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番外676 巨獣と魔術師
とりあえずベヒモスの生態、性質がよくわからない以上は、幼体のベヒモスには累が及ばないように気を付けておこう。
まだ俺を精霊の類と勘違いしているようなので、それも否定せず、親ベヒモスを刺激しないように触れた場所についたであろう人のにおいも生活魔法で消しておく。
「君の親からは歓迎されるか分からないから……少し離れて声を掛けてみるよ。邪魔なようならお暇するかな」
そう言うと、幼体ベヒモスは少し寂しげに喉を鳴らす。そうなるのは嫌だ、ということらしい。
「その場合は仕方ないさ。傷も治ったんだし、元気でいてくれたら俺としても嬉しい」
念のために確認をとってみれば、普段は南側の荒野を根城にして暮らしているとの事で。遺跡にいたディアブロス族の事も知らないと裏付けも取る事ができた。母親と共に移動していたら体調を崩してしまったので遺跡を利用させてもらった、との事である。
幼体ベヒモスの傷が治り、親子で普段通りに戻って遺跡から離れるならば、それはそれでこちらとしては動きやすくなる。
元々地下区画の拠点には滅多な事では人を通せないのだし、ディアボロス族と合流してからシリウス号を召喚し、魔界の情報を貰いながら移動する、ということになるか。
ベヒモス達がまだしばらく遺跡から動かない場合も……目の届かない場所で召喚すれば同様の方針で問題なく移動できるだろう。
城から出て、少し離れた位置で姿を消し、親ベヒモスが戻ってくるのを待ちながら状況を確認する。ディアボロス族の4人は一先ずバロールと共に、森の中にバロールが造った簡易シェルターにて待機中である。体力回復の魔法等を用いてやると、シェルターの床にへたり込んで脱力し、安堵の溜息を吐いていたから……まあ大分追い詰められていたのだろう。
オズグリーヴの方は――無事に引き付ける役目を終えて地下区画に撤退したようだ。通信機でありがとうと伝えると「何、陽動も慣れておりますからな。お安い御用です」と言って、カドケウスに笑顔を見せていた。
そうこうしている内に突然消えた敵を訝しむように見回しつつ、親ベヒモスが遺跡に戻ってくる。仔ベヒモスが城の入り口から嬉しそうな声を上げながら姿を見せ、ぴょんぴょんと飛び跳ねてみせると、親ベヒモスは一瞬動きを止め、驚いたような反応を見せた後に嬉しそうに喉を鳴らした。
赤く発光していた瞳も……色はそのままであるが光が薄れ、落ち着いた反応になっていく。
鼻先を近付けて、仔ベヒモスに頭を擦りつけられたりと、穏やかな表情を浮かべていた様子だったが、周辺の臭いを嗅いだりと、まだ完全に警戒を解いているというわけではなさそうだ。
仔ベヒモスが声を上げて身振りで寄生生物の事を伝えたりして……燃やした残骸を目にした親ベヒモスは忌々しげに喉を鳴らしていた。
「怪我をしていたようだったから、治療したんだ。こっちに敵意はない」
翻訳の魔道具を使って声を響かせると、親ベヒモスは顔を上げ、警戒するように唸り声を上げた。俺の姿は消しているし、音の出所が分からないように風魔法で拡散しているからな。親ベヒモスにはこちらの居場所が補足できない。仔ベヒモスをかばうような仕草を見せて、全身に闘気を漲らせている。魔力ではなく闘気寄りの性質。大気が振るえる程の、凄まじく充実した力の持ち主。
しかし、知性も充分に高いというのは分かっている。親ベヒモスが次の行動に移る前にこちらの言いたい事を伝えれば――上手く交渉できそうな気もする。
が、俺が言葉を紡ぐ前に、仔ベヒモスが動いていた。親ベヒモスに抗議するように鳴き声を上げて、一生懸命に前足を動かしながら俺の言っている事が本当だと擁護をしてくれる。そんな仔ベヒモスの様子に、親ベヒモスはやや毒気を抜かれたような、きょとんとした反応を見せた。
「俺の言っている言葉の意味が貴方に分かるのと同じように……貴方の伝えようとしている事も何となくだけど分かる。重ねて言うが、敵意はないんだ。代わりに……交渉したい事がある」
