1
荒木経惟(写真家)×
澁谷克彦(エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター) 裸の美と、化粧の美
1
荒木経惟(あらき のぶよし)
1940年東京三ノ輪生まれ。おもな代表作に「愛しのチロ」「センチメンタルな旅・冬の旅」「東京物語」「エロトス」「花曲」「荒木経惟写真全集」(全20巻)「東京ラッキーホール」「人妻エロス」シリーズ、「ARAKI by ARAKI」「花緊縛」「愛のバルコニー」「72才」など、写真集約400冊。東川賞、日本文化デザイン会議賞、織部賞、オーストリア国最高位の科学・芸術勲章、安吾賞、毎日芸術賞特別賞など受賞多数。
澁谷克彦(しぶやかつひこ) 1957年東京生まれ。1981年東京藝術大学デザイン科卒業。同年、資生堂宣伝部入社。「AYURA」「INOUI ID」「クレ・ド・ポー ボーテ」、2007年より「SHISEIDO」といったグローバルブランドのデザインを、パッケージ+スペース+グラフィックとトータルにディレクション、現在に至る。並行して2012年4月より『花椿』誌アートディレクター。JAGDA新人賞、JAGDA賞、東京ADC賞、東京ADC会員賞、東京TDC金賞、NY ADC特別賞、亀倉雄策賞など受賞。
ー今回はお二人に「裸の美と、化粧の美」をテーマにお話を伺いたいと思っています。
荒木:アタシは化粧しないからねぇ、何も語れないよ? アハハハハ。
澁谷:いえいえ(笑)、荒木さんには資生堂の広告でも大変お世話になっていますし、ぜひ荒木さんから女性の美についてお考えを伺ってみたいです。ご自分の作品にも口紅で色を塗ったりしていますよね。その際「クレ・ド・ポー ボーテ」*を使ってくださったとか?
荒木:あっそうか、じゃ、まぁ大丈夫かな?(笑) でもやっぱりね、女性は化粧した方が、内面も綺麗になるものだよ。もちろん表向きも素敵になるけど、何より自分の心がワクワクするだろ? 口紅を使ってるときっていうのは、心にも紅を塗ってるようなもんなんだよ。想いが表にも出てくるというか、むしろ化粧って、そっちに価値があるんじゃないの? 恋人に会いに行くときも、化粧すれば気持ちに覚悟が生まれるから、きっといい女性ホルモンが出てるはずだよ。
澁谷:化粧には、外面の装いを超えた女性の本質的な美を引き出す力もあるということですね。
荒木:うん。あと、自分で化粧するのもいいけど、ときには他人様に化粧してもらうのもまたいいことでね。自分でも気付かなかったものが見えてくるから。他者にいじってもらうことも自分のセンスの1つだと思えるくらいの方がいい女になれる。
*「クレ・ド・ポー ボーテ」…スキンケア・メーキャップブランド
ー自分の殻を脱ぎ捨てることで、本人や親しい人も知らなかった自分の魅力に出会えるということですね。
荒木:ファッションも「まとう」というイメージが強いけど、ホントは裸から始まって裸に戻るものかもしれない。アタシのところに写真撮ってくれって来る女性は、みんな裸になるつもりで来るね(笑)。そういう気持ちを持っていると、逆にまた化粧という行為が映えてくるんだよな。
澁谷:裸から美が始まるということですか?
