​菅官房長官が今日もはぐらかす

今回取り上げるのは、菅義偉官房長官。2012年の就任以来、5年以上に渡り官房長官を務め、歴代1位の在職日数に至っています。そんな菅官房長官を好みのタイプと言っていたのがマツコ・デラックス。普段、現政権について辛辣な発言を投げることもあるマツコさえも、好みと思わせる菅の振る舞いを考えます。

一番よく知ってるのは誰なのか選手権

相撲界だろうがオフィス北野だろうが、ワイドショーの賑わいを眺めていると、いざこざの真相を最も知っているのはオレだという人があちこちから5人くらい出てくる。真相を追い求めるうちに、真相に向かうのではなく、「一番よく知ってるのは誰なのか選手権」が開催されてしまう。たとえば、ミッチー・サッチー騒動の際に登場した十勝花子のことを思い出す時、そこを掘り下げるべきだったのか、と慎重になることができるが、ワイドショーとはそういうものなんだし、と片付けてもワイドショーから怒られることはないと思う。そんなこと、彼らも承知しているはずだからだ。

よく「ワイドショー化する政治」や「ワイドショー政治」という言い方を聞くが、その時の「ワイドショー」とは、具体的に、何のどういう要素を差しているのか。想像するに、政策論議ではなく人間関係を中心に動かそうとすることを指すのだろうが、政治家が人間関係の管理にばかり奔走しているならば、ワイドショー化してしまった政治、というより、政治が率先してワイドショー化を目指している、という言い方のほうが、正しい順序かもしれない。

秋波を送る

政治用語ではないのに、ほとんど政治の世界でしか聞かない言葉に「秋波(を送る)」がある。「こびを表す目つき。色目」を意味し、本来は、とりわけ女性が男性をひそかに誘い出す際に使われる表現なのだが、今ではすっかり、政治家が出馬打診や選挙協力を促す時に使われる表現となった。つい先日も、「石破茂元幹事長がアクセルを強めている。(中略)持論の憲法9条改正よりも優先課題があると表明。『ポスト安倍』候補の一人で、9条改憲に消極的な岸田文雄政調会長への秋波とみられる」(朝日新聞4月7日)との記事を見かけた。

「秋波」って本来、ドラマの人物相関図や『あいのり』的な番組で、人と人を繋ぐ矢印で表されるヤツである。「秋波」を政治の世界でしか聞かないのはなぜなのだろう。このところの政治状況を見ていると、「あん時は私のこと好きって言ってたのに」とか「どうしてキミはウソを重ねるんだ」とか「それでも信じてるから」とか「もう記憶は消せないんだからな」みたいな話ばかりで、ドラマの脚本ならば大半は却下されるベタな台詞のような状態が続き、国民の大半は呆れっぱなしである。人物相関図の矢印を必死に否定したり、杜撰に隠したりしている。

菅官房長官が好きなマツコ・デラックス

年始に宮根誠司の番組を見ていたら、マツコ・デラックスが好みのタイプとして菅義偉官房長官を挙げており、別に、誰が誰のことを好きだろうがどうでもいいのだが、世の中の空気をキャッチすることに長けているマツコ、そして雑誌のコラムなどで政権批判を繰り返してきたマツコが、こういう場で菅官房長官を挙げるのはどういうことなのか、と考え込んだ。菅官房長官って、ニュース映像には頻繁に登場するが、ワイドショーの映像ではあまり登場しない。政権のスポークスマンという立場もあるが、「秋波」が薄めである。松田賢弥『影の権力者 内閣官房長官菅義偉』(講談社+α文庫)には、「菅は、官房長官の会見の場を除いて、大仰な天下国家論を口にしない。その意味で菅はむしろ、怜悧な現実主義者なのかもしれない」との記載もある。「マツコは菅が好み」はどうでもいい。でも、「マツコが菅を好みだと答える」は気になる。あの人はちょっと違う、と思っているということなのか。ちょっと違うのだろうか。

菅官房長官の会見での振る舞いは、ニュースの十数秒ではなく、冒頭から最後まで通して見ると、漏れなくつっけんどんである。記者からの質問に対して、「そのような指摘は当たらない」「全く問題ない」と答えて退ける菅の話法を、映像作家・想田和弘は「菅官房長官語」と名付けたが、コミュニケーションを手短に断ち切ることをとにかく優先する。つまり、「真相」を問う声に対して、「一番よく知ってるのは誰なのか選手権に出る資格はあなたにはない」と牽制してくる。問いへの回答として成立していないのだが、ニュース番組は菅官房長官の「当たらない」を、あたかも回答のように放送してきた。

「×」か「はぐらかす」しかない

加計学園獣医学部新設問題で、朝日新聞がスクープした文書について、菅官房長官は当初「怪文書みたいな文書」と片付けたが、文科省が再調査を実施、該当する文書が出てくると、彼は「『怪文書』という言葉だけが独り歩きしたのは極めて残念だ」と弁明した。ある原稿でこのことを「ラジコンのハンドルを握りながら、ラジコンが走っていっただけ、と弁明されるのは滑稽でしかない」と皮肉ったのだが、ちょっとした悲喜劇では動じないように見せている菅官房長官は「ワイドショー政治」の仕組みを誰よりも熟知しているのではないか。

マツコ・デラックスのような、人を見定める能力を売りにする人が、菅官房長官が好みと言えるのは、いわゆる自民党政治家的な「秋波」の応酬からあの人は外れている、というイメージがあるからだと思うのだが、ただただ、「ワイドショー政治」に絡めとられない技術を有している、ということに過ぎないのではないのか。彼は、正解かどうかすら答えない。選択肢に「○」はなく、「×」か「はぐらかす」しかない感じ。それは、視聴者の興味が尽きるまで「一番よく知ってるのは誰なのか選手権」を開催し、別のホットな話題が生まれれば、答えずにそっちに移行してくれるワイドショーの空気と抜群に相性がいい。だから来る日も来る日もはぐらかすのだ。

(イラスト:ハセガワシオリ

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365日四六時中休むことなく流れ続けているテレビ。あまりにも日常に入り込みすぎて、さも当たり前のようになってしったテレビの世界。でも、ふとした瞬間に感じる違和感、「これって本当に当たり前なんだっけ?」。その違和感を問いただすのが今回ス...もっと読む

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dyaco_huguruma 菅官房長官が今日もはぐらかす|武田砂鉄 @takedasatetsu | 約2時間前 replyretweetfavorite

takedasatetsu 「菅官房長官が今日もはぐらかす」という原稿を書きました。 https://t.co/AAufIaq2dY 約2時間前 replyretweetfavorite