1点目は、職業そのものに実体はなく、成果を出すためのタスクを束ねた総称であるという指摘です。実際に自動化される対象はタスクの方です。それなのに、オズボーン論文は上位概念に当たる職業に目を向けて自動化を判断しています。分析するには粒度が荒いのではないか、という声が多く上がりました。
その批判の代表はヨーロッパ経済研究センター(Centre for European Economic Research)のメラニー・アーンツ研究員たちです。彼女らは職業をタスクごとに分解して検討し、その結果を職業に還元する方法を採択しました。その結果、自動化可能性が70%を超える職業は経済協力開発機構(OECD)21カ国平均で9%だと見積もる「The Risk of Automation for Jobs in OECD Countries」と題した論文を発表しました。
上記の図は、オズボーン論文で示した図のような職業別自動化内訳を、タスクベースで描いた結果です。職業別で見積もったオズボーン論文では左右両側が高く、自動化される・されないがはっきり分かれていますが、タスク別で見積もったアーンツ論文ではその逆でした。
2点目は、自動化されることで生まれるかもしれない新たなタスクや職業を全く無視しているという指摘です。例えば過去の歴史を振り返ってみると、コンピュータが登場したおかげで無数のタスクや職業が自動化されましたが、コーディング、インフラ、保守作業などさまざまなタスクや職業も生まれました。そうした新たな雇用は一切考慮していないのです。
「人工知能が原因で失業する」かもしれないし、「人工知能が原因で就職する」かもしれないのです。オズボーン論文は、その片側だけを技術的に自動化可能かどうかを見ているだけで、雇用に与える全体の影響まで考慮していません。大まかにいうと、それがオズボーン論文への印象です。
もちろん、雇用と自動化に対する考証を切り開いたという点では惜しみない賛辞が送られています。着眼点は素晴らしいけど手法としてはどうなの、と鋭く問い詰めているわけです。
だからといって、私たちに全く関係ない話ではありません。オズボーン論文にしろ、アーンツ論文にしろ、自動化されないとは言っていないからです。
アーンツ論文を受けたOCEDのレポート「Automation and Independent Work in a Digital Economy」では、タスクの50%以上が自動化する職業はOECD21カ国平均で35%だと見積もっています。そして、自動化の手段としてのコンピュータやデジタルそのものに対する訓練が必要だと主張しています。
つまり、職業自体はなくなりませんし、その職業に求められる成果も変わりませんが、成果を上げるためのタスクは、デジタルなハードかインターネット上のサービスによって自動化されると考えればいいでしょう。そして平均9%ほどの職業自体が、自動化が行き過ぎてなくなるのです。
すなわち、新しい技術、つまりデジタルに対応できない人から失業する可能性があります。
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