https://turingcomplete.fm/12 を聞いていて、モヤイ像について昔ちょっと調べたのを思い出したので掘り起こしてみる。
Unicodeに収録された絵文字のなかに「モヤイ像」というものがある。これ、モアイ像ではなくて “Japanese stone statue like Moai on Easter Island”、つまり「イースター島にあるモアイ像みたいな日本の石像」として定義されている。ちなみにモアイ像の絵文字というものはないのであった。マジで? マジで。
モヤイ像というのは東京の渋谷駅のランドマークになっているアレであって(細かく言うと色々あるのだがそれについては後述)、イースター島のモアイ像とは似せたようなかんじであってもまあ違う。髪もあるし。上述リンクの図像もまさに渋谷のモヤイ像のような見た目になっている。どうしてこんなことになっているのだろうか?
いっぽうemojipediaで見てみると、ほとんどみんなモアイ像っぽい見た目になっているのであった。モヤイ像っぽいやつ、HTCとかぐらいしかないぞ。説明もMoyai (also spelled as Moai)だし、これでいいのか??
たぶん、これでもいいんじゃないかとおもう。
そもそもこの絵文字がどこから来たのかというと、日本の携帯キャリアの絵文字だ。で、どのキャリアから来ていてもともとどうなっていたのかというと、これは調べられる。Unicodeに絵文字の編入を提案する際、グーグルのチームが絵文字のリストおよび当時の携帯キャリアの文字との対応関係をまとめたemoji4unicodeというプロジェクトがある。このdata/emoji4unicode.xmlを見てみると、モヤイ像の絵文字はもともとKDDIの絵文字からきていてドコモとソフトバンクにないことがわかる。そして名前はMOYAIだがテキストフォールバック(対応しない環境でテキスト化して表示する場合の文字列)は「モアイ」となっている。いったいどっちなのか?
さてKDDIの絵文字の仕様はまだウェブで見ることができて、この文字はタイプDの表に含まれている。ここにそのスクリーンショットを見せよう。
なんともともと図像のほうはモアイ像なのであった。でもたしかに説明はモヤイ像となっていて、なんだかよくわからない。
更に調べてみると、当時のKDDIの携帯電話では「しぶや」を変換するとモアイ像の絵文字が出てくるらしいことがわかる。つまり確信的にモヤイ像として扱われている、が、それだけでは用途が限られすぎているのでモアイ像としての利用もできるよう、意図的に曖昧にしてどっちでもありとしたのではないかと思われる(そこまで深く考えてなくて同じようなもんだろうと思っていた可能性もある)。
ではUnicode 6.0ではなぜモヤイ像という説明が採用されたのか、については定かではないのだけど、そもそもオリジナルのほうでの説明がモヤイ像なのでUnicodeの仕様としてはそちらを採用したのだろう。テキストフォールバックがモアイなのは、そのほうが現実の使われ方や見た目を反映していたからではないかとおもう。
そういうわけで、もともと曖昧な絵文字だったのでわりとどっちでもいいのではないか、というふうに思うし、そんなにだれもかれもモヤイ像のことを知っているわけでもないわけで、モアイ像が採用されるのもむべなるかな、である。
ところで、モヤイ像のほう、よくかんがえると作者もいる芸術作品であって、そういうものがUnicodeみたいな国際規格に含まれているというのはなんだか不思議な気分である。もちろん自由の女神像とか東京タワー(エッフェル塔)みたいな巨大でシンボリックな構築物の絵文字はあるのだが、それらにくらべればあまりにもローカルで、あまりにも小さなものではないか。たとえばモナリザとかミケランジェロ像とかの絵文字があるわけでもないのにモヤイ像、と考えるとなんだか不思議なものだ。そういえば誰がいつ作ったものなんだっけ?
というわけでウィキペディアで調べてみるとモヤイ像というのは、新島出身の芸術家である大後友市という人の芸術活動なのだそうである。島で産出される石をつかった彫像ということで、渋谷以外にもあちこちあるのだそうだ。新島には100体以上あるという。
渋谷に設置されたのは1980年のこと、新島が東京に編入されて100年を記念してのことだったというから、ずいぶん前からあるわけだ。
この大後友市さんという作者は残念ながらすでに亡くなっている。2010年9月11日、脳梗塞のため。享年79という。Unicode 6.0でモヤイ像が国際規格の一部になったのは2010年10月11日のことだから、そのわずか1ヶ月前のことだった。
自身の芸術作品が国際規格になりつつあることを知っていたかどうかについては記録にない。