メラニー・ココニス(Melanie Cokonis) (米)

テクニシャン(技術員)は論文を書かないし、研究費申請もしない。それなのに、「どうして、研究ネカト?」。 テクニシャンの事件は小さく、情報量は少ないが、取り上げ、考えよう。

【概略】
141020 pallansch-cokonis[1]メラニー・ココニス(Melanie Pallansch-Cokonis)は、米国・サザン研究所(Southern Research Institute)のテクニシャンで、NIHのコントラクト(N01-AI-30047 とN01-AI-70042)とグラント(U54 HG005034)で抗ウイルス物質の細胞保護機能の測定値の改ざんをした。米国・研究公正局の調査が入り、2014年、有罪が確定した。 写真出典

  • 国:米国
  • 成長国:米国
  • 男女:女性
  • 生年月日:1982年(推定)
  • 現在の年齢: 36(+1)歳
  • 分野:医薬品開発
  • 不正論文発表:なし
  • 発覚年:2008~2012年(25~29歳)
  • 発覚時地位:サザン研究所(Southern Research Institute)のテクニシャン
  • 発覚:内部告発(推定)
  • 調査:米国・研究公正局
  • 調査報告書:2014年
  • 不正:改ざん
  • 不正論文数:0報。研究費の報告書に不正
  • 時期:キャリアの初期から
  • 結末:転職

★主要情報源:
① リトラクション・ウオッチの2014年6月21日の記事:Research technician faked NIH-funded research: ORI | Retraction Watch
② 米国・研究公正局の2014年6月23日の報告:Federal Register | Findings of Research Misconduct

【研究】
メラニー・ココニスは2008年に共著論文が1つある。ただし、31人の共著論文で名前は23番目である。この論文では、ヒト検体の生化学的測定に貢献したようだ。この論文は不正研究と判定されていない。

論文:「Biological and Technical Variables Affecting Immunoassay Recovery of Cytokines from Human Serum and Simulated Vaginal Fluid: A Multicenter Study」、 Anal. Chem., 2008, 80 (12), pp 4741-4751、DOI: 10.1021/ac702628q Publication Date (Web): May 17, 2008 http://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/ac702628q

【経歴】

  • 1982年(推定):米国で生まれる(推定)
  • 2000年(18歳):メリーランド州フレデリックのフレデリック高校(Frederick High School)を卒業(推定)
  • 2005年(22歳):メリーランド州フレデリックのフッド大学(Hood College)の4年生(推定根拠)。
  • 2005年(推定)(22歳):サザン研究所(Southern Research Institute)に就職。2008年論文での所属はサザン研究所
  • 2008~2012年(25~29歳):不正研究が発覚する
  • 2012年(29歳、推定)6月:サザン研究所(Southern Research Institute)を辞職
  • 2012年(29歳)8月:Imquest BioSciencesに転職
  • 2013年(30歳)11月:Life Technologies (now part of Thermo Fisher) に転職

【不正の内容】

米国・研究公正局の報告書(Case Summary: Cokonis, Melanie | ORI – The Office of Research Integrity)によれば不正は以下のようだ。

メラニー・ココニスは、NIHのコントラクト(N01-AI-30047 とN01-AI-70042)とグラント(U54 HG005034)で抗ウイルス物質の細胞保護機能の測定値の改ざんをした。

生の測定データ(8X12 SoftmaxPro matrix files)を集計表に転記した際、実際は、その測定はうまくできなかったのだが、206個の測定値を上手に測定したように転記した。測定値は、ウイルス感染の細胞に薬物を与えた時の障害細胞数とその対照実験での細胞数である。

★サザン研究所(Southern Research Institute)

141020 southern-research_southside[1]勤務していたサザン研究所(Southern Research Institute)は、1941年設立の所員550人強の非営利研究所である。アラバマ州バーミンガムを拠点とし全米に8施設ある。

政府の委託を受けて、医薬品開発、宇宙、環境、エネルギー、国防で研究開発を行なっている。8施設の1つは、メラニー・ココニスの出身地のメリーランド州フレデリックにあり、感染病研究施設(Infectious Disease Research Facility – Frederick)である。サザン研究所写真出典 141020 1198_preview[1] サザン研究所の化合物ライブラリー・スクリーニング・センターの2014年のスタッフ。もちろん、メラニー・ココニスは入っていない。こういう人たちのいる職場ということで参考に掲載(参考にならない?)。写真出典

