やっぱりスゴい!ほぼ日のエディトリアル・ビジネス

「神宮外苑 Weekend Marche」に行ってきました。会場は大盛況で人がごった返していました。

主催した「NEXTWEEKEND」は、ライフスタイルプロデューサーであり、インスタグラムなどSNSのインフルエンサーでもある村上萌さんが立ち上げたメディアです。同じくインフルエンサーであり作家のはあちゅうさんと、かつて「ちゅうもえサロン」を主催していたこともあり、萌さんは女性にとって憧れの存在です。

イベントは雑誌『NEXTWEEKEND2018春夏号』(年2回発行)の発売を記念したものです。マルシェではアクセサリーやオリジナルグッズ、珈琲豆などが販売され、会場のビルの階段をのぼると「屋上ピクニック会場」があるなど、特集記事である「ピクニック図鑑」のテーマに沿ったすてきな雰囲気でした。

そもそも、村上萌さんとお話したきっかけは、「メディアビジネスは今すぐやめましょう」というKOMUGIの記事ご覧いただいたことからです。要するに「NEXTWEEKENDはメディアビジネスだけど、このままでいいの?」というのが、村上萌さんの投げかけでした。

「大丈夫ですよ。糸井重里さんの『ほぼ日』を目指しましょう!」と私は答えました。その根拠はアクティブなコミュニティの存在があると知ったからです。NEXTWEEKENDでは、次の土日にとりいれたい理想の生活を「#週末野心」とハッシュタグに表現して、いろんな「やってみよう」をフォロワーである読者に促しています。これがとても面白い仕組みなのです。

編集部による「ハッシュタグ」運用

インスタグラムの「#週末野心」は10万件に迫る公開投稿がありますが、実際にやってみたことをインスタグラムに投稿してもらい、そのハッシュタグを通じて、編集部とだけではなく、読者同士が「いいね!」でつながっていく。これは読むだけの紙の雑誌にはない「楽しさ」です。

2017年12月からインスタグラムはハッシュタグのフォローが可能になりましたが、タグによってコミュニティっぽい雰囲気になりやすいことはよく知られています。部活のハッシュタグが流行ったりもしました。

ここが検索エンジンのSEO(Search Engine Optimization:検索エンジン最適化)と異なる点です。つまり、SEOのように過去にたくさん検索されたキーワードを分析して記事を書くのではなく、未来に検索されるはずの新たなハッシュタグをつくるということです。

「投稿したくなるハッシュタグ」をつくるのは、すごくエディトリアル(編集的)なセンスだなと感じました。雑誌やウェブメディアの編集長でもある村上萌さんは、数々の魅力的なタグを生みだす優れた編集者でもあります。

NEXTWEEKENDがユニークなのはハッシュタグによるコミュニティ運営です。2018年3月は「#green週末」、2018年4月は「#今日の小仕事」など、毎月の「月間ハッシュタグ」を決め、読者から投稿してもらうお題を編集部がつくっています。

また、最新号ではキヤノンのプリンターとタイアップしていましたが、そのハッシュタグも「#今日の小仕事」と決まっています。マーケティングやPR会社が決めた適当なハッシュタグではなく、編集部が読者コミュニティのことを考えながら生み出したキーワードです。SNSやインフルエンサー・マーケティングに予算を移しつつある広告クライアントが喜ばないわけがありません。

「ほぼ日」から何を学べるのか?

「あれ、そういえば……」と思い出しました。「『ほぼ日』を目指しましょう!」というところで村上萌さんとの会話を終えたのですが、その意味するところをまったくお伝えていなかったのです。うっかりしてて、ごめんなさい。ならば!と思いました。「ホットペッパーに勝つ方法はあるか?」以来となる、ひさびさの「#エアコンサル(勝手にコンサルしてみた)」です。

コンテンツ系ウェブメディアは、どのようにビジネスを広げればいいのか? 過去記事の「メディアビジネスは今すぐやめましょう」「メディアビジネスの収益源は基本的に2つしかありません。読者や視聴者から直接的におカネをいただく『購読料』と、商品を宣伝したい広告主から間接的におカネをいただく『広告』です」と書いたことがあります。そして、この記事に「ほぼ日は『物販』だし、2つだけではないじゃん」と感想をいただいたことがあります。

あくまで「基本的に」でした。実は、数あるコンテンツ系ウェブメディアのなかでも、「ほぼ日」は極めて「例外的な」存在なのです。なぜか?