荒木:そう。だから妙に頑固なのはダメ。自分で作った固定概念をまとって「ショートカットがいいワ」とか、「この色の口紅以外は私じゃない」と思い込んじゃうとか。そういう人は一度、とんでもない男と付き合って悪さをしてもらうといいかもね(笑)。アタシは写真を撮るとき、相手のまぶたに口紅でアイシャドウを描いたりするんだけど、そうするとお互いにワクワクするんだよ。
―荒木さん自身、写真集を作る際などは編集者やデザイナーに大胆に任せることもあるそうですね。
荒木:今、『瀬戸内国際芸術祭』関連でやってる電車アート(「宇野線アート列車(qARADISE)」。電車内の広告枠に荒木氏の写真群を展示)も、写真をバサッと渡してさ、アタシはどれでもいいからって(笑)。こっちから「ああ貼って、こうやって」と言うより、やりたいヤツにやってもらったほうがいいじゃない? どう配置してくれても、アタシには「自分の写真」があるから大丈夫。自分の軸をしっかり持っていれば、ある次元からは脚色というか、他者と交わることでさらに良くなる。そうすると主体性がなくなるとか言われるけれど、そうじゃなくて、それがまた、1つの衝撃になるんだよ。
―それで恋愛にたとえると、いろんな恋をしましょうということに?(笑)
荒木:女は男次第、男は女次第ってことは確かだから、いろんな「風」にぶつかる体験をした方が絶対にいい。つむじ風、突風、心地良いそよ風……。風にもいろいろあるんだよ。でも世の中、変な男も多いから、そこは気をつけないとな(苦笑)。
澁谷:荒木さんは「顔は究極のヌード」ともおっしゃっていますね。
荒木:結局、全部顔に出るんだよ。だから女性の一番の裸は顔だね。話を聞くだけではわからないことも、顔には表れてたりするんだからさ。
—その話で思い出すのは、今年のお正月の資生堂の企業広告です。水原希子さんに登場いただき、荒木さんが撮影を、澁谷部長がディレクションを行ったコラボレーションでもありました。
荒木:名作だろ? あの子の「いい顔」はさ、見る人が全員笑顔になる。
澁谷:セミヌードの美しさもありますが、これは何より水原さんの笑顔の力で完成した感じがしますね。実は荒木さんに顔のクローズアップも撮ってもらったのですが、身体がうつっていないのにヌード感があったのが印象的でした。
―資生堂は時代ごとの女性の美しさに向き合って活動してきたと思うのですが、荒木さんもそうした美の変遷を描いてきたのでしょうか?
荒木:正直、アタシにとっては時代がどうこうというのはなくて、いい女は、いつの時代だっていい女。でも、資生堂はずっとその時代ごとの感性を働かせながら活動してるわけでしょ。だから、文字やキャッチコピーが写真に入って……という形になることで、もしかしたらその時代に生きてる女性の写真ができあがってるのかもね。これもまた、大事な共同作業なんだよ。
―いろいろお話を伺っていくと、「裸の美」と「化粧の美」は一見対極的なものですが、そうではなく、相互に関わりながら織りなされるものにも感じます。
澁谷:そうなってくると、どれが「本当の自分」なのか? というところが気になりますよね。
荒木:たとえば、知り合いの歌舞伎役者と飲んだくれてたことがあるんだけど、酔っ払っている姿を見ていると、そっちが本当の彼なんだなと思うじゃない? でも舞台上にいる彼を見て、やっぱりこっちが「本物」だったんだなと思ったんだよ。すると、女性の場合も、化粧しているときがその人の素顔なのかもしれない。
澁谷:いつもアイラインしている人は、いわゆるすっぴんよりも、化粧姿のほうが自分の素顔といった感覚があると思うんですね。「こうありたい」という想いや信念の表れが、その人ならではの真実とも言えるのかもしれません。
―ちなみに荒木さんはよく「すべての女は美しい」とおっしゃっていて、著作のタイトルにもなっていますよね。
荒木:アタシはホントに、すべての女性が大好きだから。あと、女性は歳をとることでも美しくなるよね。年齢ってイコール積み重ねてきた時間じゃない? 資生堂はアンチエイジングをうたってないところがいいよね。
澁谷:美しく年齢を重ねるという意味で、「サクセスフルエイジング」というキーワードを掲げていますね。
荒木:女優のシャーロット・ランプリングの写真も撮ったけど、若い頃より歳を重ねてからの方が断然いいもんね。女は歳をとらないと本物の美に到達できないと思っていればいいんだよ。顔のシワだって悲観するんじゃなくて「このシワのおかげでいい顔になってきたな」って思わなきゃ!
