時代の正体〈588〉自衛隊明記「違憲の疑義払拭できるか」 井上武史・九州大准教授
安倍改憲考
- 神奈川新聞|
- 公開:2018/04/13 19:07 更新:2018/04/13 19:15
自民党は安倍晋三首相が2017年5月3日に表明した「1項2項を残して自衛隊を明記する」という改憲案でまとまった。
この9条改憲の狙いについて安倍首相は「自衛隊に対する違憲の疑義を解消する」と繰り返し発言しているが、この目的自体は妥当だと考えている。
現在の自衛隊について憲法学者の6~7割が「違憲」としている。賛否が分かれている状況に対し、多くの国民が認めている自衛隊という組織に対する違憲の疑いを晴らす、つまり9条に関する議論の一つを解消するということには意味があり、いつか取り組むべきだと思っている。これは法律でもそうだが、判例や現実の運用に合わせる形で法律を改正することはこれまでも行われてきた。
問題は、この「自衛隊に対する違憲の疑義を解消する」という目標を達成する上で、安倍首相や自民党が示す改憲案が適切か、という点にある。
問われる「真意」
この改憲案には大きく二つの問題がある。
一つは、これまでの政府解釈では自衛隊が合憲である条件として「必要最小限度の実力組織」としてきたが、改憲案の文言にはそれがないという点だ。条文案には「自衛のための必要な措置」とある。「必要最小限度」という言葉がなぜ削られたのか。自民党内での議論については「『必要最小限度の実力組織』と書くとそれが何なのかという点で再び憲法論議になるため削った」と報道されていたが、その真意についてはやはり議論が必要になる。
これまでの最高裁判例や政府解釈では、9条2項が定める「戦力の不保持」について、「自衛のための必要な措置」を妨げるものではなく、そのために「必要最小限度の実力組織」として自衛隊を持つことも合憲だとしてきた。
今回の改憲案では、このうちの「自衛のための措置」という言葉だけを用いている。このことが日本の自衛権や戦力の拡大につながるのではないか、という新たな懸念を生む可能性がある。
もう一つの問題は、この条文案が「自衛隊」を明記してしまっている点だ。
どういうことか。そもそも「自衛隊」は固有名詞であり、「軍」や「警察」という一般名詞ではない。憲法上、固有名詞として明記されているのは「会計検査院」など他の国家機関から独立性が高い組織のみだ。これまでは法律上の組織にすぎなかった自衛隊が、一気に憲法上の「衆議院」や「最高裁判所」などと同列の国家組織になってしまう。
そもそも「違憲の疑義がある」というのは、自衛隊の正当性がゼロかグレーゾーンにあるということであって、今回の「自衛隊明記」はそこから一気に憲法の高みにまでその存在を引き上げることになる。それは安倍首相が言ってきた「現状を追認する」という範囲を明らかに超えることになり、もはや「現状の自衛隊」ではない。
既存の自衛隊を固有名詞として憲法に書き込むことはさらに問題を大きくする。国家組織として憲法に登場することで、その権限も書かなければいけないし、その結果、内閣や国会、司法との関係も書き込まなければならなくなる。
ここで注意が必要なのは、この「いまある自衛隊を書くだけの改憲です」という為政者の説明が、多くの国民や国会議員にとってとても分かりやすいという点だ。それが法理論的にいいかどうかは別の問題になっている。憲法改正のためには国民投票を乗り越えなければならず、従って分かりやすくなければいけない、ということかもしれない。
こうした二つの問題があるにしても、それとはまた別の次元として、14年7月に安倍政権が閣議決定した「集団的自衛権の一部行使容認」や、それに基づく安保法制が違憲か合憲かという議論は、今回の安倍首相改憲では解消しえないという問題もある。なぜなら集団的自衛権が認められるかどうかは9条2項の「戦力」の解釈の問題であって、今回の改憲案は9条1項2項ともに残すという提案だからだ。
現状超える存在に
問題の本質は、9条改憲の目的を明確に固めなければ、それを達成するための条文も定まらないということだ。9条2項を改正し、自衛隊の制約を取り払い、自衛隊を普通の軍隊に変質させることを目標に掲げるのであれば、それはそれであり得るのだろう。その目標を達成するには9条削除が一番いい。
しかし安倍首相も自民党もそうは言っていない。「自衛隊に対する違憲の疑義を解消する」という、とても控えめな目標を掲げている。そうであれば、いまの政府解釈を条文化すれば事足りる。政府の立場に立てば現状の自衛隊合憲論にも矛盾はなく、そのことを明文化することは立法技術的には可能だ。つまり「自衛のための必要最小限度の実力組織の保持は妨げられない」という文言を3項、あるいは「9条の2」に書き加えれば足りる。
このように考えると自民党がまとめた9条改憲案は、9条問題の核心であった「戦力」と「自衛権の範囲」の問題に終止符を打つことができない。多くの憲法学者が指摘した安保法制の違憲性についても疑義を拭い去ることができない。そればかりでなく「自衛隊」と明記することで、自衛隊を憲法上の国家組織として一気に引き上げる効果を生み、それは「現状の自衛隊」を大きく超えた存在とならざるを得ない。さらに9条2項を残すため、「必要な自衛の措置」と書き込んでもその内容が何なのかという論議は今後も続くことになる。