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レジェンド 作者:神無月 紅

崖のダンジョン

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1700/1700

1700話

「……えっと、ワーカー。そっちの人は?」

 ダンジョンに行くことになり、引き継ぎやら準備……特にダンジョンの中で食べる料理各種を大量に仕入れ、そして早朝にダンジョンのあるゴルツに行こうとしたレイだったが、何故か早朝……午前六時の鐘が鳴って正門から外に出ようとすると、ワーカーが呼び止めてきた。
 少し前に見た時は、執務机どころか床にまで大量の書類があり、その処理で非常に忙しそうにしていたのだが、こうしてレイが見る限りでは、とてもではないが、忙しい日々をすごしているようには見えない、健康的なワーカーが。
 そして、ワーカーが連れていたのは、二十代後半程の男。
 筋骨隆々……という訳ではなく、素早さに重点を置いた身体の鍛え方をしているのは、その外見を見て……そして身体の動かし方を見ればすぐに分かった。
 腰には長剣の鞘があり、前衛なのは間違いないだろう。
 だが、何よりもレイが驚いたのは……その男の強さだ。
 とてもではないが、増築工事目当てにやって来た冒険者とは比べものにならないだけの強さを持つ。
 いや、ギルムの冒険者ということで考えても、十分上位に来るだろう強さを持っているのは間違いなかった。

「へぇ」

 その男を見て、淫蕩なと評するのが相応しい笑みを浮かべて呟いたのは、当然のようにヴィヘラだ。

「あー、ヴィヘラ、落ち着け」

 レイが止めるが、ヴィヘラの笑みを見て何かを感じたのか、男は反射的に数歩後退り、腰の長剣に手を伸ばす。

「レリューさん、落ち着いて下さい。彼女は問題ありませんよ」
「けどよ……今の笑みは……」

 レリューと呼ばれた男は、ワーカーの言葉に納得出来ないといった様子で口を開こうとするものの、やがてこの場で何を言おうとしても無駄だろうと判断すると仕方がないといった様子で武器から手を離す。

「で? 結局何でそんな腕利きを連れて来たんだ? しかも、こんな早朝に」

 腕利きと言われたレリューは、少しだけ笑みを浮かべて口を開く。

「俺はあんた達の援軍だよ」
「……援軍?」

 その言葉にレイはワーカーに視線を向けるも、ワーカーはその言葉に当然といった様子で頷く。

「ええ。レイさんは知らないでしょうが、彼は疾風の異名を持つランクA冒険者です。戦力としては十分頼りになると思いますよ?」
「いや、そうじゃなくて。なんでわざわざ戦力を増やす必要があるんだ? こう言っちゃなんだけど、俺達のパーティは戦力という意味ではかなり高いぞ?」
「かなり高いって感じじゃないと思うんだけどな」

 レイの言葉に、レリューは半ば反射的に呟く。
 疾風の異名を持つレリューだったが、レイが率いる紅蓮の翼の面々を前にして、確実に勝てると言い切れる相手は自分よりも小さな……それこそ少女と呼ぶしかないビューネくらいしかいない。
 それだけの戦力が揃っているのだから、総合的な戦力がかなり高いという表現ですまされていい筈がなかった。
 もっとも、だからといって自分もそう簡単に負けるといったつもりはなかったが。

「こっちの戦力が十分なら、なんでわざわざ? それも異名持ちを」

 当然ながら、異名持ちの冒険者を雇うということは、相応の報酬が必要となる。
 それこそ、場合によっては金ではすまず、何か特殊なマジックアイテムの類……普通なら金でそう簡単に買えないような代物だったり、といったように。

「ダスカー様からの協力ですよ。知っての通り、ゴルツは中立派の貴族が治めている領地にある街です。その上、その貴族はダスカー様にとってもかなり親しい相手らしく……その為に、ダンジョンに挑むのであれば少しでも戦力を整えた方が良いということになりまして」
「……へぇ」

 知ってたか? とレイがマリーナに視線で尋ねる。
 今回の一件でダスカーと交渉したのはマリーナなのだから、追加の戦力が来るというのも知っていてもおかしくはなく、もしかして自分達を驚かすために言ってなかったのか……そう思ったレイだったが、マリーナが驚いているのを見れば、マリーナも知らなかったことなのだろうというのは容易に予想出来た。
 実際、次にマリーナの口から出た言葉は驚きが含まれている。

