日本企業はなぜ変われないのか

組織変革実践法7つのステップ

経済環境の変化が激しくなっている今日、伝統的な企業変革理論は、その実行では時機を逸したり効果が十分でなかったりと、限界が顕著になっている。また、日本の組織風土に根差した桎梏もある。筆者はコンサルタントとして、そうした課題に何度も直面し、克服してきた経験を通して、日本企業に適した変革方法を確立した。前半でその手順を解説した後、後半で組織文化や個人の意思との関係を論じる。
『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2018年5月号より、1週間の期間限定で抜粋版をお届けする。

コッターとは異なる
変革アプローチが必要

 筆者は、2009年に「変革屋」としてのチェンジウェーブを創業し、主に組織変革の応援・後押しをするコンサルティングを行ってきた。これまでに手がけた変革プロジェクトは約400件、対象は企業を中心に、業界全体や自治体(囲み「官民協働の課題解決プラットホームMICHIKARA」を参照)の変革も手がけている。

 組織変革は経営学でも長年にわたり多くの研究がなされ、確立した手法が複数存在する。たとえば、20世紀を代表する経営学者ジョン・コッターが1995年に、図表1「コッターの企業改革の8つのステップ」を発表している[注]。「『変革は緊急課題であるという認識の徹底』から始まる、8つの変革プロセスを確実に踏まなければ企業変革は成功には至らない、かつ最後までたどり着くには相当な時間がかかる」というものだ。しかし、日々変革の現場に身を置いている立場からあらためて読むと、いまの時代はやや異なるアプローチが必要であるように感じる。

 第1に、これだけ変化が早い時代においては、何年もかけて変革していたら、その間に環境が激変して、それまでの変革が水の泡となる、ということが起こりうる。数ヵ月単位でいっきに変革して、同時に組織が変わり続ける装置や仕掛けを仕込んでいかなければ、最適なタイミングで必要な変革は起こせない。

 第2に、コッターは、変革は緊急課題であるという認識を徹底したうえで変革せよと説くが、時間をかけて危機感を醸成・徹底してから変革に取りかかるのではなく、「とにかくまず小さくやってみる」ほうが費用対効果が高い。変化が早く、不確実性が高い時代であるがゆえに、綿密な分析をしていかに自社の変革が必要かを論理的に説明することは、ますます難しくなっている。むしろ、実際に変革は可能であること、変革が自社の未来につながることを「論より証拠」で示すほうが、圧倒的に早く組織を動かす可能性が高い。

 第3に、コッターの変革は、組織内で起こす、ということが基本となっている。いまでも組織単体の変革ニーズは強いが、一方で、自社のやり方を変えるには業界全体が変わらなければいけない、イノベーションを生み出すには自社を超えた協働の仕組みをつくらなければいけないなど、組織の中に留まらない変革が増えてきている。その場合、自組織以外のさまざまなプレーヤーを巻き込み、「外」の力を活用しながら、一緒に変わっていくという発想や手法が求められる。

 では、新たな組織変革はどうあるべきなのか。この論考では筆者が組織変革の仕掛けをつくり続けた経験に基づいて、いまの時代に機能するアプローチを説明する。

組織変革の7つのステップ

 まずは、最近依頼の多い「働き方改革」「ダイバーシティ」といったテーマを事例として、組織変革の進め方を説明したい。

 当社は、複数の企業から営業職の女性が参加し、働き方についての課題をみずから考え、解決策を提案する半年間のプロジェクト「エイジョカレッジ」(通称エイカレ)を運営している。昨年(2017年)、このエイカレに参加したキリンの女性営業社員5人が、「なりキリンママ」という実証実験をみずから行い、仕組みとして提言したものが、その年の30を超える参加チームの中で大賞を受賞した。