2017年3月、東京証券取引所のジャスダック市場に「株式会社ほぼ日」が上場したことで、IRなど公開情報が増え、ようやくビジネスの分析ができるようになりました。儲からないウェブメディアが数多くあるなかで、営業利益は約5億円もあります。

おそらく絶対に「ビジネスモデル」分析の話をしてはいけない企業のような気がしますが(会社を訪問させていただいたときに感じました…)、日本でいちばん編集的なビジネスを成功させている会社です。コンテンツ系ウェブメディアがビジネスをするうえで、学ぶべきことが多いと思います。

そこで、出版社やウェブメディア企業と異なるという意味を込めて、「ほぼ日」のドメイン(領域)を「エディトリアル・ビジネスである」と定義し、そのポイントを3つに分けて解説してみたいと思います。

(1)「ほぼ日=糸井重里」からの脱却
(2)「ほぼ日手帳」という大発明
(3)「うつわモデル」の衝撃

(1)「ほぼ日=糸井重里」からの脱却

「ほぼ日刊イトイ新聞(ほぼ日)」は、コピーライターでもあった糸井重里さんが1998年から始めたウェブメディアの老舗です。糸井さんはツイッターのフォロワーが約240万人とインフルエンサーでもあります(そう呼ぶべきではないと思いますが)。

糸井さん自身が創刊以来欠かさず書き続けているエッセイ(のようなもの)「今日のダーリン」をはじめ、糸井さんがゲストを招いて話す対談、その他、説明をしきれないほどの読み物コンテンツが毎日のように更新されています。読者には女性が多く、年齢層も少し高めです。

(引用:「ほぼ日 IR資料」より「ユーザーの性別構成比/年齢構成比」)

同じくIRでは、株式会社ほぼ日は次のような会社であると説明されています。

(引用:「ほぼ日 IR資料」より「株式会社ほぼ日とは」)

その宣言の通り、現在はウェブに限らない「場」づくりを進めているようです。店舗でありギャラリー・イベントスペースでもある「TOBICHI」や、ウェブとイベントの両方で楽しめる「生活のたのしみ展」など、ウェブ以外の読者との接点が増えています。

株式上場を目指すことを決めたころから、糸井さんのネットワークや影響力だのみの「イトイ新聞」から、チームとしての「ほぼ日」へ、大きく変貌をとげたようです。同社の取締役CFOである篠田真貴子さんはインタビューで「私の入社当時から、糸井は『自分が引退しても会社が生き生きと続くようにしたい』と話していましたが、切迫度がこの数年で格段に上がっていると思います」と述べていました。

以前の記事でインフルエンサービジネスの在り方を考えたことがありますが、インフルエンサーはどう振る舞うべきでしょうか? 「ほぼ日」の約70名には及びませんが、「NEXTWEEKEND」の村上萌さんも10名弱の編集部を抱えるチームで奮闘しています。インフルエンサーからプロデューサーとして、またチームとしての「メディア」「ブランド」へ転換することが、1つのターニングポイントになりそうです。

雑談でこの話をしていたとき、音楽ジャーナリストで『ヒットの崩壊』などの著者で知られる柴那典さんは「ほとんど曲を出していないパフ・ダディが長者番付のトップに君臨しているのも、シロック・ウォッカとのパートナー契約やファッション・飲料水ブランドの投資・運営などがあるからですよね。ドクター・ドレーのBeatsのヘッドホンもそうだし」と言っていました。(Forbesの記事に詳しいです)

インフルエンサービジネスは「諸刃の剣」です。以前の記事「がんばれ僕らのアベマTV」で触れましたが、人格(キャラクター)には慣れ親しみやすく(近接性が高い)、また人間が愛着を持ちやすい特性があります。この点では、ブランドやメディアのような非人格的なものよりフォロワーを獲得しやすいと考えられます。

その反面、メディアやブランドよりも感情的な対象となるため「ネット炎上」しやすく、不安定であるため、なかなかビジネスがスケールしません(むしろ拡大を目指していない?)。特定の熱心なファンを相手にして、オンラインサロンを持つぐらいが限界でしょう。

