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 日本航空(JAL)は50年以上使い続けた予約・発券システム「JALCOM(ジャルコム)」を全面刷新し、世界で使われている航空業界向けのクラウドサービスを導入した。800億円を投じ7年がかりのプロジェクトを決断した理由はどこにあり、どのように完遂したのか。植木義晴会長に、3月末の社長退任直前に単独インタビューした。

(聞き手は大和田 尚孝=日経 xTECH日経コンピュータ、金子 寛人=日経 xTECH日経コンピュータ


植木 義晴(うえき・よしはる)氏
1952年京都府生まれ。1975年3月航空大学校卒、同年6月日本航空入社。B747-400運航乗員部機長、運航本部副本部長、ジェイエア副社長などを経て、2010年2月執行役員運航本部長、同年12月専務執行役員路線統括本部長、2012年2月社長。2018年4月から現職。(写真:村田 和聡)
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JALはメインフレームで稼働する予約・発券システム「JALCOM」を50年間にわたり使い続け、老朽化が問題となっていました。過去に何度か検討しながらも先送りしてきた刷新を植木さんが社長として決断できたのはなぜですか。

 まっとうに事業を考えたからじゃないでしょうか。ちょっと言い過ぎか(笑)。これはもう誰が考えたって、同じシステムを50年間使い続けたところに大きなリスクがありましたよね。10年前だったか20年前か分かりませんけれども、本当は刷新しておかなければいけなかった。

最も大きな負の遺産、自分の代で片付けるべき問題だった

 この(システム刷新の)問題について、私は(2010年の)経営破綻の「負の遺産」と呼んでいる。特に(JALの)再建後に残ったなかで最も大きな負の遺産です。経営者としてどんなに苦しくとも、将来のためには刷新を決断しなければいけなかったと思っています。

最も大きな負の遺産ですか。

 そうです。システムが動かなくなったら、にっちもさっちもいかないわけですから。PSS(予約・発券などの旅客系基幹システム。今回の刷新対象)が根本からぶっ潰れたら全てのフライトは止まります。お客様の予約も入らなくなるわけです。これこそ事業の根幹です。ここまで刷新せずにパッチを当ててきた。よく今までそれでやってこられたなと。刷新は必ず自分の代で片付けなくてはいけない問題でした。

50年使ってきたんだから、もう5~10年、刷新を先送りして使い続ける手もあったのでは。

 あほな(笑)。無理ですわ。実はこのPSSの刷新の議案書を出したのは私なんです。僕は(破綻直後の)2010年2月に役員になった時に運航本部長に就きました。その後同年12月15日に大きな組織改正があって、初めて本社に机を置き専務となって路線統括本部長という、まったく門外漢な部署のトップに就きました。この時のことです。

 私の責任で(刷新の議案書を)出した。だから後になって(刷新プロジェクトについて)文句をいっぱい言いたかったんですけど言えなかった(笑)。

 当社はシステムなどの投資案件については、しっかりとしたリターンが得られるかを考えながら取り組んでいます。見込まれる投資効果をNPV(正味現在価値)に戻してプラスが出るかをデータで証明して、それを議案書に添付してオーケーをもらうわけです。

 今回の刷新プロジェクトでもそうしました。でもNPVがプラスに出ようが出まいが、これはやらざるを得なかった。これからの社員のためにも、JALがしっかりとした経営の基盤を持つためにも、私の代で必ずやり遂げなければという覚悟がありました。

失うものは無い。世界一の航空会社にしたいという夢と未来を見た

システム刷新は失敗が付き物です。最近の日経コンピュータの調査でも半数が失敗との結果が出ました。破綻後の再建に向けた更生計画があるなか、いざ決断するのは難しかったのでは。

 経営破綻で地獄の底まで行ったわけです。もう失うものは無い。ここから始まって、やっぱり最高の会社にしたい。まずは再建。でもそこで終わるのではなく、世界一の航空会社にしたいという夢の下、僕らはあの時期の役員(の打診)を受けたんです。その覚悟が無ければ、あの時期の役員なんかきついにきまっています。リストラの嵐の中で首謀者を務めるわけですから。

 その先に未来を、夢を見たから僕は(役員就任の打診を)受けた。刷新は未来のためには絶対に必要なことでした。あのときに責任を持って更生計画をまとめてくださった管財人の方にもしっかりと聞き入れていただき、盛り込んでもらいました。