 当時、同社において母親になってからも営業職を続けている女性が全国で数人しかいなかったため、彼女たちは自分が母になった時に続けられるのか、将来に不安を抱いていた。そこで、定時出勤・帰宅、子どもの病気などの突発的な欠勤・早退など、2歳前後の子どもがいるママの状況を設定し、その状況に則って1ヵ月ママとして働いてみる、という実証実験を行ったのである。

 彼女たちは、実証実験期間として定められた1ヵ月間、上司、同僚、得意先などに説明をしながら、2歳児のママになり切って業務を行った。同時に、子どもを持つ社員に、短い時間で業務をこなす工夫や、突発的に欠勤・早退をしなければいけない可能性があることを踏まえた情報共有の仕組み、効果的な会議のやり方などをヒアリングし、知見を整理・蓄積すると同時にみずから実践していった。結果、業績は前年を維持したまま、残業を51%削減することに成功する。

 そして、この取り組みに当初は懐疑的だった実験メンバーの直属上司が、労働生産性の向上や組織への好影響など劇的な成果を見て、「これは全部門が年に1度実験すべき」と人事部に直談判するまでになった。

 その後キリンと協和発酵キリン(キリンのグループ会社)の人事部で同様の内容を実験した結果、この「なりキリンママ」実験は、労働生産性を高めると同時に組織能力も向上することを確認する。そして2018年2月、生産現場など一部事業所や役職を除くキリングループの国内飲料事業全体で「なりキリンママ&パパ研修」を展開していくことが社長名で発表された。5人の営業女性たちがエイカレで実験結果を発表してから、わずか1年後のことである。

 なぜ、エイカレのような場でなりキリンママという提言が生まれ、それが短期間で全社の労働生産性や組織力向上変革へとつながっていったのか。いまの時代、どのように仕掛ければ短期間で変革を起こすことができるのか。複数事例を総合的に行き来しながら、具体的なステップを解明する(図表2「今日の組織変革の7つのステップ」を参照)。

 STEP1:真に解くべき課題の構造を見極める

 変革を手がけるうえで一番大切なのは、真の課題の見極めである。解くべき課題の認識が間違っている、もしくは表層的な理解のままで、変革プロジェクトを走らせても、いずれその試みは行き先を失って空中分解してしまう。最初に抱いた問題意識を起点として、何度も問いを投げかけながら、課題の深掘りを行っていく必要がある。

 そのまま進むと空中分解必至の、課題の深掘りが必要な要注意ワードは、「ダイバーシティ」「女性活躍」「イノベーション」「リーダー人材」「変革人材」「組織の風通し」などだ。ある企業から、「女性活躍」という課題でのコンサルティング依頼を受けた事例で具体的に説明しよう。

 このケースでは、まず、「なぜ女性を活躍させたいのか」と依頼者に聞いた。すると、議論を続けているうちに、実は組織コンディションを変えていきたいのだ、という話になった。「それはどういうことか」とさらに聞くと、活躍していた中堅が男女問わず会社に誇りを持てず、一部は辞めていっているという問題が浮かび上がった。「その現象はいつから起こっているのか」と聞くと、ある年が特定され、それまではマーケットのリーダーであった事業の競合環境が激しくなり、顧客からの受注の中身が大きく変わってきた年と一致した。つまり、その企業の本当の課題は、このままの事業モデルでは競合優位が保てないため、事業モデルを変革する必要がある、ということだったのである。

 では、「その変革の必要性について経営陣はどう認識しているか」を議論してみると、そのアクセルの踏み方に関する見解も、変革に対する想いも、必ずしも現経営チームの中で一致していないことが判明した。最終的には新事業モデルに対して明確なビジョンを持つ次世代に経営の舵取りを委ねる、という大きな体制変更を伴う経営判断に行き着いた。「女性活躍」が「事業変革」となり「経営体制の交代」にまで至った、という事例である。

「なぜそれが必要だと考えているのか」「なぜそれが問題なのか」「その言葉は何を意味するのか」。こうした問いを徹底的に考え続けることで、曖昧な言葉でごまかされたものが消え、真に解決しなければならない課題は何かが浮かび上がり、複雑に絡み合う課題の構造が見えてくる。