サザン研究所は、NIHの巨大プロジェクト「化合物ライブラリー・プログラム(Molecular Libraries Program)」(年間予算約100億円)を受託している全米8施設の1つである。地球上の膨大な数の化学物質の医薬品活性を、ロボットを使って網羅的に検査するプロジェクトで、分野はケミカルバイオロジー、手法はハイスループット・スクリーニング(2000年の日本語解説)である。

日本の後追い研究計画 → http://www.npd.riken.jp/jsps/images/minutes/20130212okabe.pdf 141020 eu-openscreen-1[1]ハイスループット・スクリーニング写真出典

★メラニー・ココニスがデータ改ざんしたNIH研究費

データ改ざんは論文ではなく、研究費報告書である。

NIHのコントラクト(N01-AI-30047 とN01-AI-70042)とグラント(U54 HG005034)を調べた。

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コントラクト(N01-AI-30047):課題「A–In Vitro Antiviral Screening Program – Hepatitis C&B Virus」 2003年9月30日契約、契約額11,592,440ドル(約12億円)、契約者:サザン研究所。

このコントラクト(請負研究)は、C型とB型肝炎ウイルスの抗ウイルス薬のスクリーニングである。 助成金で得た成果として2008年の論文がある。抗A型インフルエンザ薬を10万種類の化学物質からスクリーニングした論文である。

著者は全員、バーミンガムのサザン研究所所属である。 Michael Murraが主任研究者[PI]で、Colleen B. Jonssonが副主任研究者[Co-PI]である。

論文:「High-Throughput Screening of a 100,000 Compound Library for Inhibitors of Influenza A virus (H3N2) 」、Biomol Screen. 2008 October ; 13(9): 879–887. doi:10.1177/1087057108323123.

この論文に、メラニー・ココニスは著者に入っていないし、謝辞にもない。

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グラント(U54 HG005034)は、前述した「化合物ライブラリー・プログラム(Molecular Libraries Program)」のグラントである。

グラントとあるが、共同研究(Cooperative Agreements)(Activity Codes Search Results)でサザン研究所のColleen B. Jonssonが代表者だ。共同研究は、受託研究より自由だが、受託研究と似ている。 助成された資金で得た成果の2011年発表の論文がある。著者は全員、バーミンガムのサザン研究所所属である。

論文:「A High-Throughput Screening Strategy to Overcome Virus Instability」、Assay Drug Dev Technol. Apr 2011; 9(2): 184–190. doi: 10.1089/adt.2010.0298

メラニー・ココニスは著者に入っていないし、謝辞にもない。
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★テクニシャンの役割と上司の役割

研究所であれ、大学であれ、研究室の上司がテクニシャンに作業内容を指示する。この場合、どんな理由であれ、テクニシャンが、測定値をねつ造・改ざんしたら、上司も責任重大ではないのだろうか?

とくに、メラニー・ココニスのようにまだ20歳代の実験経験が浅いテクニシャンだったら、上司はデータをハイハイと受け取って、そのまま外部の報告書に記載する方がおかしい(そうしたかどうかは推定)。この事件で、上司はデータねつ造に加担も、管理不行き届きともされていない。

上司は不正に気がつくべきでしょう。 白楽の場合、研究室の学生・院生がおかしなデータを持ってきたら、そのまま、学会発表や論文発表をさせたことはない。

少しでも疑念があれば、生データをもってこさせ、逐一操作過程を聞き、白楽が納得するまで実験のすべての詳細をきく。その時、学生・院生がヘンに嫌がれば、追求は中断するけど、学会発表や論文発表はない。

メラニー・ココニスのデータ改ざんは、論文ではないから、外部からの批判ではない。コントラクトとグラントの報告書でのデータ改ざんだから、気がついたのは、サザン研究所の同僚か上司しかいない。

研究所内部の社員教育の不備、上司の部下の指導・指示の失敗だと思うが、そうなら、研究所は上司に注意し、テクニシャンをクビにして終わりにするでしょう。それを、ワザワザ、外部の研究公正局にデータ改ざんだと告発するのは、白楽には異常な気がする。出してしまった報告書は訂正で済むでしょう。

メラニー・ココニスは、サザン研究所で仕事で測定作業をしただけだ。なんで、データ改ざんが米国・研究公正局に告発されたのか、どうも、良くわからない。研究所と上司に問題があるようにしか思えない。

