんの製法が近いようです。うどんよりも生地が固いから、それだけ大変なのにねえ。
▲うどんも前は製麺機で手作りしていたけど、体力の限界で今は手延べの乾麺を使っているとのこと。五島うどんは日本の3大うどんのひとつとも言われる有名なブランドで、これもうまいそうですよ。
さらに引き続いて、家庭用製麺機を業務用として使う方法も教えていただきました。もはや読者のための記事というよりは、私および製麺マニアのための覚書ですが、こういう世界もあるのかとぼんやり眺めていただければ幸いです。
とりあえず五島軒のラーメンは、間違いなく美味しいです。
▲製麺機に麺棒を掛けて、ローラーに生地を通す。
▲伸ばした生地をクルクルと麺棒に巻いておく。
▲出てくる側にも麺棒をセットして、少し狭めたローラーに生地を通して巻いていく。
▲ぐるぐるぐる。
▲麺を切り出す厚さまでローラーを狭めて、もう一度生地を伸ばす。
▲きれいに巻かれた生地。私が巻くとチョココロネみたいな円錐型になっちゃうんだな。
▲ハンドルを切りかえて麺を切る。これが製麺で一番かっこいい瞬間だ。
▲麺の長さをハンドルの回転数で揃えて包丁でカット。
▲しっかりと打ち粉をまぶしながら軽く揉むことで、麺に自然な縮れが入る。
▲これをビニール袋にギュッと詰めて、冷蔵庫で一晩寝かせてから使う。
こうしてようやく五島軒で使う自家製麺ができあがった。これだけ手間暇をかけて1杯580円ってどういうことですか。絶対に手間賃を入れていない金額ですよね。
「麺作りに手間が掛かりすぎるから、営業時間は昼間だけです。手間に見合うだけの金額をとらないとダメだよね。儲けにゃならん。
でも最初に安い金額でスタートしちゃったから、今更あまり上げられない。乾麺を使ううどんの方が楽なんだけど、やっぱりラーメンの方が人気ですよ」
麺作りの工程をみていたら、どうしてももう一杯食べたくなってしまい、営業時間外でしたが特別に作ってもらいました。
いただいたのは期間限定メニューのあごだしカレーラーメン。通常のラーメンよりもドッシリとした味で、こちらもおいしかったです!
次回の期間限定メニューはあごだし豆乳ラーメンだそうで、それもまた気になりますね。
▲あごだしの和風スープとカレーが不思議と合う。ご飯とのセットがオススメ!
▲そしてなんといっても麺がうまい。作り方を知った上で食べるからさらにうまい!
福岡在住の方、あるいは福岡に行かれる予定のある方、さらには福岡に行く予定はないけど食べてみたいという方、ぜひ田中式製麺機で打った五島軒の自家製麺を試してみてください!
紹介したお店
あごだし麺 五島軒
住所:福岡市中央区荒戸3-4-20 パークサイドアイビー2階
TEL:092‐791‐8480
公式ブログ:福岡市中央区荒戸 ◆あごだし麺 〔五島軒〕◆
公式Facebookページ:https://ja-jp.facebook.com/ago.gotoken/
プロフィール
玉置標本
趣味は食材の採取とそれを使った冒険スペクタクル料理。週に一度はなにかを捕まえて食べるようにしている。最近は古い家庭用製麺機を使った麺作りが趣味。