「国産航空機」を国交省は審査できるのか?

オリンポス・四戸哲社長インタビュー(その3)

2018年4月12日(木)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

国産旅客機、三菱航空機のMRJの開発はなぜ難航しているのかを、日本の航空産業史から探るインタビュー。独立系航空機メーカー、オリンポスの四戸哲(しのへ・さとる)社長の話は、機体の開発に重要な役割を果たす、国の新型機審査体制に辿り着く(四戸社長については、第1回を参照→こちら)。

(前回から読む

四戸社長(写真左)と松浦氏

松浦:ここまでをまとめましょう。1952年にサンフランシスコ講和条約が発効して、航空解禁となりました。ところがほどなく高度経済成長が始まって、有能な人材は航空から離れて自動車産業などに散っていってしまったわけですね。

 そして、航空産業では自衛隊の設立で国から仕事が来るようになり、ソ連と冷戦で対峙する米国からは無制限に新しい技術情報が入るようになった。その結果、「米国から最新技術を学びたい」、かつ「国から安定した仕事が来る」という魅力に逆らえず、「自分たちでゼロから航空機開発を行う」という気運が薄れてしまった。

 さらに、ドイツがグライダーを通じて子ども達が十代のうちに本物の航空機に触れる機会を作って、次世代の有能な人材をどんどん育成していったのに対して、日本はそのような教育の仕組みを作らなかった。かえって、「専門の勉強をすれば、それで専門家」というような硬直化した“幻想のキャリアパス”を構築してしまい、航空機に関わる人を特殊な存在にしてしまった――こんなまとめでよろしいでしょうか。

四戸:はい、そして次に、そういう環境への適応が起きました。

 米国からの新技術情報がどんどん来るものですから、自分で考えるより、文献から「学ぶ」ことが好きな人が採用され、どんどん組織の中で偉くなっていったんです。そうすると、オリジナリティがあって、自分で何かをしようという意欲のある人が、なかなか組織に入れなくなるし、入っても偉くなれなくなってしまう。この選別は、日本の航空産業にかなりのダメージを与えたと思います。

松浦:「もう道は見えている」という環境では、オリジナリティの発揮は遠回りになっちゃいますからね。

四戸:そうなんです。それでも独創性のある人間を入れる度量というのは、組織のリーダーが持つべき能力なんでしょうね。残念ながら日本のトップは、米国とかドイツのようには振る舞えなかったんでしょう。

 ただ、「これだから日本人は……それに引き替え欧米では」という話ではないんです。たとえば日本でも鉄道技術の分野では、すべてでとは言えませんが、独創性を重んじる人材育成をしていたと思います。

Y:学ぶ一辺倒ではなかった。なぜでしょうか。

「学び」の重視が航空法制度と行政に大きく影響した

四戸:なぜかというと、鉄道の分野ではすでに世界第一線の水準まで達していて、世界から学ぶものがなかったからですよね。そうなるとさらに前に進むためにはオリジナリティが必須になります。

松浦:ああ、なるほど。

四戸:対して航空産業はと言えば……

松浦:学ばねばならないことが多く、そういうことに向いた人材ばかりを集めてしまった、と。

四戸:そういうことです。そして学ぶ系の人材が集まってくる中で、今度は航空を巡る法制度が整備され、航空行政が行われるようになっていったわけです。

松浦:ああ、やっと私の問題意識にあった航空の法制度と行政にたどり着きました。

 ここからの話題である、航空機開発の現状を理解するには、まず日本において航空機の開発はどのような制度になっているかを知っておく必要がある。

 基本となるのは航空法という法律だ。航空法は、「国土交通大臣は、申請により、航空機について耐空証明を行う。」と定めている(航空法第三章第十条)。

 耐空証明とは、つまりは自動車における車検だ。国土交通省令で定める航空機の運用限界について、当該機種が満たしていることを検査し、証明するものである。耐空証明を取得すると、期限1年の耐空証明書と機体ナンバーが交付される。

 耐空証明がない航空機は、合法的に日本の空を飛ぶことができない。ただし自衛隊機については自衛隊法により、在日米軍機は日米地位協定により、耐空証明が免除されている。

 航空法第10条は、申請があった場合に、国土交通大臣は耐空証明をしなくてはならないと明記している。耐空証明に関する業務は国の「義務」なのだ。

 耐空証明に関する業務は、国土交通省の航空局という部局が担当している。

 自動車でも、ゼロから新車を開発する場合と、市販の自動車を購入する場合とでは車検の取得に至るまでのプロセスが異なる。同様に、耐空証明もゼロから機体を開発した場合と、メーカーが量産する機体、さらには海外で商品として流通している機体などによって取得のプロセスが異なる。

耐空証明取得のプロセス(国土交通省ホームページより)

 上図には耐空証明を受ける場合の5種類のプロセスが記載されている。

 1は、新たにゼロから機体を開発する場合だ。

 2から4は、すでに開発を終えてすでに製品となっている機体の耐空証明を取得する場合。自動車でいえば、ディーラーで新車を購入して車検を取る場合と思えばいいだろう。製品としての航空機は、自動車と同様に「型式証明」という証明を別途取得する必要がある。型式証明のある機種ならば、個々の機体は、2~4のプロセスで耐空証明を取得できる。

 商品としての新型機を開発する場合は、まず試作機で耐空証明を取得し、次にその試作機を飛ばして試験を行うことで型式証明を取得する必要があるわけだ。

 4のプロセスは、クルマで言えば外車を購入することに相当する。航空会社が海外のメーカーの新型旅客機を導入する場合がこれだ。この場合は、「我が国と同等以上の検査を行う外国による輸出耐空証明」が必要になる。日本と米国は、お互いの国家機関が出した証明を認め合うという協定を結んでいる。

 5は、海外で耐空証明を取った機体が日本の空を飛ぶ場合にあたる。クルマなら海外でナンバープレートを取得した車体を日本に持ち込んで走るようなものか。

 日本における航空産業の育成発展には、1のプロセスが大変重要である。試作機の耐空証明は、製品に必須の型式証明にも関係してくるからだ。ここがしっかりしており、スピーディな検査による耐空証明取得ができないと、新機種の開発が非常に困難になる。

 このようなことを頭に入れた上で、以下、四戸氏のインタビューを読んでもらいたい。

併せて読みたい

オススメ情報

「「飛べないMRJ」から考える日本の航空産業史」のバックナンバー

一覧

「「国産航空機」を国交省は審査できるのか?」の著者

松浦 晋也

松浦 晋也(まつうら・しんや)

ノンフィクション作家

科学技術ジャーナリスト。宇宙開発、コンピューター・通信、交通論などの分野で取材・執筆活動を行っている。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

今、市場で起こっている変化は、 小さな規模の集合体、 “スモールマス”の台頭です。

澤田 道隆 花王社長