澁谷:荒木さんにとって、写真の力で女性の美を引き出す秘訣はありますか? 撮影に立ち会って意外に感じたのですが、「こっちの角度が美しい」「目線を少し上げたらもっと綺麗だ」とか、物理的なことにもかなり気を遣ってらっしゃいますよね。
荒木:それは、もって生まれたこの才能が出しゃばっちゃうんだ(笑)。でもそれよりもっと大事にしてることがあって。たとえば雑誌で写真を撮るときなんかは、ヘア・メーキャップアーティストが顔を作り上げちゃうことが多いけど、じゃあいつものアナタはどこにいるの? って気持ちになる。だから化粧した後、ライトで少し汗ばむじゃない? こういうときは、皮膚だけじゃなくて気持ちも汗ばんでるから、顔が活き活きしてくるのね。メークさんたちはテカりを直さなきゃ! って近づいてくるんだけど(笑)、いやいや、今いい感じなんだから! って撮影を続ける。
澁谷:美の「頂点」をどこに定めるかによって、方法は変わってきますよね。完成度といった視点で頂点を目指すと、皆同じような顔になってしまう難しさは感じることがあります。
荒木:うん、だからアタシの場合は、完璧な化粧が少し崩れていったときに、その人らしい「綺麗」が出てくることもあると思ってやってる。女性を大仰に、女神みたいに撮るんじゃなくて、地上の我々の高さまで降りてきてもらうんだ(笑)。そのためにはこっちも待ってるだけじゃなくて、いろいろおイタしていくんだけど。つまり1回目は化粧でワクワクさせて、2回目はおイタでワクワクさせてあげているわけ。
―おイタというのは……いたずら心みたいなこと?
荒木:おイタはねぇ、ここで何て言うべきか、まぁ恋愛だね(笑)。
澁谷:常にその人の一番綺麗なところを撮ろうという気持ちが強いのでしょうか?
荒木:うーん、むしろその人の本質的なところを引き出したいね。そういう写真家、いないからさ。みんなすぐ、自我の強いアートにしちゃう。写真にもこういう場合はこう撮るっていう見せ方があるけど、化粧だってそうだろう? 父母会に行くのと、夜のパーティーに出かけるのとではやっぱり違うじゃない。写真っていうのは元々コラボレーションで、写真家がいなかったら撮れないし、被写体がなかったらうつらない。両者の共同作業なわけだから、被写体の本質を引き出そうとするのは当然だよね。それでアタシは、呼吸するように写真を撮れているってわけ。最近は絶好調で撮り過ぎちゃって、過呼吸気味だけどね(笑)。
―女性の本質的なところを引き出すために、どういったところに着目するのですか?
荒木:アタシの場合は、光とかげりだね。いい女にはかげりがある、そしてそれは、その人が過去にやってきた物事をうつしてる。それがアタシにはなぜか見えちゃう。どうしても見えないときには……勝手に作っちゃう!(笑)それは冗談だけど、つまりかげりをとらえて、よりいい女に撮ってあげたいんだね。
澁谷:写真や映像など視覚表現においても、影は重要な要素ですよね。でも、いくらライティングの技術が発達しても、それだけではかげりのあるいい顔や情景を捉えるのは難しい。
荒木:だからさ、そこは「愛」という光で相手を照らすわけだよ! あとは言葉のやりとりも大切だよね。どんな花だってそのよさを見つけて褒めてあげられるからね、アタシは(笑)。
澁谷:荒木さんの撮る女性には、エロも感じられますよね。『花椿』の穂村弘さんの「TALK」という連載で荒木さんがゲストの写真を撮ってくださっているのですが、実は隠れたテーマがエロなんです。
荒木:まあでも、エロを際立たせるために大切なのは知性、インテリジェンスだったりするんだよ。知性が伴うとエロがいっそう匂い立つ。これも不思議だよねぇ。
ー「いい顔」というお話でいうと、荒木さんは日本各地で老若男女を撮影する「日本人ノ顔」プロジェクトも続けていますね。被写体となったみなさんの笑顔が印象的です。