「知らなかったわ。けど……ダスカーと親しい友人だというのは聞いてたけど。それでも、まさかレリューを雇って私達に同行させるとはね」

 当然の話だが、ワーカーの前にギルドマスターをしていたマリーナは、疾風の異名を持つレリューのことを知っていた。
 そんなマリーナの様子を見て、レイは取りあえずレリューは信頼出来る戦力なのだろうと判断する。

「信用してもいいんだな?」

 そして、マリーナではなくワーカーに尋ねるレイ。
 そんなレイの言葉に、ワーカーは全く問題ないと頷きを返す。

「ええ。彼は信頼出来る男です。それに……彼の場合は、紅蓮の翼と一緒に行動しても、全く問題ない理由が一つあるんですよ」
「問題ない理由?」
「そうです。紅蓮の翼……そしてレイさん達と一緒に行動しているエレーナ様は、とてつもない美女です。それこそ、普通であれば邪な思いを抱いてもおかしくない程に」

 ワーカーの口から出たのは、ある意味当然の出来事。
 それなりに長い間エレーナ、マリーナ、ヴィヘラの三人と行動を共にしているレイであっても、決して否定出来ないこと。
 もっとも、だからといってその三人に迂闊に手を出すような真似をすれば、それこそ命の危機である以上、馬鹿な真似をするような者は非常に少ないが。
 それでも、欲望の視線を向けられるというのは、エレーナ達にしてみれば慣れているのだが、だからといった不愉快な思いをしない訳ではない。
 ……その欲望の視線を向けてくるのがレイであれば、話は別なのだが。

「彼は結婚しており。妻に惚れ抜いています。それこそ、妻以外の女はそういう対象として絶対に見られないこうらいに」
「おいおい、言っておくが別に女として見ていないって訳じゃないぜ?」

 そう言うレリューだったが、実際にエレーナ達を見る視線の中には、欲望の色は存在しない。
 それは、見られているエレーナ達がしっかりと理解している。
 頷きを見せるエレーナ達の姿に、ワーカーが言ってるのは決して嘘ではないと判断したのだろう。

「話は分かった……けど、俺達が向かうのは恐らくだがダンジョンだぞ? まだ確定はされてないけど、ほぼ間違いに亜と思われる。そしてダンジョンだった場合、どのくらいの広さのダンジョンなのかは分からないけど、場合によってはかなり狭い可能性もある」
「あー……まぁ、レイの考えてることは分かるけど、その辺りは実際に行ってみなきゃ分からないだろ」

 レリューの言葉に、レイは少し悩む。
 悩みながら……やがて、口を開く。

「一応聞くけど、レリューを連れていった場合、ダンジョンで倒したモンスターの素材や魔石、それ以外にも見つかるかもしれないお宝の配分についてはどうなるんだ?」

 これは、レイの口から出た最終確認の言葉。
 今回レイ達がダンジョンに行く最大の目的は、デスサイズの地形操作のレベルを上げる為に必要な、ダンジョンの核だ。
 だが、それ以外にも当然のようにモンスターの素材や魔石を目当てにもしている。
 特にダンジョンともなれば、今まで入手出来なかった魔石の類を入手出来るかもしれず、そのような意味ではレイもそれなりに期待している。
 もっとも、崖から落ちて地面で死体になっているモンスターは、ゴブリン、コボルト、オークといった面々らしいので、そういう意味ではありきたりなモンスターしかいない可能性は十分にあるのだが。
 それでもダンジョンから地上に転落死しているモンスターは、恐らくダンジョンの中でも弱い方のモンスター……という可能性が高い。
 実際には死んでいるモンスターの中にはオークもいるので、必ずしも弱い方のモンスターだけ、という可能性はそう多くないのだろうが。
 ともあれ、戦力として幾ら頼りになろうが、無理矢理ついてきて、ダンジョンで得たお宝も欲しいと言われれば、レイ達にしてみれば連れていく利益が全くない……訳ではないが、不利益の方が明らかに大きい。
 だが、そんな思い尋ねた言葉に、レリューは特に気にした様子もなく首を横に振る。

「ああ、ダンジョンで得た物は別に俺はいらねえよ」

 あっさりと告げられたその言葉に、当然のようにレイは驚く。
 では、何の為にダンジョンに行くのだ、と。

「ダンジョンに挑むってことは、当然のように命懸けになる。それは、例えば異名持ちの冒険者であっても、変わらない。なのに、何もいらないと、そう言うのか?」
「そうだ。その分の報酬は、もうダスカー様に貰ってるからな」
「……よければ、その報酬が何なのかを聞いてもいいか?」