日々の小銭稼ぎだけでは、自分のやりたいことができなくなってしまいます。できることを増やすにはチームも必要です。逆に、インフルエンサーをプラットフォーム化しようとするYouTuberの「UUUM(ウーム)」などのプレイヤーに取り込まれてしまうことも多いものです。

だからこそ、あえてインフルエンサーからの脱却を目指し、ビジネスの成長に舵を切る方々は、本当にすごいと思います。ポイントは、インフルエンサー自身の知名度やイメージを活かして、「何を(What)」するのか、です。

村上萌さんはインスタグラマーのドメインを活かして「写真映え」を切り口に、雑誌(購読料)やタイアップ(広告)、商品開発(物販)に広げているように見えます。

では、糸井重里さんの「ほぼ日」はどんなドメインを持っているのでしょうか? 心底つかみどころがなくて言語化に困るのですが、おそらく「暮らし」や「生活」のなかにある、「たのしみ」や「つながり」を切り口にしています。

(2)「ほぼ日手帳」という大発明

「ほぼ日」の上場時に東証が割り当てた業種別分類は、メディア企業が分類される「情報・通信」でなく、「小売業」です。「ほぼ日」読者ならご存じの通り、「ほぼ日刊イトイ新聞」には「購読料」もなければ、「広告」もありません。最初からメディアビジネスを否定しているのです。

【引用:「ほぼ日 IR資料」より「P/L前期比較」】

ご覧いただいた通り、売上高の9割以上「物販」であり、その物販のなかでも「ほぼ日手帳」が約7割を占めます。たしかに「小売業」に分類されるのはよくわかります。しかし、東証1部の決算集計において、「小売業」の売上高経常利益率は平均で1.0%です。「ほぼ日」の12.0%は、ユニクロのファーストリテイリング(10.4%)や無印良品の良品計画(11.6%)を超えています(2017年「小売業経常利益率ランキング」)。

ウェブメディアを運営する側の人たちからすると、理解を超えていると言わざるを得ません。コンテンツ主体のウェブメディアにとって、それだけの利益を叩き出すことが、いかに難しいのかを知っているからです。だからこそ、「ほぼ日って、手帳で儲けている会社でしょ」と、異質なもの扱いをしてしまいがちです。

工場も持っていなければ、店舗のチェーンがあるわけでもありません。いったいどうやって「ほぼ日」は稼いでいるのでしょうか。おそらく、「ほぼ日手帳」が高利益率になるポイントは、「(A)流通(Place)」と「(B)商品(Product)」2つに大きく分けて理解する必要があります。

(A)流通(Place):直販比率は驚異の7割!

「ほぼ日手帳」の取り扱い店舗一覧によれば、流通により商品の取扱を分けているようです。とはいえ、手帳シーズンになれば「ロフト(LOFT)」の売り場の一等地を占め、発売以来ずっと売上No.1を維持し続けていると聞いていたので、てっきりロフトの売上がかなりを占めているのだと思っていました。

(引用:「ほぼ日 IR資料」より「販路別売上高」)

なんと直販比率は69.5%であり、約7割を占めています。配送手数料も「1件のご注文につき、全国一律756円(税込)」ときちんとお金をとっているので、卸のマージンがない分、利益率は高くなります

しかし、熱心な読者(ファン)をたくさん抱えているウェブメディアが起点であるとはゆえ、ここまでネットショップや直販店で売れるなら、「取引先を増やしてチャネルを増やそう」となりそうなものです。なぜ「ほぼ日」は直販がメインなのか? 糸井重里さんは著書『インターネット的』で次のように述べています。

ぼくは“商品環境”という言葉をさかんに使います。“商品は環境ごと商品なんだ”という考え方です。商品は、それ自体「単体」で価値を持つことはできない。そういうことを言いたいのです。

たとえ話をしましょう。まあ、誰でも知っていそうな大ブランドである、シャネルの香水があります。これは、価値の安定した商品ですよね。しかし、これを、灯油缶に入れて売り出したら、どうでしょう。ぼろぼろの納屋に入れてあるシャネルの灯油缶を、訛りのきついおばさんが割烹着なんか着ていてね、「ほれ、しゃねるだ」と投げて渡したら……それはもう別のものでしょう。シャネルの香水ではありません。美しくパッケージされて、キレイな店で、センスよく着飾った店員から買う。ここまですべて含んで、はじめてシャネルなのです。

