ベルリンの有名なオペラ劇場の一つである「ベルリン・コーミッシェ・オーパー(KOB)」によるオペラ「魔笛」を観てきました。
感想
最高でした。
世界が熱狂した愛と人間の物語。
あふれるロマン、ファンタジーとスリル。
そこに存分に散りばめられたベルリンらしさ。
とにかく上演中は圧倒されっぱなしでした。
世界のオペラ賞を総嘗めし、絶賛されたのもの納得。
「魔笛」はモーツァルトの最後の作品であり、世界中で人気の作品となっており、日本で最も多く上演されている外国オペラでもあります。
これまで一度もオペラを見たことが無く、ベルリンに住んでいた頃は、ベルリン・フィルには何度か足を運んでいたのですが、オペラは観に行けなかったので、いつか観てみたいと思っていました。
昨年、この「魔笛」のプロモーションを見たときは衝撃でした。
芸術とエンターテイメントが融合した次世代の舞台作品が登場したのではないか?と。
オペラに対して、保守的で少し堅苦しいというイメージを持っていたのも事実だったので、このような斬新な取り組みにチャレンジしていることに驚きました。
チームラボの作品や、プロジェクションマッピングなど新しい取り組みが好きなので、これは絶対に面白いと確信し、すぐにチケットを取りました。
演出に溢れるベルリンらしさ
舞台上のセットは、舞台全体に広がる白いパネルのみ。
そこに投影されるアニメーションに合わせて演奏と歌が繰り広げられます。
アニメーションには字幕やワイプがよく登場するのですが、これは20世紀初頭のベルリンがふんだんにオマージュされているのです。
20世紀初頭のベルリンは世界最先端の映画都市と言っても過言ではないほどに映画が産業として発展しており、ベルリンだけでも200以上の映画制作会社があったのです。
パミーナとパパゲーノ
(from http://www.bunkamura.co.jp/orchard/lineup/kashi/20180407.html)
ヒロインのパミーナ(左)は、ドイツ映画の黄金時代を象徴する女優ルイーズ・ブルックスそのもの。彼女の生まれはアメリカですがが、1920年代にドイツへ渡り、「パンドラの箱」などに出演をして、「ボブ・カット」の女優としても注目を集めていました。
(from https://filmforum.org/series/louise-brooks-series)
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パパゲーノ(右)の白塗りメイクと帽子は、無声映画の喜劇王バスター・キートンがルーツ。
彼はチャーリー・チャップリン、ハロルド・ロイドと並び「世界の三大喜劇王」と呼ばれている。日本では知名度は高くないが、「キートン山田」や「益田喜頓」など、バスター・キートンの名前を冠した芸能人もいるほど。
海外では初代バットマンの「マイケル・キートン」もいる。
(from https://www.hollywoodreporter.com/news/french-stewart-talks-becoming-buster-710776)
モノスタトスとザラストロ
パミーナを捕らえようとするモノスタトス(下右)は、1922年のドイツ映画「吸血鬼ノスフェラトゥ」に登場するオルロック伯爵(下右)がモチーフにされている。
(from https://www.nytimes.com/2013/11/26/arts/music/the-magic-flute-at-the-los-angeles-opera.html, http://cosmos-and-anticosmos.blogspot.jp/2013/03/1922.html)
本来、モノスタトスは黒人の設定であったが、ここでも20世紀のドイツ映画・無声映画へのオマージュが取り入れられているのだ。
(from https://www.komische-oper-berlin.de/programm/a-z/zauberfloete/)
神官ザラストロ(上左)は、1920年のドイツ映画「カリガリ博士」がモチーフにされている。
革新的なドイツのサイレント映画として、後のホラー映画に大きな影響を与えた作品であり、ホラー映画に特徴的な白塗りのメイクの元祖である。
例えば、ティム・バートン監督は大きな影響を受けていて、代表作の「ナイトメア・ビフォア・クリスマス」や「シザーハンズ」にはこの特徴が現れている。
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オマージュされているのは人物だけではない。
ザラストロが乗って登場する象は、ベルリン動物園のエレファントゲートにある巨大な象の石像がオマージュされている。
(from https://commons.wikimedia.org/wiki/File:BerlinZooElephantGate.jpg
クリエイター集団「1927」
今回の「魔笛」の演出を手掛けたのは、総監督で主席演出家のバリー・コスキー氏。
彼は2016年にヨーロッパのオペラ専門誌で「最優秀演出家」にも選ばれており、今回の「魔笛」ではロンドンのクリエイター集団「1927」とコラボしている。これまで「魔笛」の演出は絶対にやらないと言い続けていたが、「1927」と出会って、これならば「魔笛」のファンタジーの世界観を表現できると決めたそうだ。
今回の演出に特徴的な無声映画へのオマージュには「1927」が大きく影響している。「1927」という名前は、映像と音声が同期したトーキー映画が1927年に世界で初めて登場したことに由来しているほどだ。
演出の裏話
東京公演の前に開催されたプレイベントに参加もしてきました。
アーティスト・トーク: 演劇についての新たな考察 – ウルリヒ・レンツを迎えて - Goethe-Institut Japan
