動画はグロである。閲覧注意。
著作権的に大丈夫かな?


大学時代にお世話になった、今は教授になられた吉岡先生から、ある日こう言われた。
「僕さぁ、宮﨑アニメの絵って、人間に見えないんだよね」

・・・は?
はぁ・・・。

「でも『もののけ姫』のビジュアルはいいね、口元に血がついてる。なんか生命感がある」

・・・はぁ・・・。


この一言は、後々までかなり尾を引いた。
自分には一体、何が見えているのだろう??


僕は「美学」を学んだ。
しかし同じくお世話になった岩城教授は「美学」という呼称は間違いであると説いた。
人間の感覚を考える学問、「感性学」なのだ、と。

僕らの目に、耳に入ってくる神羅万象を、僕らはどう認識するのか。
どう感じるのか。

専攻は二年間と非常に短かったが、実に多くの示唆を得た。
そして正直、何度も思った。

自分は、異常視覚なのではないか?
アニメのこんな絵を見て夢中になっている。おかしいんじゃないか?
認知が歪んでいるのではないか?

その疑問を払拭し切れず、僕はアニメ業界に入った。
だからそもそも、僕は「招かれざる客」だったのかも知れない。


なんでこれが人間に見えるのだろう?上手い?下手?それ以前に、この絵はなんなんだ??
心の底で絶えずそう思いながら、僕は目の前の原画や動画を睨み続けた。

アニメとは何か?
なぜ僕らは、こんな映像に生命や世界を認知し、感情を揺さぶられるのか?

凶悪犯罪者の描く異様な絵と何が違うのか?
いや、かなり似ているのではないだろうか?

昨日も『火垂るの墓』を涙して観ながら、そんなことばかり考えた。

自分は何を観ているのだろう?

晩年の高畑さんがセルアニメを猛烈に拒絶したのも、その辺に理由がある気がする。

われわれは、異常な表現をしているのではないか?


「アニメは異常者を寄せ付ける」と以前書いたが、やはり表象上の問題がある気がしてならない。
余りに重いテーマだが、今の腐敗したアニメを変えるには、そういうところから始めるしかないのかも知れない。