鈴愛が発症したムンプス難聴と一側性難聴について、耳鼻咽喉科考証の池園哲郎さんに伺いました。
鈴愛は、なぜ左耳が聞こえなくなったのでしょうか?
おたふくかぜのウイルス(ムンプスウイルス)に感染し、その合併症の一つである「ムンプス難聴」が発症したためです。
おたふくかぜは、ほほの内側にある耳下腺(じかせん)が腫れて痛む、高熱が出るなどの症状で知られています。しかし3割程度の方は、ムンプスウイルスに感染しても、そうした症状が出ません。鈴愛さんも、このケースでした。
彼女の場合、ムンプスウイルスが左耳の内耳(耳の一番奥にある、音を感じとる部分)に侵入して細胞にダメージを与えたため、ムンプス難聴を急性発症し、後遺症が残りました。ムンプス難聴は、おたふくかぜ患者のうち、約0.01~0.5%に発症すると言われています。
ムンプス難聴になると、具体的にはどんな症状が出ますか?
高度の難聴が生涯にわたって続きます。基本的には、片耳を完全に失聴する(一側性難聴になる)ケースが多いです。また、耳鳴りや、めまいを伴うこともあります。
耳鳴りは、やがて軽快する方もいれば、生涯にわたって続く方もいます。程度に関しても、ほとんど気にならないと言う方から、強いストレスを感じる方まで、さまざまです。めまいがある場合でも、発症から長くとも数か月程度で軽快することが多いです。
鈴愛さんの場合、左耳の失聴と耳鳴りはずっと続き、めまいは数か月以内に軽快した、という形です。
片耳の聴こえない方(一側性難聴のある方)は、どんなことに困りますか?
昔は「片方の耳が聞こえるなら特に問題はない」と軽視されていましたが、今日では、さまざまな困難が認識されてきました。ドラマの中でも医師が説明していましたが、耳が二つあることには意味があるのです。
主な困難としては、①難聴側の音が聞こえづらい、②うるさい場所において聞こえづらい、③音がどこから聞こえているのかわからない、④聞こえないことから生じる心理的な負担感、という4種類があります。
①は、電話中の声かけに気付かない、教室の席によっては聞こえづらい、席順のマナー(上座・下座など)を守ると聞こえづらい、といったこと。
②は、学校での休み時間、飲み会など、たくさんの声が飛び交う、もしくは雑音のある場所において、聴こえる側の耳でも聞き取りづらいということです。
③は、どの方向から話しかけられているのかわからない、路上で歩きながら話すときに車の音などを察知しづらい、といったこと。音の遠近感覚や方角は、二つの耳を使うことではじめて感じ取ることができるのです。
④には、相手の話を聞き取れなくて「無視された」と思われていないか心配になる、会話に入ることをあきらめる、座る場所などを配慮してもらうことがおっくう、などが挙げられます。
一側性難聴のある方は、こうした困難を軽減するために、聞こえるほうの耳を向けて会話する、聞こえやすい席や立ち位置をキープする、学校の先生には打ち明けるなどの「環境調整」をしています。
鈴愛さんは高校生になると、教室での席が、聞こえる右耳が部屋の中央を向く位置になります。なおかつ、最前列でもないのですが、そこもポイントです。その席なら、大部分の音は聞こえる側から発せられますし、先生の指示などを聞き落としたときは、前の人たちの動作を見て理解を補うこともできます。
周りの人が気をつけるべきことはありますか?
まず、一側性難聴であることを家族や親しい人にだけ明かしている方が多い点を認識する必要があると思います。周囲に気付かれないよう、隠している方が多いのです。
その上で、身近な人が一側性難聴だとわかった場合、本人が努力している環境調整を、うまくサポートしてあげられたら良いですね。聞こえる耳のほうから話しかける、座る席の配慮をする、うるさい場所をなるべく避ける、無視されたと思わないなど、できることはたくさんあります。
一方で、日常生活にはあまり不自由を感じないという方や、過剰に気遣われることを負担に感じる方もいます。「いつも困っているわけではない」「でも、片耳が聴こえるから大丈夫でしょとも思われたくない」といった微妙な心理も理解しながら、一側性難聴の方を本当の意味で受け入れられる社会になれれば良いですね。
■池園 哲郎(いけぞの てつお)
埼玉医科大学病院 診療部長、教授。
難聴やめまいの診断と治療を専門としている。鼓室形成術・耳硬化症・人工内耳など、多くの手術を手がけている。世界初の外リンパ瘻診断マーカーCTP検査を開発し、海外のサンプルも受け入れている。