つまり、商品というのは環境を含んでの商品なのですから、お客さんはその環境をぜんぶ含めて求めているということです。(太字は筆者)

「ほぼ日ストア」での直販にこだわるのは、おそらく「商品環境」なのだろうと思います。きっと「TOBICHI」や「生活のたのしみ展」など、新たな接点づくりは、「商品環境」づくりでもあるのでしょう。シャネルとまではいいませんが、その意味で「ほぼ日手帳」はブランドビジネスなのだと思います(「ブランド」はいちばん使われたくない表現だと思いますが、ほかに言葉が見当たらず、すいません)。

▼(B)商品(Product):部数は10年で約3倍!

(引用:「ほぼ日 IR資料」より「ほぼ日手帳売上部数の推移」)

ご覧の通り売上は年々増えており、2017年は67万部になりました。部数は10年で約3倍です。しかも手帳は毎年買うものなので使い続けてくれるファンが増えれば売上は積み上がります。手帳市場は市販用と法人用を合わせて年間1億冊ともいわれているので、まだ伸びそうです。

「手帳は高橋」のキャッチコピーで知られる手帳市場トップの高橋書店も、インタビューで「手帳の売り上げは下がっておらず、20年間ずっと前年超えで成長しています」と述べています。高橋は書店流通がメインであり、書籍コード(ISBN)が付き、定価販売です。

取次や書店のマージンがあるので、直販にチカラを入れてもよさそうなものですが、高橋書店の担当者は「すでに自分に合った手帳が決まっている方は、ネット通販で同じものを注文すればいいのですが、理想の手帳にめぐり会えないと、なかなかネットだけで判断するのは難しい」と述べていました。

また、同じインタビューで「2018年1月始まりのもので、日記帳や家計簿も含めると、255点あります」とも述べており、書籍は返品されるビジネスでもあるので、あまりにも種類が多すぎると利益率が下がってしまいます。その点が心配になりました。

「ネットで判断するのは難しい」「種類が多すぎると利益率が下がる」と、手帳の2つの課題に「ほぼ日」はどう対処しているのでしょうか?

「ネットで判断するのは難しい」という見方には、ほぼ日ストアのページを見れば一目瞭然ですが、「全ページ徹底解説」から「みんなの使い方」、さらには「ほぼ日手帳マガジン」まで、手帳1つでここまでコンテンツがつくれるのか!と驚くぐらいのボリュームで商品の紹介がなされています。さすが編集部を持つエディトリアルのチームだと関心します。

「種類が多すぎると利益率が下がる」という懸念には、これがまたすごい方法で解決されていました。なんと「ほぼ日手帳」は、たった4種類しかないのです。

(3)「うつわモデル」の衝撃

文庫本サイズのオリジナル、週間タイプのweeks、A5サイズのカズン。英語版のplanner。本体は大きく4種類に分かれます(2017年12月から「ほぼ日5年手帳」が加わりました)。

そして、本体にかけるカバーを選ぶ仕組みで、カバーは全79種類あります。

【引用: 「ほぼ日」プレスリリース「ほぼ日手帳2018 新バージョンの手帳も登場!」より】

「本体」「カバー」を分離するというのは目からウロコでした。「本体」をあえて4つに絞ることで需給を読みやすくし、また分散することなくチカラを集中して手帳の機能性を徹底解説できます。先ほど紹介したようなボリューム感ある商品説明が実現するのです。一方で、より嗜好性が強い「カバー」は好みで選ぶことができ、ユーザーの満足度が上がります。

「カバー」だけスタイリッシュにする軽やかさは、さまざまなコラボレーションを生んでいます。イラストレーターのヨシタケシンスケさん、写真家の故・星野道夫さん、minä perhonenの皆川明さん、アートディレクターの増田セバスチャンさんなどとコラボしており、「カバー」がまるで1つのキャンバスのようです。

(引用:「ほぼ日 IR資料」より「ほぼ日手帳2018①②」)

そのカバーを切り口にして、企業のOEM(受託製造)にまで広げています。『ドラえもん』のカバーは藤子・F・不二雄ミュージアムで販売されており、『宇宙兄弟』のカバーは単行本の新刊が出るときの特別バージョンのノベルティとして活用されました。

