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関東大震災・藤沢の被害

2014年9月1日  (取材&記事:happyrarasan)

大正12年(1923年)9月1日午前11時58分44秒 関東大震災発生
関東大震災といえば、日本人なら誰もが知っている大震災です。藤沢市も、藤沢駅から遊行寺に通じる、通りはほとんど全半壊しています。藤沢の死傷者が少ないのは、昼時にもかかわらず火事が発生しなかったためといわれています。

藤沢の被害

津波(9~10m)の被害は、江の島桟橋の通行人50人遊泳者7人。
死者藤沢町104人、川口村41人、現・藤沢市域で160人に達しました。

藤沢駅から遊行寺に通じる、通りはほとんど全半壊しましたが、1年後には藤沢駅をはじめ遊行寺など主要な建物は、復興した模様です

fujisawajisinn1i現在の遊行寺 fujisawajisinn 2全壊した藤沢駅
fujisawajisinn3車の絶えることのない遊行寺付近

藤沢市文書館の刊行物

藤沢市文書館では、関東大震災から90年を経過した今、関東大震災の被害や復興をまとめた冊子を刊行しました。当時の苦難を振り返るだけでなく、今も各地に残る慰霊碑や伝承から、教訓を学び取る大切さを訴えています。

fujisawajisinn4関東大震災と藤沢 上・下 fujisawajisinn5 fujisawajisinn 6関東大震災とふじさわ

関東大震災と安政江戸地震

関東大震災は相模湾沖地震。震源地は、神奈川県三浦半島付近です。震度7の震度地域は、今の鎌倉市から小田原市に至る相模湾岸を中心とした地域です。
被害の大きかった横浜市や東京市などは、震度6程度であったと推測されます。

安政江戸地震(1855年)江戸直下型地震です。 資料では震度6強と推定されています

市内の供養碑
藤沢市の各所に今も残る震災の記念碑には、震災による被害や復興のための苦労
「乗り越えた」という感慨とともに、「永遠にこの事を後世に残すように」という一文が刻まれています。

fujisawajisinn 7砂山観音境内 供養塔 fujiawajisinn8大庭神社 fujisawajisinn 9大庭神社内 供養塔

砂山観音境内   神奈川県藤沢市藤沢692番地
「鳴呼九月一日」という大きな石碑が建っています。大正12年9月1日の関東大震災の犠牲者を供養した石碑です。遊行六十五世尊光上人の書、裏には犠牲者の名が刻まれています。

大庭神社
「科学が発達し、あらゆることが便利になり、より安全になった。だからこそ、文明を過信せず、一人ひとりが過去を知り、自然の脅威に備えましょう」と、締めくくった大庭神社の復興碑。地震当日は大祭の日で、祭礼中に揺れに襲われた事、氏子一同で努力して社殿を再建した事などがつづられています。

 

編集後記
関東大震災は90年余り前に発生しました。実際にこの地もほとんどの建物が全半壊したのだと知りました。
よく過去の来事を知り、これからの備えをしなければと思いました。

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