TOKYO人権 第76号(平成29年11月20日発行)
コラム
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“いじめや偏見をなくしたいから魂込めて演じています。”
紙芝居発祥の地といわれる荒川区で生まれ育った三橋とら さん。紙芝居師として活動した母から志を受け継ぎ、二代目を襲名。都内と北海道を行き来しながら、さまざまな催しで紙芝居を熱演しています。そんな三橋さんが大切にしているのが、アイヌをテーマにした作品です。その背景には、アイヌへの敬愛と、差別や偏見をなくしたいとの思いがありました。
三橋とらさん
三橋とらさんは、紙芝居師として東京都公認ヘブンアーティスト(注1)のライセンスをもち、都内を中心に7年ほど前から活動しています。子どもの頃から演劇に打ち込み、高校卒業後は劇団員として芝居漬けの日々を過ごしていたことから、演技力に定評があります。「まさにお芝居」という熱演で、子どもも大人も高齢者も楽しめるパフォーマンスが人気です。
昔ながらの紙芝居師は、既製の紙芝居を買うか借りるかして演じますが、三橋さんは違います。絵本をもとに自作するほか、演じたいテーマに出合うと、紙芝居を一から自分で作るのです。関係する文献を読み込んだり、関係者に取材したりして台本をまとめるだけでなく、多くの場合は絵も自分で描きます。「一つひとつ、魂を込めて作っています。既製のものだと多くても16枚ほどなのですが、私の場合、一作品30枚ほどになりますね。これを約30分かけてじっくりと演じます。自分が描いたものだから、好きに演じられて熱が入ります」(三橋さん)。
そうして作り上げたものの一つに、北海道の旭川地域に伝わる「ニッネカムイとサマイクル」(注2)というアイヌの口承文芸を題材にした作品があります。ニッネとはアイヌ語で「悪い」、カムイとは「神」のことで、ニッネカムイは「魔神」と訳されます。魔神ニッネカムイを、山の神ヌプリカムイと英雄サマイクルが協力して倒すこの英雄譚は、札幌で開催された「アイヌ文化フェスティバル2016」(注3)でも上演され、好評を得ました。
アイヌの知人からステレオタイプな描き方はしないでと言われ、苦心の末に完成させた『ニッネカムイとサマイクル』。
三橋さんがアイヌに関心をもったのは、旭川市で2年間暮らしたことがきっかけでした。あらゆるものにカムイ(神)が宿っていて、それらに感謝しながら生きるというアイヌの考え方に共感すると同時に、アイヌ差別についても他人事とは思えなかったからでした。三橋さんが生まれ育った地域には在日コリアンが多く、彼らが差別の対象となるのを目の当たりにしてきました。自分自身も、小学生の頃、何気なく発した言葉を、母親から“それは在日の人たちに対する蔑称だ”と厳しく叱られたことがあったといいます。また、母親が近所の公園で紙芝居をしていたのは、障害のある弟が仲間はずれにされないためだったのではないかと振り返ります。だからこそ三橋さんは「母から受け継いだ道具と志を大切にしながら、紙芝居という方法で差別やいじめや偏見のない世の中にしたい」と考えるようになったのです。
絵本『イオマンテ めぐるいのちの贈り物』
三橋さんは、『イオマンテ』という絵本(注4)を題材にした紙芝居を作って演じることが目標だといいます。イオマンテとは、熊などの動物の魂をカムイモシリ(神々の世界)に送り帰すためにおこなう、アイヌにとって最も重要な伝統儀礼です。しかし、正しく理解されずに、「熊を生いけ贄にえにする野蛮な儀式」という偏見で語られることがあります。題材とする絵本は、イオマンテを迎える子熊とアイヌの少年の視点が交互に描かれ、アイヌの精神世界や文化を追体験できる内容です。三橋さんが「魂を込めた」紙芝居で発信することにより多くの人の心が動かされ、アイヌへの偏見や差別を無くすきっかけになるはずです。
インタビュー/林 勝一(東京都人権啓発センター 専門員)
編集/脇田真也
<取材先情報>
紙芝居乃とら屋
(三橋とらさんのホームページ) http://www.kamishibai-tora.com
(注1)公園等でパフォーマンスするアーティストを認定する東京都の制度。
(注2)熊やシマフクロウといったアイヌのカムイ「神様」の体験談を語る口承文芸「カムイユカラ」の一つ。
(注3)公益財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構が札幌、東京等で毎年開催。
(注4)寮美千子、小林敏也『イオマンテ めぐるいのちの贈り物』パロル舎、2005年