世界を覆うフェイクニュースの洪水。その発信源のひとつは、なんと東欧の小さな村だった。NHKのディレクター・佐野広記氏が「フェイクニュース村」に潜入し、見たものとは――。
「あ、またフェイクニュースよ」
ニューヨークに住む1児の母、アビーさんは、ため息交じりにつぶやいた。いまアメリカでは、市民が日常的に触れる情報の中に、ウソの記事=フェイクニュースが当たり前に飛び交っている。
この日アビーさんが見ていたのは、『歯磨き粉のチューブ』に関する一本の記事。『印刷されている読取コードの色が、実は、有害物質の含有量を示している』というデタラメな内容だった。
「もう何を信じていいか分からなくなってきています」
事実が歪められ、ネット上で一瞬にして広がる「フェイクニュース」。今年3月に放送した「放送記念日特集 フェイクニュースとどう向き合うか~“事実”をめぐる闘い~」(NHK総合。NHKオンデマンドで配信中)を制作するにあたり、私たちはその実態を取材した。
日本でも、『記録的な寒波で、ナイアガラの滝が完全凍結した』とか『大量の塩水を一気に飲めば、腸内をきれいにできる』といった生活情報や健康情報などのウソが出回っている。東南アジアは深刻で、去年『物乞いや妊婦などのフリをした人が、子どもを誘拐しようとしている』というフェイクニュースを信じた人々が、ホームレスを集団で暴行し殺害する事件まで発生していた。
こうした記事には、広告が埋め込まれており、多くの人がアクセスして広告がクリックされると、発信者に収入が入る仕組みとなっている。ニュースメディア「バズフィード」が発信元を追跡調査した結果、100を越えるフェイクニュースサイトが、ヨーロッパのとある町で運営されていることが明らかになった。バルカン半島にあるマケドニア共和国の地方都市、ヴェレスだ。
ニューヨークから飛行機を乗り継ぐこと20時間。「フェイクニュース工場」の異名を持つヴェレスに、今年2月、取材に入った。200~300人の若者がフェイクニュース作りに手を染め、多額の広告収入を手にしていると言われている。
平均月収約5万円の、決して豊かではないこの町。道行く車の多くは、凹みやキズが修理されずに放置されたまま。バンパーが外れている車も珍しくない。そんな中、BMWやベンツなど、ピカピカの高級車が、2年前から突如増え始めた。しかも乗り回しているのは20代の若者ばかりだという。
マケドニアの高級車ディーラーが教えてくれた。
「業績はうなぎ登りです。貧しいマケドニアで、若者たちが高級車を買ってくれるなんて思ってもみなかった。彼らはインターネットを使ってお金を儲けているようです」
2年前にフェイクニュースを作り始めた2人組に出会った。金色のピアスが耳に光る、イマドキで端正な顔立ちの男子大学生だった。取材場所に指定されたのは、5つ星ホテルの一室。大学で経営学を学ぶ2人は、先輩から「ネットで記事を書くと金になるぞ」と聞いたのを機に、始めたという。
当初は、『トランプ候補が「メキシコ国境に壁を作る」と発言した』など、大手メディアでも話題になっていた内容をまとめた記事を作っていたが、どうもアクセス数が芳しくない。そこで方針を変えて、『「ネバダ州の砂漠に強制収容所を作る」と発言した』という具合に、トランプ候補の発言にウソを入れて過激にしてみたところ、アクセス数が急増。広告収入が一気に増えた。
当初は「本当」も混ぜていたが、気づくとタイトルから記事、写真まで、すべてウソばかりになっていったという。
「一番のヒット作だ」という1本の記事をスマホで見せてきた。『速報 ドナルドトランプが心臓発作で死亡』。トランプ氏が仰向けに倒れ、血のようなものが流れている写真が添えられており、画像加工ソフトも駆使して作り上げたという。ホームページ作成方法は独学で学び、英語も使いこなし、アメリカ国民向けにウソの記事を書き続ける2人は、「とにかくタイトルで興味を引くことが重要」と繰り返す。
作成した記事は、フェイスブックのシェア機能を使って投稿するが、より多くの人に拡散するよう、時差を考慮してアメリカ時間に合わせて投稿するなど、細かい工夫を重ねている。こうしたフェイクニュースで、多い時には月に約60万円(この町では1年分の収入)の広告収入を得ているという。