在学中に実家に仕送り、借金は400万円。それでも必要だったーー本山勝寛さんに聞く奨学金制度の意義
【本山勝寛 インタビュー前編】
収入ほぼゼロ、バイトに明け暮れた学生生活
本山さんも学生時代は苦労したと聞きます。どのような生活をおくっていたのでしょうか。
本山勝寛(以下、本山):母親が早くに亡くなり、父親も私が高校時代に家をでたため、ほとんど収入がないような状態でした。野球部をやっていたのですが、金銭的にも経済的にも続けられなくなったので辞めました。
中学から新聞配達などはやっていたんですけど、本格的にバイトをはじめて、高1高2の時はほぼ毎日、学校帰ったらバイトするみたいな生活でした。それから、今の日本学生支援機構の貸与型奨学金約1万5千円弱を借りて、それも生活の足しにしていましたね。
大学進学に際しても、貸与型の奨学金を……と?
本山:進学が決まった後に元手になるお金はなく、ほとんど行きの交通費ぐらいしかありませんでした。日本学生支援機構……当時の日本育英会の貸与型奨学金も申請して、無利子のものを月4万7千円ぐらい、地元・大分市の貸与型奨学金でも月3万円を借りました。まだ妹がいたので、(大分市の奨学金は)そのまま実家に仕送りしていました。
かなり大変だったようですが、大学卒業後には総額はどれほどになったのでしょうか。
本山:月8万円を4年間だったので、約400万円ですね。大学を卒業した後、留学生活を何年かしたので返済は引き延ばして。大学院留学が終わって、就職してからは毎月3万円ぐらい返済していました。初任給ってやっぱりそんなに高くはないので苦しいには苦しいですけど、無利子でもあるし、なんとかやりくりしていました。
増え続ける奨学金、問題はどこに?
報道では奨学金に関連する自己破産が増えているとも言われていますが、現状の問題点をどのように捉えていますか。
本山:一番大きいのは、奨学金という名前や、借りる際の説明について、十分な認識のないまま借りている学生が実際にはすごく多いところかなと思っています。社会に出るといってもまだ社会人ではないような学生が、そこまで真剣に考えないで数百万円というお金を実際に借りるわけです。
初めて借りて、しかもそれなりの大きな金額を借りるということの意味合いとか重みというものを十分に認識しないまま、「周りのみんなもやっているし、奨学金っていう名前なのでちょっと大目に見てもらえるのかな」と、そこまで深く考えずに利用している現状があったと思うんですね。
返すものであるということには変わりないので、借りる側がしっかりと認識をする必要があります。日本学生支援機構ですとか、大学側ですとか、貸す側もリスクを含めてしっかりと説明する必要があると思います。
そうですよね。ちゃんと説明されてリスクに気付く、という人もいるでしょうし。
本山:データ上は、返済率っていうのはすごく良くなっているんですよね。返済率は上がって、延滞率は10%近くだったものが年々下がり、今は4%未満に下がってきています。
取り立てが厳しくなっているから下がっているということかもしれないですし、あるいは学生の状況もーー例えば失業率が下がってきているのでーー少し改善しているっていう考え方もあると思います。
マクロで見ると改善しているように見えますが、借りる利用者自体はどんどん増えているわけですよね。ほぼ大学生の2人に1人は奨学金を利用しているので、母数が増えている分、返せなくなってしまう人の数も、実数としては増えているということが現状としてあるんじゃないかなと。
そういった課題が社会問題として取り上げられているので、より可視化されてきているのかなとも思います。
著書にもあったように、経済格差が教育格差を生む構造であると指摘されています。そもそも奨学金の制度思想はどういうものなのでしょうか。
本山:戦前から日本育英会が始まり、そのときは大学の授業料自体がそこまで高くない時代でした。大学に進学する人たちもいわゆるエリートで、勉強がしたい、高等教育を受けたいっていう少数の人たちを対象に貸与型の奨学金がありました。
トップ層・エリート層でかつ、勉強したくて行っているので、卒業したあとはそれなりに仕事もしっかりするっていうのがほとんどだったと思うんですね。それが、大学進学率がどんどん上がって大学だけでも50%以上、高等教育全体では、専門学校とか短大も含めると70%〜80%と誰もが行くようになり、なんとなく「みんな行くから行く」というケースも増えているのかなと。
さらには大学の授業料に関して国立大学も上がっていますし、私立大学はもっと高くなっているので、大学にかかる費用が上がってきている。
大学進学率自体が増えてきているので、必ずしも大卒者全員がいい職に就けるとは限らない。非正規の雇用になってしまったりとか、失業してしまったりする人がどうしても出てきます。
昨今の経済状況もありますし、難しい状況ですね。
本山:はい。というところで、返せなくなってしまっている方が多いと思うんですね。もともとのスタートがそういった貸与型で始まって、そのまま増えていったというような状況です。
大学進学率は上がっていますし、大学授業料も上がっているので、借りられる人数も増やし、上限額も高くしないとニーズに間に合わない。それに応えるかたちでどんどん増えてきたと思うんですね。
