- 作者: 大武政夫
- 出版社/メーカー: KADOKAWA / エンターブレイン
- 発売日: 2013/08/01
- メディア: Kindle版
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端的にあらすじを紹介すれば、若手のインテリ系ヤクザである新田の部屋に突如として謎の物体があらわれ、そこから出てきた強力なサイキックである中学生ぐらいの女の子のヒナとヤクザの共同生活がはじまる──と言った感じで、なんかヤクザと女の子の共同生活って時点でウーンだし、超能力もおっさんと女の子の共同生活物もすでにいっぱいあるし、「超能力少女の力を借りて普通のヤクザの新田がどんどん伝説を作っていくんだよ!!」とか言われても「うーんでもカメレオンとかなんかそういう話ド定番だしいっぱいあるよね……」と読まない理由ばっかり頭に浮かんできて読んでなかったんだが──読んでなかったんだが、読んだらなんかそういう他と比較してどうとか頭から消えて、ただただおもしろい作品であった。
たしかにシチュエーションだとか設定面で新しいといえるようなものはなく、ありきたりな素材ででっちあげましたーみたいな料理なのに(料理じゃないが)なんでここまでおもしろいのか……。ギャグの間が良すぎるとか、各話ごとの脚本・構成の出来が良すぎるとか、シリアスとギャグの配分が神がかり的なバランスで成立しているとか、絵が(最初はともかく)どんどんかわいくなるとか、なんかその辺のプロボクサーでいうところの素の身体づくりが卓越していて、一部を突出して取り上げにくいのだが、中でも一番取り上げたいのはキャラクター構築の妙である。
群像劇ギャグ漫画
多様な登場人物たちはだいたいクズか変態かイカれた性質を持った人間たちの集まりで(または次第にクズへと変質していく)、比較的まともかと思われていた(とはいえそもそもヤクザだし、最初から酒に酔って中学生の女の子をキャバクラに連れて行ったりするが)新田もだんだんとその変態性をあらわにしていく。クズとクズ、クズと変態が掛け算されれば予想外の方へとぶっ飛んでいくのも道理である。
物語も、最初は単なるヤクザである新田とヒナの共同生活物かと思いきや、その直後にヒナを追ってやってきた超能力者であるアンズのホームレス活動記/その後には暖かい家庭で病んだ心の再生&ラーメン屋修行篇がはじまって、同時に中学生にして凄腕のバーテンダーとして覚醒し、まったく望んでいないにもかかわらずガンガンOL、起業家として成り上がっていく瞳ちゃんシリーズがはじまって、その後瞳に人生を狂わされ、凋落していった詩子さんの転落記が連鎖的に発生し、無人島で裸で放り出された超能力者のマオは念動力でイカダを作って中国大陸へと渡り。気功少女として有名になり長い時間をかけて日本へと渡る下地をつくっていく──。
と『ヒナまつり』という一つの作品の中にまるで複数の別作品が走っているかのように各キャラクタを主人公にしたかのような一大プロットが構築され、彼らがみな顔見知りや友人であることも手伝って、頻繁にその道が混じり合って(たとえば新田と瞳ちゃんが新規顧客獲得のためにコンペでプレゼン対決をする会などもある。)カオスなギャグ漫画として機能していくのだ。新田とヒナの共同生活は作品の軸ではあるのだが、先に進むにつれアンズの、瞳の、気功少女(気功少女じゃないが)マオの、単独の話が増えていって、群像劇ギャグ漫画としての地位を獲得していくのである。
ギャグ漫画といえば基本的に巻が進むごとにマンネリ化が進行するものだが、本作の場合一度大きく時系列が経過する(中学生⇛高校生)のに加え、作中で各キャラクタの立場や置かれている状況が次々と変化していき、同じようなやりとりであっても常に新しい展開のようにして楽しめるのも素晴らしい。ホームレスとして地元のホームレスたちと関係を築き、その後中華屋の夫妻に引き取られて暖かい家庭を知っていくアンズとか、ギャグじゃなく(シチュエーションはギャグだが)心温まるエピソードがところどころに挿入されていくのもバランス感覚としては絶妙。クズ勢揃いみたいな本作の中でも、アンズの存在は癒やしである。そのかわりサブは殺すぞ。*1
ギャグ、というかコメディの手法としては王道的な「どんどん自分の意図しない方向に誤解されていく」とか、「誤解が誤解を産んでいく」基本骨子、エンジンみたいなものが各キャラクタにそれぞれ設定されていて、たとえば新田☓ヒナ親子であればヒナの尽力によって新田が伝説のヤクザとして誤解されていくし、瞳ちゃんあれば普通の学生生活を送りたいだけなのに、頼まれたら断れない性格&何でもこなせてしまう能力のせいで仕事という概念そのものになりかねないところまで上り詰めてしまう。
気功少女(ここからして不本意なものだが)としてスタートしたマオは本来の目的(自分を呼び寄せた相手に会う)から大きく逸脱しアイドル的タレントになって今度はまた気功少女へと回帰していくし──と、いったかんじで、普通なら主人公一人が背負うような「周囲の認識と自己認識や目的のズレが増幅していく」展開が無数のキャラクタで起こるのが、みな主人公のように魅力が増していく要因の一つだろうと思う。
おわりに
時間が経ち、周囲の人間が変わっていくわりに、新田はあくまでも父親で、ヒナはその状態を微塵も疑わない娘である軸としての関係性が揺らがないというのが地味に安心できるところでもある。『私はもう貯金を切り崩しながらスロットをする生き物なのよ』から始まる詩子さんのクズ極まりない語りとか、ヒナが、まさにその名の通りに何の社会性もなかった初期から、だんだんと成長し、人にお礼も言えるようになり、赤信号も止まれるようになり、気も使えるようになっていく”成長”が、読者からするとまるで父のように感動できるなど──褒めたいところはいくらでもあるんだけど、非常に細かい話になってしまって伝えづらいのが悲しいところ。
あと、アニメも2話まで見たけれどもかなりいい感じに漫画の話の流れを再構成していてぜんぜん違和感を感じなかった。声優やかけあいの間の具合も素晴らしい。特に2話のサイキックあっちむいてホイや最年少バーテンダー&キャバクラにシャンパンタワー製造機など原作でもとりわけおもしろい回がちゃんと描かれていて安心した。どんどんキャラクタが出揃っていくことでおもしろくなっていくタイプの作品なので、ガンガン進めてほしいところだが、どこまでいくものかなあ。
- 作者: 大武政夫
- 出版社/メーカー: KADOKAWA / エンターブレイン
- 発売日: 2018/03/15
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*1:最新巻のエピソードでアンズのラーメンに飽きてしまって味を変えてもらうために適当なことをいって新田を激怒させた。