 エイカレが生まれた2014年当時、「なぜ営業で女性が活躍していないのか」と問うと、営業女性たち本人は、「男性社会だから」「突発事項が多く長時間労働だから」「業績を上げるためにはプライベートを犠牲にしなければならないから」という。一方マネジメント側に同じ問いを投げると、「本人がそもそも続けたいと思っていない」「スキル育成をしようにも、十分鍛えるのが難しい」という答えが返ってくる。そして、両者から常に「お客様が望むことには対応しなければならない」「スキルが足りないので一部長時間労働になるのは致し方ない」という言葉が呪文のように語られる。

 営業女性たち本人のスキル・マインドセット、彼女たちの周りの上司・マネジメントの認識と行動原則、そして、世の中(特に顧客層)が営業という機能の「当たり前」をどうとらえているか、この3つがそれぞれに相互に強く影響し合い、ぐるぐる回っているのである。

 エイカレを単なる「女性たちの研修」の場にせず、本人たちが自分たちの未来のために、上司・マネジメントの認識を大きく変える「実績とデータ」を持って新たなモデルを具体的に提示する場とし、その最終プレゼンの場を、メディアや有識者、多様な企業経営者や営業マネジメントの方々数百人に集まっていただく「パブリックな場」としたのは、「女性たち本人」「マネジメント」「世の中」の認識を、同時に塗り替えていく仕掛けが、この問題の解決に必須だったからである。

 STEP2:組織「力学」を理解して、変革の経路を決める

 どういった課題に対し、どのような変化を起こしたいのかが明確になったら、その組織がどのように動いているのか、誰の影響力が強いのか、といった組織の「力学」、言わば神経系統の構造を理解することに注力する。

 組織力学を把握するということは、目指す形に組織行動を変えるための「最も効果的な震源地」と「効果的な波及経路」を見出すことである。トップダウンで動くのか、ボトムアップの流れも強い組織なのか。他の部署に影響力を持つ花形の部署はどこか。たとえばトップダウンの組織にボトムアップの仕組みで変革を起こそうと思っても機能しない。あるいは、変革に関して花形部署は治外法権となると、組織全体の行動変化にはつながらない。

 ではここで、営業組織をめぐる組織力学を考えてみたい。営業組織は通常、地域や顧客セグメントごとに「支社・部署」の形で組成され、業績管理されている。営業の組織文化を変える際に最も影響力を持つのは、一国一城の主として日々各「現場」の陣頭指揮を執っている、この「支社長・部長層」である。

 実はエイカレは、エイジョ発の行動によって「2つの波」を同時に起こすことで、最終的にこの「支社長・部長層」の行動変革を促すことも狙っている。

 1つは、エイジョみずからが自分たちの支社長・部長クラスを巻き込む「ボトムアップ」の波。もう1つは、エイジョたちの成果が、直接経営トップ・営業本部長クラスに届き、そこから多くの支社長・部長へと落ちていく「トップダウン」の波である。

 目の前の顧客ニーズを理解し収益を上げ続けるには、「現場」の創意工夫が欠かせないうえ、物理的にも本部から離れ半独立国家として運営されている営業組織は、「現場至上主義」の力学が強い。「現場で使えないもの」「現場が腹落ちしないもの」は、いくらトップダウンで落としても、その実、骨抜きになることも多い。まず「ボトムアップの成果」がなければ動かないのが営業組織の特徴といえる。

 とはいえ、ボトムアップを同時並行で、いっきに起こすのは極めて難しい。支社・部署の「数」はかなりの数存在し、この全員にバラバラのボトムアップの動きを仕掛けても、質のコントロールができないため、エネルギーがかかる割に成功確率は低い。多くの労力をかけても結果が出なかった変革は、その組織において二度と推進力を持たない。それを避けるには、最初にボトムアップの変革を「実験的に一部で、成功するまで行う」のが鉄則である。数名のエイジョたちが自分の上司や支社長を巻き込み、変革を仕掛ける、というエイカレの前半部分は、この論理で設計されている。

