「牧場物語」の和田康宏氏がSwitchに感じた可能性。生態系シム「ハッピーバースデイズ」クリエイティブプロデューサーインタビュー
2017年にPS4とPC向けに発売された「Birthdays the Beginning」をベースにした本作は,キューブ状に構成された箱庭の地面を上げ下げして地表の気温を変化させることで,その環境に合った生物達が生まれてくるというシステムを持つ箱庭生態系シミュレーションゲームだ。プラットフォームがNintendo Switchになったことを受け,より間口を広げるべく,ゲームシステムにも少なからぬ変更が加えられている。
本稿では,その発売を機に収録した開発者・TOYBOXの和田康宏氏へのインタビューをお届けする。和田氏といえば,1996年にスーパーファミコン用ソフトとして発売された大ヒット作「牧場物語」のクリエイターとして知られ,長年にわたってゲーム開発に取り組んできた,いわばレジェンドな人物でもある。そんな氏は,ゲームを取り巻く今の状況をどのように考え,そして今作「ハッピーバースデイズ」をどんな思いで作り上げたのだろうか。
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「ハッピーバースデイズ」公式サイト
“面白さ”をより分かりやすく伝える「ハッピーバースデイズ」
4Gamer:
今作「ハッピーバースデイズ」の開発経緯についてお聞かせください。
和田康宏氏(以下,和田氏):
「Birthdays」は,自分としては幅広い層のプレイヤーに遊んでいただきたいと考えて,制作したタイトルでした。ですが,それはマーケティングの観点から見た場合,誰に届けるべきなのかハッキリしないタイトルということでもあったんです。
本作は見た目こそ可愛らしいですが,その裏では膨大な計算が行われているので,マシンスペック的にもプラットフォームはPS4以外に選択肢がありませんでした。しかしPS4ユーザーの多くは,ハイエンドでフォトリアルなゲームを好む傾向にあります。
4Gamer:
つまり,ユーザー属性にマッチしていなかったと。数字としても,あまり芳しくなかった?
和田氏:
ええ,残念ながら。事前に考えていた数字――僕としては全世界で10万や20万人くらいには届けたいと思っていて,それには遠くおよばなかった。とはいえ,アークシステムワークスさんのご厚意でスタートした作品ですし,僕としても長く続けていきたいタイトルでもあったので,プラットフォームを移したうえで,より分かりやすく,楽しさを前面に出したリニューアル版を企画することにしました。それがこの「ハッピーバースデイズ」です。
4Gamer:
続編ではなく,リニューアルなんですね。
和田氏:
はい。大がかりな続編の構想もありましたが,それよりも今は,まずこのゲームをもっと多くの人に手に取って,遊んでもらうことが先決です。Nintendo Switchなら,本作の作風でも幅広い層に届けられるんじゃないだろうか。そういったことをアークシステムワークスさんと相談しつつ,企画として練り込んでいきました。
4Gamer:
なるほど。では,リニューアルにあたって,どんな要素が加えられたのでしょうか。先ほどのお話では,「より分かりやすく」とのことでしたが……。
和田氏:
前作の「Birthdays」も,僕としてはかなりシンプルにしたつもりだったのですが,それでもゲームというより,シミュレーターの色が強く出た内容でした。自ら能動的に楽しむ人にとってはそれでいいのですが,もう少しゲーム的な要素を望む声も多かった。そこで,明確な目的を用意することにしたんです。
4Gamer:
それが「ハッピースター」システムでしょうか。
和田氏:
そうです。前作では,マップ上にランダムに落ちているアイテムを拾うことで,環境に大きな変化をもたらすことができましたが,今回はそれが「スキル」という形に変わっています。スキルを使うには,「スター」というエネルギーが必要なのですが,これはゲームを進めることで,徐々に溜まっていくようになっています。
4Gamer:
入手できるか運任せだったアイテムが,スキルに置き換わったと。ということは,今作ではアイテムは登場しないということですか?
和田氏:
はい,アイテムはなくなりました。その代わり,コストとなるスターがある限り,何度でもスキルが使えます。スターはゲーム内の時間経過と共に増えるほか,何かしらの条件――例えば新しいイキモノを誕生させるとか――を達成することでも,得ることができるんです。このため,ゲームと向き合っていれば自然にハッピーになっていきます。
4Gamer:
スターを得ようと行動していると,自然にイキモノが生まれて賑やかになっていく,ということですね。スキルは基本的に環境変化を起こすものなのですよね。アイテムがスキルに置き換わったのは,環境変化をもっと起こしてほしかったから?