KOBのドラマトゥルクであるウルリヒ・レンツ氏から聞いたこと。
ドラマトゥルク(独 Dramaturg)は、演劇カンパニーにおいて戯曲のリサーチや作品制作に関わる役職。 今日みられるその機能は18世紀のドイツの戯曲家、哲学者、演劇理論家のゴットホルト・エフライム・レッシングに由来する。
バリー・コスキーと「1927」のメンバー2人が出会った時、彼女らは「魔笛」のみならずオペラを観たことが無かったそうだ。
「観たことが無かったからこそ、純粋な気持ちで表現できた。」とのこと。
映像の演出に関しては、指揮者は映像に合わせて指揮をするのではないそうです。
カタリストという役割の人がいて、音楽に合わせて映像を出すようにしているとのこと。800以上のトリガーがあり、役者の動きも一つのトリガーになっていて、舞台裏でタイミングを合わせている。
指揮者によってテンポが違っても対応できるし、役者のアドリブにも対応できる仕組みになっている。
無声映画も、音声が無いからこそ顔の表情や身体で最大限の表現を行う。この「魔笛」もある程度は映像やタイミングという制約があるなかで役者達は最大限の表現を行っている。その表現を妨げないように、演者の振る舞いをトリガーにして進行させている。
伝統オペラの現代への挑戦
文化の世界で、最も保守的で伝統主義的ともいわれるオペラは、従来と同じ考え方ではいずれ衰退していくのは明らかであろう。
オペラは敷居が高いというイメージを持つ人は少なくない。
だけど、今回のKOBの「魔笛」はその敷居を見事に吹き飛ばす演出だった。
ストーリー自体は簡単なものではないが、アニメーションが理解の手助けをしてくれて、子どもですら楽しめる内容として仕上がっている。
オペラという伝統のある領域で、斬新で大胆なチャレンジをしているのはKOBだけではない。
メトロポリタン劇場@ニューヨーク
NYのメトロポリタン劇場は、劇場で上演中のオペラを世界中の映画館で同時上映するライブビューイングを実施している。
これにより、劇場への観客動員を減らすどころか、新たな顧客開拓として成功している。開始から10年が経過した現在では、世界70カ国2000カ所を超える映画館で上映される人気イベントへと成長している。
ロイヤル・オペラハウス@ロンドン
ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスもライブビューイングを実施しており、映画館のみならず野外のフェスのような会場でも上映をしている。
さらにはソーシャルメディアを最大限活用し、10代20代の若い世代へのアプローチを積極的に行っている。
参加者の声
「たまたまネットでオペラの動画を見たら、歌がキャッチーで衣裳がきれいだったから来てみようかと思って」
「オペラは金持ちが観るもの」と思っていたが、印象が変わった。
「急な残業もあるし、前もって高いチケットを買わなくても、ふらっと来られるのがいい」
この取り組みに対し、CEOのピアード氏は
「若いうちに興味の種をまいておけば、仕事や家庭で忙しい20〜30代は劇場から足が遠のいても、40〜50代になって種が育ち、戻ってきてくれるかもしれません」
と説明している。
また、英国の文化施設で初めてeチケットを導入したのもロイヤル・オペラ・ハウスである。顧客体験の向上のために、他業界の当たり前を積極的に取り込んでいる。
スカラ座@イタリア
イタリアにおける「オペラの殿堂」ともよばれるスカラ座。世界三大オペラ劇場の1つに数えられるスカラ座は、内装を見学するだけでも胸が高鳴ると言われている。
そんな劇場をVRを利用して、バーチャルに見学できるツアーが開始されている。
このような変化を前にして、顔をしかめる人もいる。しかし、芸術の殿堂が活力を保つには、時代と歩調を合わせなければならない。今回の発表には、「劇場に行く」という体験そのものを損なわないかたちで、新しい技術を受け入れようという意思が見える。
オペラの伝統と歴史をVRで体験──イタリア・スカラ座が「360度ヴィジョン」ツアーを開始|WIRED.jp
様々な芸術団体が、時代の変化に対応するために、新たしい取り組みにチャレンジしている。しかしながら、全員を満足させることは不可能に近い。
今回の「魔笛」においても、他の劇団のも含めていくつかの「魔笛」の上演を見ているファンからすると、「アニメーションが全面に出過ぎていて、ストーリーの神秘性やモーツァルトの音楽の良さが失われている」という話も聞いた。
私からすると、「オペラという堅苦しい印象を払拭し、作品を楽しむという機会」の提供になっているので大満足だった。
芸術の評価が難しいところは、100人いれば100通りの解釈が存在するところ。
劇団・劇場ごとの「魔笛」が存在し、それを観た人にとっての解釈がそれぞれ存在する。
そしてそれらはどれが正解というものでもない。
KOBのドラマトゥルクであるウルリヒ・レンツ氏は
この作品を作る上で、「芸術としての価値」と「誰にでも楽しめる」との間で葛藤はあった。
芸術は理解できるものではなければならないと思っているし、各々が解釈できることが大切。意義を一人一人が見いだせることが重要。
と話していた。
アニメーションが強すぎるという意見に対しては、
「手書きのような不完全さがあるからこそ、自分のイマジネーションを膨らませる余地がある」
と話していてなるほどなと思った次第。
この作品では、笑いもたくさんあり、上演終了後の拍手も鳴り止まないほどでした。
オペラに興味はあるけど、ハードルが高いと思っている人にぜひ観ていただきたい作品です。
堅苦しいと思わず、肩の力を抜いてゆっくり楽しむことができました。
またどこかで観てみたい作品です。
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