 第2の波は、エイカレの後半部分にある、エイジョから直接、経営トップや営業本部長クラスの経営層に、その成果を直接報告する仕掛けである。局所的な実験だけだと、大きく組織には広がらない。ここで威力を持つのが、通常の社長・営業本部長の指揮命令系統から全社に落としていくトップダウンの力である。すでに第1の波で「現場でワークする」ことが2、3人の支社長によって目撃され、腹落ちされている事実があるので、経営・営業本部長クラスが成果を直接聞くことによって、現場に対してトップダウンで施策を落とす検討がその場ででき、強い影響力を持つことができる。

 このように、組織のどこをどの順番で押すべきなのか、最初の一石をどこに投げるかを特定し、そこから最大効率で組織全体に波及する仕掛けと順番をしたたかに設計することは、迅速な変革が求められているいまの時代に必須の変革デザイン力であると考える。

 STEP3:動くように「文脈」を設定する

 最初の一石を投じる場所と、そこから波及させる経路の道筋を設計したら、変革に各キーパーソンが動くような「文脈」を設定する。「文脈」とは、最終的に何をやりたいのか、なぜそれをやるのか、をどう語るか、のデザインである。

 組織の中には、多くの場合、中央を流れる「強い流れ」が常に存在する。中期的に重要な経営テーマだったり、誰もが追っているKPI(重要業績評価指標)だったりが震源地である。仕掛ける「変革」がその流れに逆らうものと見えるのか、それとは別のまったく新しい流れを創るものと見えるのか、もしくはその流れを「加速」する文脈のものと見えるかによって、変革に対する人や組織の動き方は異なる。

 当然ながら、スピードを持って組織を動かしたいなら、すでにあるメインストリームの流れにうまく変革を乗せる文脈を巧みに設計し、語るべきなのである。

 エイカレが、「女性活躍」だけを前面に出すのではなく、エイジョたちの活動を通じて「営業生産性の向上」や「変化し続ける顧客に対する新たな価値創造」を実現する、という文脈にフォーカスを当てているのは、それらがいま、多くの営業組織のキーパーソンが「動きやすい」文脈だからにほかならない。

 さらに理解したほうがいいのは、文脈にはそれぞれ「旬」や「タイミング」があるということだ。世の中の流れ、事業環境、組織ダイナミクス、経営のプライオリティ、従業員の意識。それぞれに目まぐるしく変わっていく中で、人や組織がいま、何のためと言って語れば動くのか、常にアンテナを立てておく必要がある。

 変化の激しい時代であればこそ、同じ変化を仕掛けるにも、その意義を語る時の「ニュアンス」が重要であり、その時々に応じて文脈を調整し続けたり、新たな文脈を加えたりする必要があることを、忘れてはならない。

 STEP4:短期で成果を出す実証実験を設計する

 組織変革というものは、組織に存在するこれまでの強力な固定観念を崩すことによって起こる。

 なりキリンママの実験に対しても、何人かの経営者の方から「1ヵ月だったからできたのではないか」「周りに迷惑がかかったのでは」「短時間勤務でも業績が変わらない、までは何とか理解できるが、むしろ業績が上がる、というメカニズムがさっぱりわからない」という反応をいただいた。「いや実は1年経ったいまでも続けているようですよ」と伝えると、本当に驚愕され、初めて前のめりになられていた。

 強力な固定観念を崩すには、目に見える反証成果を、短期、できれば1~3ヵ月以内で起こすことが重要である。どんなに変革の利点や必要性を論理的に説明しても、人は考えを変えないし動かない。「論より証拠」で、変革の具体的な成果を実際に示したほうがはるかに破壊力があり、スピードある変革につながる。