和田氏:
前作でDLCとして配信したモニュメントも,スターで入手できるようになっています。ですが基本的には,やはり環境を変化させるスキルが中心です。前作ではうまく進行させないと,遊んでも遊んでも何も変化しない悪循環に陥ることがありました。それを回避する意味でも,環境変化を起こしやすくしているわけです。
4Gamer:
ああ,なるほど!
和田氏:
今作ではプレイヤーがゲームに費やした時間が,そのままスターという形で還元されます。ですので,遊べば遊ぶほどいろいろなことができるようになります。
4Gamer:
ハッピースターについては分かりました。このほかにも「ナビゲートシステム」という新要素があるそうですが,これはどういったものでしょうか。
和田氏:
これはゲームをより分かりやすくする要素で,いわゆるヘルプ機能ですね。前作では「規定の条件を満たしているはずなのに,イキモノが誕生しない」という声が多く寄せられたので,それに対する僕からの回答だと思っていただければと。
4Gamer:
というと?
和田氏:
イキモノが生まれる条件に,「地面の高さ」と「温度」が絡むことは前作でも説明があったですが,実際にはそのほかにもさまざまな要素が関係します。例えば「海の近く」でなければならないとか,反対に「乾いた場所」が求められるとか……。
4Gamer:
ああ,確かにそうでした。いろいろ試行錯誤した覚えがあります。
和田氏:
そうしたものは,なにも意地悪で隠していたわけでなく,情報が多すぎるとプレイヤーが混乱するだろうと思って,あえて伏せていたんです。ですが,それが結果的に難度を上げることにもつながっていました。今作では,このナビゲートシステムによってイキモノの誕生に必要なすべての情報を見ることができます。
4Gamer:
狙ったイキモノを生み出すのが,簡単になったんですね。とはいえ,ちょっと親切すぎるような気もします。自分で条件を見つけ出すのが楽しかった部分もあるのでは?
和田氏:
そうですよね。その感覚は僕にもあって,前作では僕自身,コダワリを捨てきれませんでした。でも,それはもう古い考え方かもしれない。今回のミッションは,とにかく多くの人に手に取ってもらうことですし,今作では今のプレイヤーに合わせて,すべての情報を表示するようにしました。このゲームの根っこは“そこ”ではないし,それで面白さが失われるわけではないですから。
4Gamer:
分かりました。では登場するイキモノやそのツリー,ゲームモードなどは,前作そのままなのでしょうか。
和田氏:
基本的には前作を踏襲した作りになっています。とくにイキモノは何か一つでも増やしてしまうと,進化の仕組みであるツリーをすべて作り直さなくてはならなくなります。作業量的に考えても,今回それは不可能でした。なので,増えたのは3種の「ドラゴン」のみです。
4Gamer:
ということは,ドラゴンは普通のツリーとは別のところにいる存在,ということでしょうか。
和田氏:
そうなんです。ドラゴンはシミュレーションに組み込まれた存在ではなく,先ほどからお話ししているようなゲーム的な要素として登場します。“ある条件”を満たせば現れる,ある意味リワード的な存在ですね。とはいえ,れっきとしたイキモノなので,歩き回っているのを見ると楽しいですよ。
4Gamer:
ドラゴンの存在が,生態系に影響したりは? 例えばドラゴンが特定の動物を食べ尽くしてしまったりとか。
和田氏:
生態系への影響はありません。
あとそうだ,ゲームモードに変更はありませんが,ストーリーモードで選べるマップが増えて,ある程度生き物がいる,賑やかな状態から始められるようになりました。前作は常に0からのスタートだったので,生き物が出てくるところまでなかなか進めないという意見をいただいたので。
一方で,灼熱や氷の世界といった中~上級者用のマップも用意していますから,前作をプレイした人はこちらに挑戦してもらうのもいいと思います。
ゲーム作りができる環境を求めて
4Gamer:
「Birthdays」からは少し離れますが,和田さんご自身の経歴について,お聞きしてもいいでしょうか。TOYBOXを立ち上げられたのは2011年とのことですが,クリエイターとしてはかなり長い経歴をお持ちですよね。
和田氏:
ええ。TOYBOXは2011年の8月に設立した会社ですが,それ以前は2009年3月までマーベラスに在籍していました。ゲーム業界に入ったときはパック・イン・ビデオという会社で,その後社名変更を経てビクターインタラクティブソフトウェア,事業譲渡でマーベラスと移り変わっていきましたが,基本的には同じ会社で,同じメンバーでもの作りをしてきたんです。
4Gamer:
古巣であるマーベラスから独立されたのは,どんな理由からだったのですか。
和田氏:
僕自身はゲーム作りが仕事だと考えていたのですが,社内では古株ということもあって,少しずつマネジメントのレイヤーに移らざるを得なくなってきたんですよね。それで自分自身が開発に関われなくなってきた。そういうジレンマに陥っていたんです。 そんなところに,グラスホッパー・マニファクチュアの須田剛一さんから「ゲームを一緒に作ろう」といお誘いを受けまして,移籍を決意しました。
4Gamer:
TOYBOXの前に,グラスホッパー時代があったんですね。
和田氏:
はい。ちょうどその頃のグラスホッパーは,「シャドウ オブ ザ ダムド」(PS3 / Xbox 360)や「LOLLIPOP CHAINSAW」(PS3 / Xbox 360)といった,大型タイトルのラインが同時に動いてた時期でした。僕は開発がやりたくて移ったものの,グラスホッパーもクリエイター揃いの環境だったので,結果的に僕がマネジメントを担当することになってしまって。
4Gamer:
望んでいた開発の仕事はできなかったと。
そんな経緯から,どこへ移籍したとしても年齢や経歴的にマネジメント的な仕事をやらざるを得ないと気づきまして。それでもなおゲーム作りを続けなら,独立するしかないと考え,立ち上げたのがTOYBOXなんです。
4Gamer:
TOYBOXは同じくゲームクリエイターの金沢十三男さんも在籍されていますが,立ち上げから関わってらっしゃるのですよね。
和田氏:
はい。彼とはマーベラス時代からずっと一緒にやってきました。マーベラスでは海外事業の立ち上げに関わっていて,一時期イギリスに行ったりもしていたんですが,僕と同じようにゲームを作りたい人間だったので,設立に合わせて声をかけたんです。
4Gamer:
金沢さんとは長いのでしょうか。
和田氏:
ええ。彼が新卒でパック・イン・ビデオに入ってきた頃からなので,本当に長いつきあいです。
4Gamer:
お二人が手掛けた作品を見ると,作風はかなり異なる印象ですが,ウマが合うという感じなのでしょうか。
和田氏:
そうですね。芸風が似ていると,お互い作品に口出ししたくなってしてしまうので,あまりよくないんです(笑)。例えばグラスホッパー時代なら,須田さんは基本的に“過激な”ゲームばかり作っている人ですし,作風は僕とぜんぜん違います。だからこそ,気が合うんじゃないかと。
4Gamer:
TOYBOXは,今でも和田さんと金沢さんお二人でやってらっしゃるんですか。
和田氏:
正社員は僕らを含めて4名います。今は金沢が手掛けている「ワールドエンド・シンドローム」(PS4 / PS Vita / Switch)を手伝っているメンバーがさらに数人出入りしていますが,彼らはフリーランスで社員ではないですし。
4Gamer:
和田さんは社長という立場ですが,TOYBOXの中ではどのような仕事をされているのでしょうか。
和田氏:
僕の場合,プロジェクトの規模が大きめなので,企画立ち上げ時のクライアントへの出資交渉や,開発のコントロールが主になります。会社にいるより,パートナーの開発会社さんに出向いていることのほうが多いと思います。
4Gamer:
では,当初の目的どおり,クリエイターとして活動できているわけですね。
和田氏:
もちろんです。「ハッピーバースデイズ」も企画とシナリオは僕ですし,外部の開発ディレクターとも密にやりとりしながらゲームを作っています。僕はクリエイティブプロデューサーとして,ディレクターと一緒に開発に関わるさまざまなことを判断しています。予算繰りなども担当しているので,ディレクターのようにゲームに張り付けるわけではありませんが,とても満足していますよ。
4Gamer:
ちょっと切り口を変えた質問になりますが,そもそもゲームクリエイターになったのは,どんなきっかけだったのですか。
和田氏:
ゲームは「スペースインベーダー」の頃から遊んでいましたが,とくに何かきっかけがあったというわけではないんです。一方で,ゲームと同じぐらい音楽も好きで,一時期は音楽をやるかゲームをやるかで悩んだこともありました。音楽のプロのハードルの高さに才能の限界を感じて,じゃあゲームのサウンドクリエイターとして好きなもの両方に関わるのはどうだろうか,とか。
でも門戸が開かれていたのはゲームの企画制作の方だったので,そこからこの世界に入ったんですよね。それが1990年代の最初の頃でした。
4Gamer:
その年代だと……スーパーファミコンが出る直前ぐらいでしょうか。
和田氏:
そうですね。あの頃のパック・イン・ビデオは,映画版権のゲームをたくさん出していて……僕が最初にやった仕事は,ファミコン版「ターミネーター2」の日本語ローカライズでした。
4Gamer:
ああ,当時はそうした映画版権の海外ゲームがたくさんありました。ではご自身の作品を手がけるようになるのは,もう少し後のことですか?
