ご  挨  拶

 

我が父、冬柴鐵三は平成21830日の衆議院総選挙に、兵庫8区(尼崎市)から8期目の立候補をしましたが、

新党日本代表、田中康夫氏に2,307票の差で惜敗致しました。

その後、父は次の総選挙で再起をかけるべく「捲土重来」の決意で尼崎市中を駆け巡っておりました。

 

平成23311日に東日本大震災が勃発。父は「一弁護士として、ボランティアで被災地に行ってくる。

法律相談をしてくるから。」と言って、福島県郡山市の避難所で130名を超す被災者の方々から相談を受けました。

しかし年齢は74歳と若くなく、無理がたたった為、自宅に帰ると息ができなくなり、613日に急性肺炎で

入院しました。

それから半月間意識不明でしたが、奇跡的に意識が回復し、810日に退院しました。

入院中の意識が回復した7月の始め、父は私を病室に呼び、私に「お父さんは今後政界を引退するかもしれない。

そうなれば長年一緒に頑張ってきた秘書達の生活が心配だから、秘書達と会社を興して、一緒に生活をしていかないか」

と言いましたので、

私はその時勤めていた、ソニー生命保険株式会社を退職することを決意し、平成231014日に当社を

設立致しました。

 

しかし父は、その2か月後の125日に、急性肺炎で亡くなりました。

また父が生活を心配した秘書さん達は、父の後継者として兵庫8区から立候補されました「中野洋昌」さんの

秘書となられましたので、この会社は現在まで私一人で経営しています。

 

父は、「吾道一以貫之(わがみちはいちをもってこれをつらゆく)」という孔子の言葉を、

人生のモットーとしておりました。

私も父が発起したこの会社で、父の後継として、「かかわるすべての人の幸せ」と、

「まじめに働く人が 報われる 社会を築く」ことを、この会社の信念と致します。

 

冬柴パートナーズ株式会社   代表取締役 冬柴 (ひろし)

 

img2.gif

img3.gif

 

     

       

    し た      内 容

自昭和61  4 月   1 日

至昭和63 10   31 日

 

株式会社大和銀行(現りそな銀行)入行豊中支店融資担当

自昭和63 11    1 日

至平成元年 12   31 日

 

   〃     寝屋川支店個人営業担当

自平成 2  1 月   1 日

至平成 4  6 月  30 日

 

    〃     阿部野橋支店法人営業担当

自平成 4  7 月   1 日

至平成 6 12   31 日

 

        〃     本店営業部営業担当

自平成 7  1 月   1 日

至平成 8 12   31 日

 

  ハウジングサービス株式会社 マンション・戸建販売担当

自平成 9  1 月   1 日

至平成12  9 月  30 日

 

株式会社大和銀行 大津支店法人営業担当

自平成12 10    1 日

至平成14  7 月  31 日

 

        〃     本店不動産仲介担当

自平成14  8 月   1 日

至平成16  2 月  29 日

 

        〃     高槻支店次長職

自平成16  3 月   1 日

至平成16  3 月  31 日

 

りそな銀行株式会社 退職

自平成16  4 月   1 日

至平成23 12   15 日

ソニー生命保険株式会社 入社 保険募集人

     〃      退職

自平成23 10    1 日

     年    月    

 

 冬柴パートナーズ株式会社 設立

自平成23 12   16 日

至平成26  6 月  30 日

 SPO株式会社 入社 取締役

    〃    退職          現在に至る

HOME