 ちなみに成果を語る時には、先行指標でもいいので、必ず「これからの業績」と関連付けて語ることが重要である。企業にとって変革は目的ではなく、究極的には業績を効率的に上げるための手段だからだ。実績としての定量成果を測ることはもとより、実行することで見えてきた「兆し」もていねいに事実で拾い、共有するとよい。

 たとえば、管理職の働き方改革を進めたいのであれば、業績はよいが長時間労働が常態化している部署の管理職が労働時間を大幅に減らし、かつその部署の業績は維持もしくは上がったということをデータで示す。さらに、それに部下が権限委譲にされることにより育ち、組織の士気も上がったということが共有できるように、短期の実証実験を設計できれば理想的である。

 STEP5:「ファーストペンギン」をキャスティングする

 続いて、短期の実証実験に取り組む人をキャスティングする。彼らは、言わば「ファーストペンギン」。集団から抜け出して、天敵がいるかもしれない海に魚を求めて飛び込む最初のペンギンだ。取り組む変革に対し、内発的動機を持つ人たちでなければ、熱量を持って取り組めず、成果にもつながらない。同時に、彼らが変わることが、組織にインパクトを与える人たちでなければならない。

 なりキリンママであれば、内発的動機を最初から持っていた提案者の5人の女性たちが自然とファーストペンギンになった。しかし、先ほどの管理職の働き方改革の例だと、主要部署のハードワーカーな管理職がファーストペンギンになってくれるのが一番だが、こうした人たちは長時間労働肯定派であることが多く、働き方を変えることに内発的動機を最初から持っているわけではない。

 筆者が関わった実際のプロジェクトでは、5人の優秀な管理職を集めてもらい、「正直、何時に帰りたいですか」という質問をした。毎日深夜までの勤務が常態化していた組織内の信頼も厚い管理職が「もう気力体力的に限界で、本当は20時には帰れたらと思っています」という本音を話し始めたことで流れが変わった。「では、その時間に帰るためには、何をすればいいか」ということをそれぞれに考え、出席する会議や部下に同行する顧客訪問の厳選、権限委譲などを実践してもらった。結果は、劇的な労働時間の削減と生産性の向上、さらにはチーム力の向上であった。

 STEP6:「実行主体者」を確実に巻き込む仕掛けをつくる

 誰をファーストペンギンにするのかと同じぐらい重要になるのが、実験で出た成果を受け止め、全社展開する旗振りをできる人、つまり本番の変革の実行主体者を確実に巻き込むための仕掛けは何か、ということだ。

 もともとステップ(2)の「組織力学」をきちんと把握できていれば、誰をどのタイミングで巻き込むべきかの選定はできているはずなので、後は彼らをどのように、「どのレベルで」「確実」に巻き込むかの具体設計が肝になる。

 営業組織の場合は、特に現場に近い実行主体者、マネジャーや部長・支社長レベルに実証実験の時から関与してもらっていると、成果が出た際に組織として横展開をしていく流れができやすいのは前述の通りだ。組織として結果を本気で受け止めることがわかっていれば、実験に参加する人も本気になる、本気になることで成果も出る、という効果もある。なりキリンママの例であれば、最初に巻き込まれたのは彼女たちの上司である。これはエイカレ大賞の審査基準の中に、「実証実験中、上司・同僚などをどれくらい巻き込んだか」を組み込み、エイジョたち本人が主体的に実験中に上司を巻き込む「仕掛け」を埋め込んだことによって実現した。

 さらに、営業組織の指揮命令系統のトップである営業本部長クラスには、営業女性5人の熱量を目撃してもらうことが最も効果的だと考え、エイカレの提案発表の場に招待した。しかし、招待するだけでは忙しい営業本部長は来ない。その方々に確実に来てもらうために、参加各社の営業本部長クラスが審査員として参加することで「大賞」を選ぶ場とし、さらに著名有識者や政府を巻き込み、メディアも入れて、外圧を組み込んだ仕掛けにした。