そう伝えると、親ベヒモスは仔ベヒモスを庇いつつも、先程の威嚇するような唸り声とは違う声色で喉を鳴らした。
翻訳するならば――聞こう。だが、その前に姿を見せて欲しい。ということらしい。
そうだな。この状況なら子供への不意打ちを最も恐れているだろうし。
ベヒモスに高い知性がある事は分かった。姿を見せて攻撃されるなら……それはもう仕方がない。子を守ろうとする親だから、気持ちは理解する。俺もそれと戦うつもりはない。素直に撤退しよう。
「分かった。こっちだ」
と、南側の外壁付近に姿を現す。荒野の方向に逃げるように見せかけておけば、一先ず他を巻き込むこともないからな。
親ベヒモスは俺を真っ向から見据えながら、低く喉を鳴らす。
先程の大きな骨と道に撒かれていた品々は? との事だ。ガシャドクロやディアボロス族のぶちまけてしまった荷物について確認しておきたい、という事だろう。
「骨は仲間の力を借りて作り出した、実体のある幻影みたいなものだよ。道に撒かれていた品々ついては……俺達とは別口なんだ。彼らが困っていたようだから、誘き寄せてから彼らを保護させてもらった。俺も彼らもこの遺跡に用があっただけで、貴方達には害意はないから、見逃してくれると嬉しい。その後で……子供が怪我をしている事に気付いたから治療もした……という流れだね」
ここで嘘を吐く必要もない。そう伝えると、ベヒモスは納得したというように喉を鳴らす。
やや警戒も解いてくれたようで、全身に漲る闘気を抑えると喉を鳴らす。
――まず、子を助けてくれた事について礼を言う、と親ベヒモスは言った。原因を知ってみれば自分では対処できなかった。感謝している、との事だ。
それから……「こうして姿を見せて声を掛けてきたという事は、頼みたい事があるのではないか?」と、こちらに言ってくる。
少し考えてから、こちらの要求を伝える。
「できるなら、この遺跡の調査を許可して欲しい」
そんな俺の要求に対しては「ここは自分の持ち物というわけではないから好きにすると良い」という返答があった。だが、子を助けてもらった対価としては釣り合わないとの事だ。
仔ベヒモスは喉を鳴らして「友達になりたい」というような事を親に伝えているが。
んー……そういう事なら、もう少し踏み込んでみるか。結構というか、知性の高さに比例してかなり義理堅い性格のようだし。
「できる事なら、この場所をお互い共有して使えると……こちらとしてはとても助かる」
どういう事かと親ベヒモスが首を傾げる。
「実は……この近くに秘密の拠点があるんだ。この遺跡を今後も貴方の根城にしておいてもらえると近辺に余計な魔物が寄り付かないし、俺達もこの場所――表立った場所に拠点を構えて活動ができるから便利なんだ。まあそれは……こちらを信用してもらえるなら、の話になるけど」
という俺の言葉に「なるほどな」と目を閉じ、考えるような仕草を見せていたが……暫くしてから喉を鳴らしてその意思を伝えてくる。
これほど精霊に好かれている者がこういう場でつまらない嘘は吐くまい、との事だ。
なるほどな。精霊に対しての感知能力を持っているから、こっちの話が信用するに足ると思ってくれたわけか。そうして、ベヒモスは更に自分の意思を伝えてくる。
寄生生物の除去が成され、傷も癒やして貰えた。とはいえ、子供の体力が十分になるまでは動きにくいし、比較的安全なこの場所はそれなりに気に入っている、という事だった。
「そういう事なら……子供が身を守れるように、遺跡をもう少し修復して契約魔法を交えた結界を用意する事もできるかな」
そう言うと親ベヒモスは興味がある、というように「ほう……」と身を乗り出し、仔ベヒモスも嬉しそうな声を上げた。若干想定とは違う流れになったが……取引の内容としては中々良いものなのではないだろうか。
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