(引用:「ほぼ日 IR資料」より「ほぼ日手帳2018④」)

この「本体=機能」と「カバー=クリエイティブ」に分けるという考え方は非常に重要だと感じました。たとえば、スマートフォンにはカラーバリエーションはありますが、カバーは別々に売られているため、「ほぼ日手帳」のモデルとは少し違います。仮に「うつわ(器)モデル」と呼びましょう。

カバーそのものが商品である点、マーケティングミックスにおける「製品(Product)」や「パッケージ(Package)」の議論とは違います。「どのように消費者に店頭で手に取らせるか」というのがパッケージの目的だからです。

また、ライツを提供する側から考える「IP(知的財産)ビジネス」とも違います。あくまでエディトリアルが主体となるビジネスなので、まずクリエイティブを入れるための「うつわ」があり、次に優れたデザインができるクリエイターを外から連れてきています

「うつわモデル」は、ビジネスモデルとしてグルーピングされることはないかもしれませんが、事例はいくつか存在しています。ユニクロの「UT(ユーティー)」は、店舗の流通網を背景にした「Tシャツという本体=機能」が先にあり、さまざまなコラボレーションを受け入れる「うつわ」になっています。

スマホゲームもゲーム会社が開発した「ゲームメカニクス」が「うつわ」となり、さまざまなクリエイティブが乗っかります。私が大好きなSCRAPの「リアル脱出ゲーム」も「謎解き」という見事な「うつわ」を持っています。意外にもOisixのミールキット「Kit Oisix」も『宇宙兄弟』が乗っかる「うつわ」になっています。彼らにエディトリアル集団が加われば最強ですね。

「うつわモデル」にとって重要なのは、さまざまなコラボレーションを受け入れる「うつわ」を最初につくることです。そこに乗っかるのがクリエイターが創る「クリエイティブ」です。

さて、手帳の一本足打法が続く「ほぼ日」ですが、手帳に続く「うつわ」の発明はあるでしょうか? バッグだって、傘だって、いろいろありそうな気がします。しかし、そこは「ほぼ日」です。意外な「うつわモデル」を発明してみせました。なんと「地球儀」です。

(引用:「ほぼ日ストア」の「ほぼ日のアースボール」より)

「アースボール」は柔らかい素材のビーチボールのような地球儀です。スマホのアプリと連動して、AR(拡張現実)の機能により、スマホを地球儀にかざすとNHKの映像セレクションや小学館の恐竜図鑑などを重ねて見ることができます。価格は5,940円(!)と、クリエイティブコンテンツであるAR映像込みの値段です。「ほぼ日」らしい「うつわ」ですね。商品ページを見ていたら、つい欲しくなってしまいました。

とはいえ、「ほぼ日」自身が「うつわモデル」を自覚的に設計しているわけではないと思います。「ほぼ日」がコンテンツを生みだす編集部を持つエディトリアルな会社であるがゆえに、結果的にそうなっているのではないかと思います。

エディトリアル・ビジネスとは何か?

さて、エアコンサルです。ここからがコンテンツ系ウェブメディアのみなさんにとっていちばん重要な話です。そもそも、なぜ「ほぼ日」は「ほぼ日手帳」という大ヒット商品を生み出せたのでしょうか? 「エディトリアル・ビジネス」のプロセスを下記のように仮に定義したいと思います。

▼【STEP 1】コンテンツをつくる

「ほぼ日」にとっては、「ほぼ日刊イトイ新聞」を更新し続けることです。「NEXTWEEKEND」にとっては、ウェブコンテンツや雑誌やハッシュタグをつくり続けることです。糸井さんの背中を追いかけると決めたなら、購読料や広告のことを考えてはいけません。とにかくコンテンツ系ウェブメディアにいる編集者のみなさんが、没頭できるほど好きなものをつくればOKです。

エディトリアル・ビジネスにおけるコンテンツとは、読者やファンとの感情的なつながりを生むことです。客観的な「情報(Information)」ではなく、主観的な編集者の「好き(Like)」「大好き(Love)」に徹底的にこだわりましょう。余計なことは考えてはいけません。