 このケースでは、顧客や業界の慣習の影響を強く受ける営業の働き方改革を行うためには、1社単独では限界があり、企業の枠を超えた変革のプラットフォームが必要だという気づきがあった。そこで、複数の企業に声がけをして立ち上げたプラットフォームが、エイカレである。エイカレ自体が、ファーストペンギンをキャスティングし、実行主体者を巻き込む仕掛けなのである。発足時の2014年はキリンを含む7社が参画、いまでは46社までに拡大している。

 STEP7:会社としてのコミットメントまで持ち込む

 ファーストペンギンが最初の成果を出し、それを受けて横展開が始まっても、組織のトップがその変革にコミットし最終的なスポンサーにならなければ、組織としての変革にはつながらない。トップの巻き込みのために有効なのがメディアなどの外部からの評価である。変革の取り組みがメディアに取り上げられることは、トップに対する変革継続へのプレッシャーや激励となるからだ。

 なりキリンママが社長発信の全社展開の取組みとなった裏には、組織内部の多くの人の自発的な努力があったのはもちろんのこと、この取り組みへの他企業・メディア取材が殺到し、キリンは働き方改革の先進事例として取り上げられた、というのも大きい。これだけ注目されているならば、と、組織全体がこの活動を誇りに思い、経営の推進力を高め、会社としてのコミットメントレベルを、各段に押し上げるのである。

官民協働の課題解決プラットフォーム
MICHIKARA

 MICHIKARAは、長野県塩尻市役所職員の山田崇氏と筆者が立ち上げた、官民協働の課題解決プラットフォームである。市が抱える課題を首都圏企業の若手社員が解決するというもので、2泊3日の合宿形式で市役所職員と首都圏からのメンバーがチームになって課題に取り組み、最終日に市長に提案をする、という立て付けだ。

 市役所を地域の抱える本質的な課題に真正面から取り組む組織へと変えていきたいと考えていた山田氏と、研修という名目で地方と首都圏をつなぐことはできないかと模索していた筆者が出会ったことがきっかけとなった。立ち上げから2年で、市にとっては課題解決・変革のエンジンに、首都圏企業にとっては圧倒的に人が育つ場に発展している。

 MICHIKARAの特徴は、まず、合宿の間に取り組む課題の設定を徹底的に行ったことにある。ここで扱う課題は、地域にとって本質的な課題であると同時に、意欲や能力の高い参加者が2泊3日という期間で精一杯調べて考えて、ちょうど解決策にたどり着くぐらいの難易度の課題にしなければいけない。最初は市役所の職員が考える地域の課題を出してもらい、その1つひとつに「なぜ」「具体的にはどういう意味」を繰り返し問い続け、数ヵ月かけて磨き上げていった。

 また、発起人の山田氏が企画政策部という、市役所の戦略や予算の配分を統括する部署にいたことや、課題解決が動き出した時の実行主体者となる課の職員も全員MICHIKARAに参加し、自分事として課題をとらえていたのも特徴である。そのため、提案にすぐに予算がつき実行段階に入るという流れができた。

 さらには、課題の見極めなどの事前の準備から密度の濃い合宿を経たことで、参加した市役所職員自身が、何のために仕事をしているのかという目的意識から仕事のやり方まで、がらりと変わったのも大きな特徴だ。そして彼らが「ファーストペンギン」となって、市役所全体が変わりつつある。

 地域の課題に対し官民連携で取り組む、というプログラム自体は新しいものではない。人が変わることで組織や社会が変わるという確信の下、仕掛け方にこだわり抜いたことで、その時だけ盛り上がるイベントではなく、実際に変革を起こしていく継続的なエンジンになることができたのである。


[注]ジョン P. コッター「チェンジ・リーダーの8つの心得:企業変革の落とし穴」DHB1995年7月号。

◆佐々木裕子氏による寄稿の全文は、『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2018年5月号に掲載されています。

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