この記事は日経 xTECH有料会員限定ですが、2018年4月18日7時まではどなたでもご覧いただけます。
被害額3000億円は本当か
「インターネット上の海賊版サイトに対する緊急対策」(案)で検討の前提となっている事実関係は、この他にも専門家が精査したか疑わしい記載が散見される。例えば、CODAは漫画村による被害額を約3000億円と試算しているが、国内のコミック市場規模は紙と電子を合わせて年間4000億円台で推移している中で、それほど死活的な被害があったかは疑わしい。
メディアドゥホールディングスが4月13日にいくつかの電子書店における売り上げの推移を公表したが、売り上げの伸びが鈍化している程度で、4000億円台の市場に対して3000億円の被害が生じるといった壊滅的な影響があったとまでは言えない。
加えて政府の緊急対策案では、ブロッキング対象ドメインの選定基準について「他の実効的な代替手段の不存在(1.当該ドメインに含まれるサイトが、著作権者等の権利行使や削除要請に真摯に対応しない、2. 侵害者又は運営者が特定できず、権利行使や削除要請が困難である、3. 刑事訴追で起訴されてもサイトを閉鎖しない等、諸般の事情を総合的に考慮した上で当該ドメインをブロッキングの対象とすることがやむを得ないと認められる場合)」としているが、裁判所の仮処分や判決を無視するならばともかく、起訴された段階でサイトを閉鎖しないからといって代替手段がないといえるのだろうか。また名指しされた3サイトが要件を満たしているかどうかも確認できない。
3サイトのうち少なくとも漫画村とAnitubeは、CDN事業者の米クラウドフレア(Cloudflare)が日本国内にある米エクイニクス(Equinix)のデータセンター内の機材から配信しており、米デジタルミレニアム著作権法(DMCA)に基づいて開示請求や差止請求を行うことができた。Cloudflareは2018年2月、米裁判所の判決を受けて海賊版論文サイト「Sci-Hub」の配信を止めた事例がある。
国内では2011年に民事訴訟法が改正され、外国法人であっても日本で事業を行っていると認められれば、日本国内で外国法人相手に裁判を起こすことが可能となった。2013年2月には、この制度を用いて米国法人であるFC2に対して利用者の発信者情報を開示するように命じる仮処分決定が下されている。今回の緊急対策案には、名指しされた3サイトを閉鎖するために一通りの法的手段を試したのか、それらがなぜ機能しなかったのかについて十分に記載されていない。
ブロッキングの是非について、政府の知的財産戦略本部は2年以上も議論を続けてきたというが、なぜここまでずさんな前提に基づいて拙速な決定が行われてしまったのだろうか。会議体に権利者ばかりを選任し、対策によって影響を受ける事業者や消費者、法律や技術に詳しい専門家を排除したために、ずさんな報告に対して何らチェックが入らなかったのではないか。
今回明らかになったサイト利用者数の「水増し」に限らず、今回の緊急対策が事実に基づいて決定されたのか、多様な立場の専門家を入れて早急に再確認する必要がある。そして海賊版サイトを閉鎖させるために、実効性の乏しいブロッキングに絞らず、あり得る対策を事前に調査して、使える手法について幅広く共有して権利行使をしやすくすると同時に、時代の変化に追いつかず、使い勝手の悪い制度があれば、早急に改善する必要があるだろう。
国際大学GLOCOM 客員研究員