荒木:やっぱり笑顔が一番いい表情なんじゃないかと思ってるところがあるんだよね。感性よりも、大事なのは感情なんだな。作り笑顔や、肖像のような静止した笑顔を撮って、崇高なる永遠の美を撮って差し上げたい、ということはしない。アタシは、人の顔を写真に撮ることで「物体」にはしたくないわけ。つかの間の笑顔、一瞬の南風のような笑顔がいいんじゃないか、格好いいんじゃないかと思ってるんだ。
澁谷:母と幼子のヌードシリーズ「母子像」も、お母さんたちがとてもいい表情をしていますね。
荒木:あれはヌードということより、親子の愛情や関係性が強く出ているのがいいね。被写体を募集してみたら、撮ってくださいっていうお母さんがもの凄く大勢来たんだ。化粧は撮影場所に来るときに、自分たちでしてきたまんまでね。でも子どもと一緒だから、これは子どもの存在がお母さんに特別な化粧を施してくれたって感じだよね。あと、服を脱いでく奥さんの横で亭主がさ、突っ立ってたり、脱いだ服畳んであげたりしてるの(笑)。
澁谷:やめてくれとも言えないし、撮影現場では出る幕がないわけですよね(笑)。
荒木:それでも撮ってる間ずっとそばで殊勝に見守って、自分の奥さんにまた惚れ直しちゃうんだな(笑)。あれはいいよ、とっても。
—これからどんな女性たちを撮っていきたい、どういう風に表現していきたいというのはありますか?
荒木アタシの写真は「表現」じゃないの。その女性がもともと持っている魅力というか美を「表出」するんだよ。女たちは神なんだから、最高の被写体がすでにそこにある。それを磨いて写真に撮ればいいという気持ち。だから作品という言葉も好きじゃないし、もしその言葉を使うなら「すべての女性がすでに最高の作品」だね。
澁谷:グラフィックや広告界では、レタッチや修正の技術もかなり進化したのですが、そうなってしまうとよくも悪くも完璧なものが出来てしまって、今度はそのどうバランスを取るのか、考えどころだったりするんです。
荒木:そっちの方向に進み過ぎちゃうと、どれも同じになっていくじゃない。美容整形なんかもそうで、見てるとあれは全員、せいぜい5種類くらいの顔にしかならないんじゃないの。
澁谷:確かに(笑)。どうしても形だけの綺麗さに引き寄せられてしまいがちですよね。でも、それぞれの女性から沁み出してくるようなチャーミングな部分にもっと気付けたらいいし、そうあるべきなのでしょうね。それは女性の皆さん自身だけでなく、我々男性にとってもそうです。
荒木:そういう話でいうと、資生堂は時代ごとの感性を持ち込みながら、昔から女性が自分らしい「綺麗」を磨けるように導き続けてるわけでしょ。その心意気は偉いもんだよ。おっ、何かうまく話がまとまったかな?
―愛のあるお気遣い、ありがとうございます(笑)。心身の美しさを大切にすること、そしてそんな生き方に自信を持って生きていくことが、女性の美をより豊かにするのですね。今回はどうもありがとうございました。
撮影協力 Bar Rouge
掲載日 2013年5月
『瀬戸内国際芸術祭』
『qARADISE(パラダイス)』
2013年3月20日(水・祝)~11月4日(月・祝)
会場:岡山県 宇野港第一緑地、JR宇野駅、宇野港周辺
『感傷之旅・堕楽園』
2013年4月8日(月)~6月9日(日)
会場:中国・広州 時代美術館
『荒木経惟×繰上和美 うつせみの鏡 時空の舟_我・夢・影―』
2013年4月3日(水)~6月9日(日)
会場:奈良県 奈良県立万葉文化館
『緊縛・春画』
2013年5月2日(木)〜6月8日(土)
会場:ロンドン マイケル・ホッペン・ギャラリー
『色女 エロリアル』
2013年5月25日(土)~6月22日(土)
会場:タカ・イシイギャラリー
For Person (お客さまのために)
For Community (社会のために)
For Planet (地球環境のために)
ISO26000 7つの中核主題への対応