和田氏:
「ターミネーター2」をローカライズをしていた頃から,企画自体は出していたんですが,なかなか通らなくて。でも仕事はしなくちゃならないので,並行して別の企画を温めたりもしていました。そういえば,アークシステムワークスさんの前身であるアークさんと仕事をしたのもその頃ですね。ハドソンから移ってきた先輩にくっついて行って。
4Gamer:
ああ,木戸岡社長との縁はそこからなんですね。
和田氏:
そうやって企画を温めているうちに手がけた仕事が,なんだかんだで結果を出せたみたいで,それでようやっと自分の企画が通るようになりました。そうして完成したのが,1993年に出た「メタルエンジェル」(PCエンジン)です。
4Gamer:
えっ,それは意外なタイトルですね。
和田氏:
メタルエンジェルというアーマーを着て戦う未来の格闘技があって,その選手である女の子達を育成していくゲームでした。ちょうどあの頃,「プリンセスメーカー」や「卒業」といったタイトルがはやっていたので,その系統です。最初のタイトルということもあって,どちらかというとマーケティング寄りで考えた企画でした。「女の子を育てるシミュレーションは売れる!」ということで,実際5万本ぐらい売れました。
当時のPCエンジン市場だと,スマッシュヒットという感じでしょうか。じゃあ,「牧場物語」(SFC)はその次だった?
和田氏:
いや,その前に「マジカルポップン」という,スーパーファミコン用の横スクロールアクションをやりました。企画自体は友人のもので,僕はプロデュースを担当しました。タレントの飯島 愛さんに声をあてていただいたりして,元々は無骨なアクションゲームだったものを,ウケるようにアドバイスしつつ,会社にお金を出してもらった形です。
4Gamer:
ええっ,それもまた意外なタイトルですね。
和田氏:
そういう経緯があって,次に作ったのが「牧場物語」です。いわば,会社に貢献したご祝儀みたいな。内容はさっぱり理解されていなかったみたいですけど(笑)。
4Gamer:
牧場運営シムというのは,今でこそメジャーな存在ですが,当時としてはなかなか硬派なテーマだったように思います。開発は順調に進んだのですか?
和田氏:
いやいや,それはもう大変でした(笑)。内容以前に,開発を任せていた開発会社の社長に逃げられてしまって。結局その開発会社の人材をパック・イン・ビデオで引き取り,10か月ぐらいで完成させたんです。今は笑って話せますが,当時は相当な修羅場でした。
4Gamer:
えぇぇ……,それは壮絶ですね。しかし結果として,「牧場物語」は大ヒット作品になりました。ちなみに,そこまでに企画された2タイトルはどちらもシミュレーションですが,当時から得意分野だと考えていらしたのですか。
和田氏:
いえ,実はあまり気付いてなかったんですよ。確かに好きなジャンルではありましたけど。アクションやアドベンチャーと違って,仕組みを考えるところから始められるのが,自分としてはやりやすかったのかもしれません。
4Gamer:
テーマやモチーフよりも先に,仕組みを先に考えるタイプなんですね。
和田氏:
どちらかと言えばそのタイプだと思います。どういう仕組みだったら面白いか,というシステム部分を先に考えることが多いと思います。ただ最近はちょっと歳をとったのか,世界観やモチーフを先に考える方向性に寄ってきている自覚もあります。
4Gamer:
シミュレーションゲームというと,元となるテーマが先にあって,それをどうゲームに落とし込むか,という作りになると思っていましたが,そうでもないのですか?
和田氏:
「Birthdays」の基本コンセプトである“生まれる”や“育てる”といった要素は,オリジナルの「牧場物語」の延長として考えたものなんです。それをどうゲームにしていくかが“仕組みを作る”ということなんだと思います。
「牧場物語」も,“耕し種を蒔いて水をやると芽が出る”というのは,自然界の普通のルールですが,そんなことをやっているゲームは当時ありませんでした。それで試しにやってみたら,意外と面白かった。開発の早い段階でそれが分かったので,そのサイクルを仕組みとして構成し,組み上げることで完成させたわけです。
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