 ダンジョンに挑むにも関わらず、それでも何の報酬もいらないと、そう言いきるだけの報酬。
 それを既にダスカーから貰っていると聞き、レイは疑問に思う。
 勿論どうしても……何が何でも知りたいという訳ではないのだが、それでも可能であれば知りたい。
 そう思うレイの疑問に、レリューは特に問題がないのか素直に頷き、口を開く。

「ちょっと前にシュミネ……ああ、俺の妻の名前な。そのシュミネが大きな病気をしたんだよ。その病気が結構厄介な病気だったんだけど、ダスカー様はその病気を治す為に必要な魔法薬を作る為の素材を持っていたんだ」
「あー……なるほど」

 そこまで聞けば、レイもレリューが何に恩義を感じているのかは容易に理解出来た。
 ダスカーの性格を考えれば、ギルムにとっても貴重な人材のレリューの妻の病気を治す為の手段があるのに、それに協力しないという選択肢はないだろう。
 もしこれが普通の……それこそ、ただのランクC冒険者、ランクB冒険者だというのであれば、ダスカーも領主としての判断で魔法薬の素材を渡すようなことはなかったかもしれない。
 だが、異名持ちの冒険者というのは、それだけ稀少であり、非常に高い戦闘力を持った、まさに切り札のような存在だ。
 そのような存在がギルムに対して愛着を持つのであれば、それこそ多少の出費は許容範囲内だろう。
 勿論中には、恩を恩とも感じないような者もいるのだが……レリューの場合は、幸いきちんと恩を恩と感じるだけの判別があった。

(けど、それにしたって……異名持ちの冒険者を無料で使えるんなら、わざわざ俺達のダンジョン探索に付き合わせるってのは、正直どうなんだ?)

 レリューを見ながら、レイはそんな感想を抱く。
 折角異名持ちの冒険者を自由に使えるのであれば、もっと別の仕事を頼むといった方が、ギルムの利益になるのではないか。
 そう、レイが思うのも当然だろう。

「では、彼が同行するということでいいですね? 私は仕事がありますので、そろそろ失礼します」

 そんなワーカーの様子に、レイは一瞬呼び止めようとする。
 だが、ワーカーの執務室にあった書類の量を考えれば、仕事を一時中断して――もしくは始める前に、か――こうしてやってきてくれたことを考えると、迂闊に呼び止める訳にもいかない。

「レイ? いいのか?」

 声を掛けようとして、急に止めたレイの姿を見たエレーナが尋ねるが、レイは少し考えた後で問題ないと判断する。
 ダスカーが手配をし、ワーカーが案内をしてきた相手なのだから、疑う必要もない。
 下手に男をこのメンバーに加えれば、色恋沙汰で問題が起きる可能性が高いのだが、愛妻家で妻一筋だというレリューの様子を見る限りでは、その手の問題も起きるようには思えない。
 そうである以上、未知のダンジョンと思しき場所に挑むのだから、戦力が多くなるのは悪いことではなかった。
 ……ダンジョンの中が十分な広さを持つのであれば、の話だが。

「異名持ちなんだから、頼りにならないってことはないだろ。……じゃあ、取りあえずよろしく頼む」
「ああ。けど、出来れば冬になる前にはギルムに持って来たいんで、よろしく頼む。シュミネを心配させたくないし」
「そうだな。俺も冬の間はギルムに戻ってきたい。まぁ、ダンジョンによっては冬とか夏はダンジョンの中の方が快適な場所も多いらしいけど」

 例えば、レイが初めて潜ったダンジョンがそうだった。
 エレーナと共に潜ったそのダンジョンは、気温が一定に保たれているということもあり、夏や冬には絶好の避難場所だったのだ。
 もっとも、そのダンジョンも攻略したことにより、既に利用する者は殆どいなかったが。

「そう言ってくれると助かるよ。じゃあ、行くか。出来るだけ早くダンジョンを攻略してしまおうぜ。実は俺、ダンジョンに挑んだことは何回かあるんだが、攻略したことはないんだよな」
「だろうな」

 ダンジョンを攻略するというのは、それこそ異名持ちの冒険者であっても難しい。
 それを知っているレイは、レリューの言葉に実感の籠もった頷きを返すのだった。

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