ニーズに応えるために貸与型奨学金はどんどん増えてきているんですけど、給付型奨学金を必要な全員に出せるかといったら、必ずしも日本の財政状況がバブル崩壊以降良くなってはいません。そういったことから、主流は貸与型奨学金になっているんですね。
これは奨学金制度単体の問題というよりも、教育も就職雇用も一つのルートに固定化されすぎている社会システム全体に問題があると思います。高校卒業したら全員が高等教育に進学する、大学卒業したらみんなが一斉に新卒採用で就職するといった固定化したシステムではなく、もっと教育や就職が流動的であるべきだと思います。
海外のように、まずは高校卒業後に働いてみて、お金も貯まって本当にやりたいことが明確になったら大学に入るとか、社会人が夜間やオンラインコースで学ぶといった第二・第三の選択肢が拡充されるべきです。そうなれば、無理をして18歳で大金を借りて大学進学するという以外の道も開かれると思うんですね。
タブー視されてる? お金の教育
自分が仮に金銭的に恵まれていない高校生だったとして、大学進学が今後の人生であるとかキャリアにペイできるものであるのかという判断は、なかなか難しいようにも思います。そのあたりはいかがでしょうか。
本山:学校でもそういう金融リテラシーというか、経済というか、社会についてもう少し現実的なことを勉強したほうがいい。
「将来の夢はプロ野球選手です」みたいなのって小学生まではよいですが、実際に高校を卒業したらどんな仕事をするかを現実的に考えて選ぶわけですから、生涯賃金がどのくらいになってどうなのかっていうのは、普通に勉強するべきだとは思います。
お金の話がわりとタブー視されているというか、日本の教育現場では扱ってはいけないことになっていると思うんですけど、でもそれって本当にいいのかなというふうには思います。結構大事なことじゃないですか、人生の中で。
ある種の「聖域」のようなものかもしれません。
本山:お金が汚いもの、そういう固定観念はあるのかもしれないですけどもね。私なんかは中学の頃から新聞配達して「これで500円だ」みたいなのを計算しながら、このお金で生活できるとか考えたわけです。
それなくしてなかなか生きていけないというのが現実なので、早いうちに、そういうことに触れられたっていうのは、苦労はしましたがいい経験だったと思っているんですね。
私の高校もアルバイト禁止だったんです。私なんか本当に必要だから黙ってやっていたんですけど、何か後ろめたい気持ちでやっていて。立派な社会経験だと思うし、すごくいろいろなことを学べたし、生活的にも必要だったので、ちゃんと学校の中でも位置づけてもらいたいんですよね。
部活とかはすごく奨励されて、評価されるじゃないですか。課外活動とかボランティアとかも。でもそれって、アルバイトをやったりとか、お金をもらってインターンやっても評価されるべきだと思うんです。
それがタブー視されていて「お金を稼ぐことは悪いことだ」というふうになっているので、学校でも職業の年収とか、大学だといくらかかるのかとか、そういったことが教育されずいきなり放り出されるっていうかたちかなと。
結局、家庭任せにしちゃうと家庭環境によって差が出てしまうので、そこをどう学校教育や社会の中でカバーするかっていうところだと思います。
本山勝寛
学びのエバンジェリスト。作家。ブロガー。日本財団パラリンピックサポートセンター 推進戦略部・広報部ディレクター。東京大学工学部システム創成学科卒業、ハーバード教育大学院国際教育政策修士課程修了。1981年生まれ。大分県出身。小学校から高校まで地方の公立学校に通い、親が家にいない収入ゼロの超貧乏生活のなか、奨学金のみで飢えを凌ぎながら独学で東京大学に合格。在学中の4 年間大学授業料免除を受け、日本学生支援機構と地方自治体から400万円の奨学金を借り、民間団体から奨学金給付を受けて、東大を卒業。その後各種の奨学金を受けてハーバード教育大学院で国際教育政策を研究。「学びの革命」をテーマに言論活動を行い、著書に累計5万2500部、韓国、中国、台湾でも翻訳されベストセラーとなった『16倍速勉強法』(光文社)のほか、『お金がなくても東大合格、英語がダメでもハーバード留学、僕の独学戦記』(ダイヤモンド社)、『一生伸び続ける人の学び方』(かんき出版)、『最強の独学術』(大和書房)など多数。ブログで奨学金や教育問題についての記事を投稿し、BLOGOSやアゴラ、Yahoo! ニュースなどに転載され、人気ブロガーとして話題を呼ぶ。TBS「NEWSな二人」に出演。アジア最大級の非営利組織、日本財団で世界30カ国以上を訪問、教育や国際協力事業を手掛け、「日本財団国際フェローシップ」を立ち上げるなど多数の奨学金プログラムに携わる。5児の父親で、育児休業を4回取得、独自の子育て論も展開している。
書き手:山口 亮
1987年生まれ、編集者。BuzzFeed Japanの立ち上げに従事し、配信戦略担当として成長に貢献。揺れる編集部所属。趣味はボードゲームと業務効率化、ときどき記事を書いたりする。
Twitter:@d_tettu