ビジネス創出
データが拓く飲食店の可能性【前編】――サブスクリプションモデルで打ち破る課題
記事内容の要約
- favyは、2016年に当時日本初となる「サブスクリプションモデル」の飲食店を開店した
- 飲食店のビジネスモデルは、データの収集やマーケティングに取り組む構造ではないためデータ活用が進まない
- favyが経営する飲食店「29ON(ニクオン)」と「coffee mafia(コーヒーマフィア)」は、全会員のデータをトラッキングすることでマーケティング施策に活用している
一般的にデジタル化が立ち遅れているといわれる飲食業界において、データを駆使して、独自の飲食店ビジネスモデルで急成長している企業がある。2015年創業の株式会社favy(ファビー)だ。なぜ飲食業界は、データ活用やデジタルマーケティングが進まないのか。そして、favyが飲食業でデータ活用を推進するために生み出したビジネスモデルとはどういうものなのか。同社の戦略とともに代表取締役の高梨巧氏に話を聞いた。
飲食店を経営するつもりはなかった
favy(ファビー)は現在、2つの事業を展開している。ひとつはグルメ情報メディア「favy」の運営、もうひとつは飲食店の経営だ。そしてfavyが経営する飲食店は、飲食業としては異例のサブスクリプションモデルで収益をあげ、注目されている。
サブスクリプションモデルとは、製品やサービスの購入に対してではなく、それらの利用期間に対して課金する方式を指す。最近増えている動画や音楽の月額料金制配信サービスなどもその例だ。2016年10月に日本で初めて飲食店にサブスクリプションモデルを導入したfavyは、年会費による完全会員制の肉料理レストラン「29ON(ニクオン)」と、月額料金を支払えば来店のたびにドリップコーヒーを無料で飲めるカフェ「coffee mafia」を展開している。
favy創業者であり、同社代表取締役の高梨氏によると、起業当初は「顧客のトラッキングデータを活用した、飲食店向けマーケティング支援事業」を手がける予定だったという。それがなぜ、自ら飲食店を経営することになったのか。
その理由について、高梨氏は「顧客データを提供してくれる飲食店がいなかった。そもそも、データをトラッキングするどころか、顧客データの重要性を理解しているお店自体が見つかりませんでした」と語る。
データ取得に必要なシステム構築の費用や、データ管理に必要な人材の派遣をfavyが請け負うと提案しても、賛同してくれる飲食店はいなかった。同社創業メンバーには飲食業界に顔が利くスタッフもいたことから、ネットワークを駆使して話を持ちかけてみたりもしたが、「よくわからないからやめておく」と、ことごとく断られたという。そこで、自らがデータを活用した飲食店の成功事例となるために、29ONとcoffee mafiaをオープンするに至った。
飲食店のデジタル活用を阻むのは「リテラシー不足」か
高梨氏は、インターネット広告代理店アイレップで、SEMの黎明期からデジタルマーケティングのトッププレイヤーとして活躍してきた。そして当時痛感したのが、飲食業界がいかにデジタルマーケティングの世界から分断されているかということだ。事実、リスティング広告が日本に上陸して15年以上経つ現在でさえ、リスティング広告を活用して集客につなげている飲食店は驚くほど少ない。なじみの店に、「もっと顧客を増やすためにデジタルを活用しよう」と声をかけても、なかなか受け入れてもらえなかったそうだ。
「飲食業界がデジタルに疎いのは、“ITリテラシーが低いからだ”とよく言われます。しかし、小学生でさえスマートフォンを操る昨今、その言い訳はもはや通用しない。もっと根本的なビジネス構造に原因があるのではないかと考えました」(高梨氏)
高梨氏が気付いたのが、「飲食業は、デジタルマーケティングの考え方が育ちにくいビジネス」だということだ。これはどういうことか。
サブスクリプションモデルで飲食業の課題を打ち破る
飲食店に行く顧客は、「おなかがすいたから、近くの店で何か食べよう」と、その瞬間の居場所や感情で店を決めることが多い。グルメサイトのレビューを参考に店を選ぶ客も多く、そのほとんどが一過性であり、なかなかリピーターとはならない。そうなると、店側でデータを活用して顧客を把握しようという動きは生まれない。
そもそも店側からすると、来店した顧客が新規なのか既存なのかは判別しづらい。再訪を促すために広告費をかけたところで、瞬時に客の顔を覚えるほど記憶力のいい店主が一人で切り盛りしていない限り、効果を確認するのは難しい。チラシをばらまく程度は行うにしても、デジタルを活用して施策を打ち、データで成果を捉えようなどとは思わないのだ。
「そこで、顧客と長期的な関係を築けて、かつマーケティング戦略に必要なデータも取得できる飲食店を作ろうと思いました。それがサブスクリプションモデルを採用した理由です」(高梨氏)
会員制を敷いたことで、来店する全ての会員をデータでトラッキングすることが可能になった。favyが経営する29ON、coffee mafiaはともに、会計(レシート)データと会員データが紐付くようになっており、会員ごとの来店頻度やオーダーの種類などがデータとして蓄積・閲覧できる。そのため、たとえば会員の来店ペースに応じて最適化した内容のDMを送付するなど、従来の飲食店では実現できなかった、データに基づくマーケティング施策が可能だ。
そして、会費制にすることで、マーケティング戦略やビジネス拡大にかかるコスト増大のリスクを削減する狙いもある。
「従来の飲食店は、飲食費という単一の収入源であり、間接費用にコストをかける余裕はありませんでした。会員制により、一定の収入を確保したことで、マーケティング施策に費用をかけられるようになります」(高梨氏)
今ではfavy以外にも、サブスクリプションモデルを導入する飲食店は多数出てきた。しかし、それらは「バズ目的」であることも多い。「データ活用ありきでサブスクリプションモデルを採用しているのはおそらくfavyだけだと思います」と高梨氏は語る。後半では、29ON、coffee mafiaがデータを活用し、実際にどのような成果を上げているのかを明らかにする。