【撤回論文】

2014年10月21日現在、撤回論文はない。

【テクニシャンの不正研究】

研究所と上司に問題があるようにしか思えないので、一般的論としてのテクニシャンの不正研究を理解することにした。

テクニシャンは理系大卒で博士号はもっていない。研究費申請書は書かない。基本的には論文も書かないし、学会発表もしない。「基本的には」と書いたが、論文を書くテクニシャンもいる、共著者に入るテクニシャンもいる。学会発表するテクニシャンもいる。ボスは、有能ならドンドン使う。

但し、博士号がなければ、独立した研究者にはなれない、自分が代表者の研究費申請はできない。

ボス(研究者)から指示された作業をするのがテクニシャンの仕事で、それが論文にならなくても責任はない。それがノーベル賞をもらう実験作業ならやりがいはあるだろうが、そうでなくても、とにかく、実験結果の成否に責任はない。 だから、「どうして?」研究ネカトをするのだろうか? 研究ネカトの必要性がない。

★テクニシャン不正研究の件数

研究公正局のローレンス・ローデス(Lawrence J. Rhoades)の論文「ORI Closed Investigations into Misconduct Allegations Involving Research Supported by the Public Health Service: 1994-2003」は、米国・研究公正局の1994~2003年の10年間の分析を記載している。

その10年間に、研究公正局に研究ネカトの告発が1,777件あり、調査に入ったのが274件で、調査の結果、クロが133件だった。 階級別に分類すると、調査に入った274件の内、テクニシャンは47件(17%)で準教授に次いで多く、クロは31件(24%)で最も多かった。

階級 調査件数 割合(%) クロ 割合(%)
教授 44 15 6 5
準教授 55 20 24 16
助教授 30 11 13 10
ポスドク 44 16 27 20
研究助手 22 8 17

13

院生・学生 22 8 14 11
テクニシャン 47 17 31 24
不明 13 5 1 1
274 100 133 100

日本ではテクニシャンという職種が発達していないので、白楽も充分勘案していなかったが、米国の生物医学で研究ネカトをする職階は、テクニシャンが最も多い。

ついでに書くと、白楽の調査(拙著:『科学研究者の事件と倫理』)では、日本は50代後半の医学部教授が最も多かった。米日で対象的である。

★テクニシャンの研究ネカトの理由

では、テクニシャンが「どうして?」研究ネカトをするのだろうか?

141020 dskornfeld[1]コロンビア大学名誉教授(精神医学)のドナルド・コーンフェルド(Donald S.Kornfeld)の2012年の論文に一例が書いてある (「Perspective: Research Misconduct: The Search for a Remedy」 Academic Medicine: July 2012 – Volume 87 – Issue 7 – p 877–882、doi: 10.1097/ACM.0b013e318257ee6a)。写真出典

テクニシャンが血液サンプルを集めた時刻の記録が、実際の時間ではなかった。というのは、プロトコルに記載されたスケジュール通りには、要求された血液サンプルを集められなかったからだ。

能力以上の仕事量が割り当てられたと、米国・研究公正局の調査委員会は結論している。また、そのテクニシャンは血液サンプルを集めた時刻が重要だとは知らなかったと述べている。

この場合、ボス(研究者)の指示が不適切、ボスとのコミュニケーションが不適切だと、白楽には思える。作業を指示する時に、「採血時刻は重要だ」と言うべきだし、作業量は多すぎないか(少なすぎないか)チェックするのはボスの仕事でしょう。

ましてや、外部の研究公正局に研究ネカトの告発をしてしまうなんて、白楽には異常な気がする。 ドナルド・コーンフェルドは、

テクニシャンは科学界のメンバーではない。職業規範の感覚は低く、研究結果と自分の収入は無関係である。そして、研究不正をすることの重大さと、その後自分の身に降りかかる不幸の重大さを理解していない。その状況で、もっとデータをだすようにという圧力を強くかけられている。

と書いている。 なんか、ヘンだ。これが実態なら、「米国の生物医学で研究ネカトをする職階は、テクニシャンが最も多い」のに納得する。

【事件の深堀】

なし。

【白楽の感想】

《1》 研究機関とボスが無責任すぎる

テクニシャンの研究ネカト事件は、大事件にならないので、米国ではあまり注目されない。しかし、実際は、「米国の生物医学で研究ネカトをする職階は、テクニシャンが最も多い」のだから、米国はなんとかすべきでしょう。

それにしても、テクニシャンの問題というより、研究機関とボスの問題という気がする。 とはいえ、日本は、ここから、何を学べるか? 日本も米国と同じと考えて、テクニシャンにも研究規範を教育することでしょう。