▼【STEP 2】アセットがたまる

すると3つのアセットがたまります。ここでいう「アセット」は、バランスシート(貸借対照表)に載ることのない、目に見えない「アセット」です。仮に「エディトリアル・アセット(編集的な資産)」と呼びましょう。その3つとは、①デジタル・アセット(Digital Asset)、②ネットワーク・アセット(Network Asset)、③スキル・アセット(Skill Asset)です。編集者は、自分では何もできないプロデューサー的な存在であるがゆえに、結果的にこれらのアセットが自然とたまります。

「ほぼ日刊イトイ新聞」で糸井さんが「今日のダーリン」を更新すれば、新たな「コトバ」という①がたまります。糸井さんが誰かと対談すれば、その人にコンタクトがとりやすくなるので②がたまります。そうした記事を編集者がつくるなかで③がたまります。さらに、コンテンツの①は、いろんな読者を連れてきてくれ、ファンを増やしてくれるでしょう。

「エディトリアル・アセット」は目に見えないため、投資家からは評価はされません。むしろ、評価なんてされなくていいのです。売上にはつながるのですから。でも、3つのエディトリアル・アセットを積み重ねていることを自覚しながらコンテンツをつくってください。

【STEP 3】うつわを探す

「ほぼ日」は「手帳」や「地球儀」という「うつわ」を再発明しました。「Tシャツ」「ゲームメカニクス」「謎解き」「ミールキット」などいろいろと登場しましたね。ポイントは3つあります。まず大事なのは、いろいろなクリエイティブが入る「うつわ」になっているかどうかです。次に、みなさんが積み重ねた「エディトリアル・アセット」が120%活かせる「うつわ」を探すことです。最後に、当たり前のことですが「単価(ARPU)」と「頻度(Frequency)」を考えます。自分たちにあった「うつわ」を探すことで、すべてが決まります。

【STEP 4】クリエイティブを入れる

「うつわ」が決まったら、そこにクリエイティブを入れましょう。大事なのは、エディトリアル・アセットのなかでも「②ネットワーク・アセット」です。要するに、どんな才能のあるクリエイターにお願いできるか、です。日本のクリエイターは、欧米のように契約だけでは動きません。義理人情と志です。そして、編集者のみなさん自身のセンスや美的感覚が問われます。本当に優秀なクリエイターはカッコよさや美しさが大事ですから、いくらお金を稼げても「これからはIPビジネスだ」なんて言っているような、つまらない人とコラボレーションしたくないものです。

【STEP 5】セットにして売る

最後に、売ります。「ほぼ日手帳」の直販は7割です。みなさんもそれぐらいを目指しましょう。だからこそ、毎日のようにコンテンツをつくり、読者との感情的なつながりを築くことが欠かせません。そのコミュニティのなかで生まれる物語もあるでしょう。糸井さんの「商品環境」というコトバを決して忘れないでください。どういう流通に乗せるのか、その商品にはどんなコンテクストや余白や物語があるのか、すべてを含めて商品です。編集者のみなさんなら必ずできるはずです。がんばって!

まとめ

久しぶりのエアコンサルはいかがでしたでしょうか? 結論をいえば、エディトリアルのアウトプット先は「本」という「うつわ」だけである必要はなく、別の「うつわ」を探すのも1つの方法だよ、ということでした。基本的にはコンテンツ系ウェブメディアの編集者向けに書いた記事ですが、編集者ではない方々にどう感じてもらえたかは気になるところです。

KOMUGIは「編集という行為の価値を高める」ことをミッションの1つに掲げています。今回の記事で、編集という仕事が目に見えないアセットをつくるものである、ということを感じていただけると大変にありがたいです。

過去の記事「10分でわかるビットコインの本質」「ブロックチェーンのトラストレスとは何か?」で書いた通り、世界は「価値」自体が変わる大きな転換期に入っています。トークンエコノミーの登場により、さらにストック(貯蔵)できるエディトリアル・アセットが増えるでしょう。面白い時代になりそうです。

この50年でデザインの概念が拡張したように、次の50年でエディトリアルの概念は拡張します。なぜなら、ウェルビーイング(Well-being)にとって大切な「意味」「ポジティブな感情」「つながり」を生み出せるのは、間違いなくエディトリアルだと信じているからです。あらゆるエディトリアルに関わるみなさん、いっしょにがんばりましょう!

では、また次回。