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「……信じがたいな……」
マイルの能力や『ホット魔法』等を適当に省略し、逆にメーヴィスの剣技を少し水増しした報告に、ギルドマスターは懐疑的な様子であったが、マイル達は別に特別報酬を要求しているわけではなく、こんな嘘を吐いても何の利益にもならない。それどころか、ギルドからの信用が危うくなるという危険を冒すだけである。とても地元のベテランハンターがやることとは思えない。
「いえ、別に信じて戴く必要はありません。万一同じようなことが起こった場合、前例を知っているのと知っていないのでは初動の対処が大きく変わりますから、ハンターの義務として事件の概要をお伝えしただけです。これをギルド全体に伝えようが、与太話として一笑に付して握り潰そうが、それはギルドマスターの御自由です。
ただ、『私達は、ちゃんとお伝えしましたからね』、というだけのことです。そしてそれだけは、ここの記録にちゃんと残しておいて下さいね」
「なっ! お前、それは……」
マイルの言葉に引き攣る、ギルドマスター。
そう、もしこれを他の支部に伝えず、そして何かがあって大きな被害が出た場合、それはお前のせいだよ、と言われたわけである。ギルドマスターが、年端も行かぬ、未成年の小娘に……。
危険は冒したくない。
しかし、このような話、通達の手紙だけで信じて貰えるとも思えない。下手をすると、ギルドマスターとしての自分の信用がだだ下がりである。『一般ハンターの与太話を真に受けて、ギルド通達を出した間抜けギルマス』として……。
「くそ……」
知らせるも危険、知らせぬも危険。
知らせておいて、どこかで同種の事件が起きてくれれば一番助かるのであるが、それを望むほどの恥知らずでもない。
「証拠はないのか!」
苦渋に満ちた表情で、そう言葉を絞り出したギルドマスターに、マイルがあっさりと答えた。
「ありますよ?」
「え……」
「まず、一緒に戦ったドワーフの皆さんが、いくらでも証言して下さいます。それは、ちゃんと約束しています。そして、特異種のオークとオーガの死体を持ち帰っています。それを調べれば、少しは証明になるのではないかと……」
「あ……、ああ、そういえばかなりの容量の収納持ち、という触れ込みだったな、お前達のパーティは……。
よし、解体場へ行くぞ!」
そのまま解体場へ行くことになった、一行であった……。
「ゴラセン、ちょっと来てくれ」
ギルドの建物の隣は、御多分に洩れず、解体場兼倉庫であり、その一部は魔法による冷凍保存庫になっている。そこへ皆を連れていったギルドマスターは、ひとりの初老の男性を呼び付けた。
「ちょっと、鑑定して貰いたいものがある。
……ここへ出してくれ」
後半は、マイルに対しての指示である。マイルは、言われた通り、床に特異種のオークとオーガを出した。
マイルとレーナ、メーヴィスはすっかり忘れていたのと、ポーリンはドワーフ達が人間が使う貨幣の手持ちが少なそうだったので敢えて口に出さなかったため、討伐した魔物達は、全てマイルのアイテムボックスの中に入れたままであった。
そして、それを、全て出した。床の上へ。
「「な、ななな、何じゃこりゃああああぁ~~!!」」
ギルドマスターと、ゴラセンという名の初老の男性が叫び声を上げ、解体作業をしていた者や倉庫にいた者達が集まってきた。そして皆の眼が、床にぶちまけられた大量のオークとオーガに向けられて、絶句する。
「……これは……」
固まる作業員達の中で、ゴラセンだけが、いち早く再起動した。
「上位種? いや、そんな馬鹿な! こんなに大量にいるわけがねぇ……。それに、身体の色も、牙の生え方も、通常種のもんだ。いや、しかし、この大きさと筋肉の付き方、皮の固さから見て、かなり強いはず。脂肪ではなく、筋繊維の束の盛り上がりが……」
他の者達がマイルの収納の馬鹿容量に驚き固まっているのに対し、ゴラセンの興味は、あくまでも『獲物の鑑定』であった。別に『鑑定魔法』などという便利なものがあるわけではなく、あくまでも、長年に亘り蓄えた知識と経験による、己の実力による鑑定である。
「……どこで狩った?」
「…………」
「どこで狩ったかと聞いとるんだ!!」
少し返事が遅れたギルドマスターを怒鳴りつけるゴラセン。どうやら、纏まった数の特異種を見て、その危険性に気付いたらしい。
ギルドマスターを怒鳴りつけたのは、まぁ、ギルドマスターがまだ駆け出しの若造の頃から面倒をみてやっていた元ベテランハンターなので、つい昔の癖が出たのであろう。なので、ギルドマスターも気分を害するようなことはない。
「……全滅させたそうだ。文字通り、雌も仔も残さず、一頭残らず。とりあえず、他の群れがいるという情報はない」
「…………そうか……」
ギルドマスターの返事に、落ち着いた様子のゴラセン。
「で、こいつらが湧いた理由と、再発生の可能性は?」
「今のところ、ない。何といったかな、え~と、じげんのもんがなんたら、とか……」
「『異次元の門』かっ!」
「え? し、知っているのか、ゴラセン?」
「儂も、『ミアマ・サトデイル』くらい読むわい!」
ゴラセンは、受付嬢から本を借りて読むのが趣味であった。
しかし、そういう趣味のないギルドマスターには、何のことやら分からなかった。
「数体、冷凍倉庫で保存しよう。そして3体くらいを特製馬車で王都へ運ぶべきだな。腕のいい魔術師を付けて、魔法で冷やしながら、だ。冷凍は駄目だ、解凍した時に皮や筋肉の強度が落ちるから、こいつらの凄さが正確に伝わらん可能性がある」
「お、おぉ……」
真剣な顔のゴラセンの言葉に気圧されて、こくこくと頷くギルドマスター。
「今すぐに近隣で再度発生する可能性は低いが、数年後、数十年後に、あるいは他国でと、そのうちまた、いつかどこかで発生する可能性は否定できん。幸いにも原因が特定できた今回の情報を各国で共有することは、決して無駄にはならんだろう。
現物が大量に手に入ったのは、僥倖だったな。証拠がある今回広めておかないと、次回は発見者がなかなか信じて貰えず、後手に回って手遅れに、という可能性もあるぞ。どんなことがあっても、今回情報を広めなきゃならん!」
「お、おぉ……」
どちらがギルドマスターか分からない。
「おい、誰か受付の方へ走って、今いるハンターやギルド職員、全員呼んでこい! 死体が新鮮なうちに、こいつを使って脅威度のデモンストレーションをやるぞ! いつの日か、その経験の有無がこの町が滅亡するかどうかの境目になるかも知れん。ひとり残らず呼んでこい! あ、ついでに、酒場にも廻って声を掛けてこい!」
ゴラセンの言葉に、数人の若い者達が駆け出していった。
「……あの……、ギルドマスター、儂なんだけど……」
しょんぼりしたギルドマスターに、メーヴィスが気の毒そうな視線を投げかけていた。
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