筆者は一昨年(2016年)の3月に『中国経済はどこまで崩壊するのか』という中国経済に関する本を上梓させていただいた。その中で、今後の中国経済の「基本シナリオ」として、以下の3つを挙げさせていただいた。
1)「対外開放路線」による安定成長
2)「中所得国の罠」による長期停滞
3)統制経済の強化と対外強硬路線
残念ながら、筆者は、現段階で、中国経済が上記のどの「道」を歩み始めているかはわからない。どちらかといえば、これら3つのシナリオはまだ混在しているようにみえる。ただ、ここへきて、トランプ政権の政策が、中国経済を、1)の『「対外開放路線」による安定成長』の方向により強く誘導しつつあるようにみえる。
ただし、以下で言及するように、これによって中国が「安定成長」に軟着陸できるかは別問題になりつつある。中国政府はより困難な政策運営を強いられるであろう。
4月3日、USTR(米通商代表部)は、「通商法301条」に基づき、中国製品に対し、1300品目、500億ドル規模の制裁関税(率にすると25%の関税上乗せ)を付与する案を提示した。これは、その前に発表された鉄鋼やアルミ製品などに対する制裁関税措置とは別のものである。
具体的な制裁対象としては、半導体、及び半導体製造装置などのIT関連機器、ロボット、航空宇宙関連機器、輸送用機器など、「ハイテク関連」の機器が多く含まれるのが特徴である。
今回の制裁関税措置は、中国の経済成長余地を削減することを目的としていると考える。その意味では、単純な「時代錯誤的な保護貿易政策」をやっているというよりも、「安全保障政策」の一環であるとみなした方がよいと考える。
レーガン政権からオバマ政権までの長期にわたって歴代国防長官の顧問をつとめたとされるハーバード大学教授のグレアム・アリソン氏は、著書である『米中戦争前夜』で、「アメリカから中国への覇権交代は必然ではないか」という見方を示している(筆者の印象ではオバマ政権はそれを許容していたのではないかと思う)が、トランプ政権は、覇権交代を阻止する政策を鮮明にした可能性が高い。
中国政府は、2015年に始めた「中国製造2025」というスローガンの下、IT、ロボット、航空宇宙、電気自動車などのハイテク分野の発展を梃子に新たな経済成長ステージに進む中期(10年)経済計画を実行しようとしている。
これは、トランプ政権の掲げた「米国製造業の復活」を支える産業分野ともろにバッティングする。しかも、中国はこれらの分野の技術開発を自前でやるというよりも、模倣を通じて技術を取得することは必至なので、トランプ政権はそれを阻止するための行動に出たのではなかろうか。
このようなトランプ政権の貿易政策は、既に実行段階に入っている法人関連税制の改革と組み合わせて考えると、やはり「戦略的通商政策」の範疇に入るのではないかと筆者は考える(これについては、拙著『ザ・トランポノミクス』(朝日新聞出版社)を参照のこと)。
最近の研究では、様々な産業分野の発展は、技術者や製造者、資金提供者(ベンチャーキャピタル)が地理的に近いところに「集積」することで実現しやすいとされている。トランプ政権の法人税制改革(法人減税やいわゆる「リパトリ税」)は、当面は米国の経済成長に寄与するところが大と思われる産業が米国に回帰・集積することで新たな成長ステージに入るということを狙ったものではないかと想像する
(興味深いことに、これらの考え方は、トランプ大統領を蛇蝎のごとく嫌っているポール・クルーグマン氏の主要業績であり、クルーグマン氏はこの業績でノーベル経済学賞を受賞した)
すなわち、「中国が、ハイテク製品が欲しいのであれば、米国で製造されたものをそれなりの高い対価を支払って買え」ということなのだろう。
ところで、貿易政策を安全保障政策とリンクさせた政権の代表格はレーガン政権ではなかったか。筆者は今回のトランプ政権の政策もレーガン大統領の政策とよく似ているのではないかと考える。
ただ、レーガン大統領と大きく異なるのは、レーガン大統領の時代は、安全保障面での脅威は旧ソ連だった一方、経済面での脅威は日本であり、二つの政策は別の国に対して発動されていたという点だ。当時は貿易政策は主に日本に対して課せられた。
だが、今回は、安全保障政策(防衛費の増強)と貿易政策(制裁関税政策)がともに中国をターゲットして発動されている点は、レーガン大統領の時代と決定的に異なる。