音楽文化の発展か衰退か JASRACが音楽教室での著作権料徴収開始 月謝の値上げは?
教育の保護か、権利の保護か-。
音楽教室での演奏に対する著作権使用料徴収を認めた文化庁長官の裁定を受け、日本音楽著作権協会(JASRAC)による徴収が4月から始まった。だが、音楽教室の反発は根強い。両者ともそれぞれの目的を「音楽文化を普及させるため」と説明するが、利害の衝突を回避できないまま、波紋を広げ続けている。現場からは、著作権の切れたクラシックなどの楽曲ばかりを弾くことになるのではないか-と懸念する声も上がっている。(社会部 石井那納子、文化部 竹中文)
「個別の督促をするものではない」
徴収の対象は楽器メーカーや楽器店が運営する約7300の音楽教室で、JASRAC関係者によると、3月28日に全国約900事業者に郵送で手続き案内の文書を送付。徴収権限がないことの確認を求めて東京地裁に提訴しているヤマハ音楽振興会などの事業者にも送った。
許諾手続きを開始するための案内の文書には、「個別の督促をするものではない」という内容を明記。訴訟が進行中である旨や、文化庁長官による裁定の内容も記した。同長官が「社会的混乱を回避すべく適切な措置をとるよう留意」することを求めた通知も同封した。
使用料の支払い方式は選択制だ。前年度の受講料収入の2・5%を支払う年額▽受講者数や受講料に応じた月額▽使用する曲別-の3通りから選ぶ。来年3月末までの1年間に限り、使用料の10%を減額する割引を適用する。JASRAC広報部は「音楽文化発展のため、趣旨をご理解いただきたい」としている。
講師の演奏は聞かせるため?技芸を教えるため?
「技術や表現方法を教えるのが目的だから、講師が曲全体を演奏してみせることは少ない。一部分を弾いただけで公衆に聞かせたことと同じにされるのは納得できない」。横浜市にある音楽教室でピアノ講師を務める木村よしのさん(34)は、JASRACの決定に今も不満をこぼす。
子供たちからは話題のアニメの主題歌を弾いてみたいと言われることもあるが、著作権料を今後どのように負担するかは見えない。木村さんは「積極的に取り組めない」という。
これまで音楽教室は、著作権の切れていない楽譜を教材に掲載するための著作権料をJASRACに支払ってきたが、今回は新たにレッスンでの演奏に対する著作権料が求められている。
神奈川県小田原市の女性(66)がバイオリン講師を務める音楽教室の場合、月4回(1回30分程度)のレッスンで月謝は9千円。単純に2・5%の徴収料なら、1カ月分の著作権料は225円の計算だ。生徒が全国に約40万人いるとされるヤマハ音楽振興会は、年間約10億円を演奏権として支払うことになる。
教えるのはクラシックのみ?月謝の値上げも
音楽教室の一部では、徴収分を転嫁して受講料を値上げすることが予想される一方、使用料の徴収を嫌い、使う教材や教える楽曲を制限する可能性も指摘されている。
女性は「バッハやベートーベンといった著作権の切れたクラシックやJASRACに信託していない楽曲だけを教えることはできる」とした上で、子供の習い事としてだけでなく大人の学び直しの場としても音楽教室が人気であると指摘し、「流行のドラマの主題歌、思い出の歌謡曲を弾けるようになりたくて門を叩く生徒は多くいる。生徒の弾きたいという意欲に応えられなければ、習おうとする人が減り教室が衰退してしまう」と危惧する。
著作権法に詳しく、現役ピアニストとして国際コンクールでの入賞経験も持つ橋本阿友子弁護士は、「権利保護と公正な利用のバランスを図ることが重要で、激しい権利主張にはリスクがある。保護をしすぎて著作物が使われなくなれば、作曲家らに著作権料が行き届かなくなるばかりか、文化の発展さえ阻害しかねない。ただ、最終的には司法の判断に委ねるしかないのではないか」と話している。
■JASRAC
一般社団法人日本音楽著作権協会(Japanese Society for Rights of Authors, Composers and Publishers)の英語略称。昭和14年に設立された日本最大の著作権管理団体で、国内外の楽曲約350万曲の著作権を管理する。楽曲の利用者から著作権料を徴収し、作曲家、作詞家らに分配している。平成27年度の年間徴収額は1117億円だった。
外部サイト
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