東邦大学元准教授藤井善隆の論文捏造事件は論文193編という極めて大規模な不正のため注目を集めている。いくつものメディアで報じられたが読売新聞の記事の中で気になったものがあった。
『東邦大によると、元准教授は、05年から同大で麻酔科医師として勤務していたが、11年8月、元准教授の論文について「異なる臨床データに基づく別の論文なのに、患者数が同じなど不審な点がある」といった指摘が寄せられた。同大が元准教授に対して論文データの根拠を求めたところ、「既に処分した」などと説明、捏造は否定したという。[1]』
藤井はすでに東邦大学を諭旨退職処分になっているが、発端は昨年8月の論文捏造告発だったようだ[2][3]。しかしNHK NEWSwebや東邦大学の発表によると藤井の諭旨退職理由は
『東邦大学では去年、論文に不審な点があるという指摘が寄せられたため、この医師が准教授として在籍中に発表した9つの論文を調査したところ、8つで国の指針で定められた倫理委員会の承認を得ていなかったことが分かり、ことし2月に諭旨退職の処分にしたとしています。大学の調査に対し、医師は「論文のデータはすでに処分した」などと説明し、ねつ造は否定したということです。[2]』
要するに倫理委員会の承認を得ずに研究遂行したことが理由。捏造が理由ではない。
注目すべきなのは、藤井がデータを提出しなかったのに東邦大学が捏造を認定していない点。かなり前の発表のためデータが残っていなかったということかもしれないが、普通に読むと正当性を裏付するデータを提出しなかったのに捏造を認定しなかったということであり、東邦大学は不正の握りつぶしをしたのではないか。文部科学省のガイドラインでも生データや実験ノート等本来存在すべき基本的な要素がないことにより不正の疑いを覆せない場合は不正行為と見なされると定められている[4]。
これに関してはほとんどの研究機関で同じだ。生データや実験ノート等がないことには正当な理由がない。ベル研のシェーン、東大の多比良和誠・川崎広明、東北大学の上原亜希子など捏造をした研究者がパソコンが壊れたなどの適当な理由をでっちあげて捏造をごまかそうとすることはよくある。生データや実験ノート等が存在しないというのは捏造の有力な証拠であり、これらの不存在が証明されているのに捏造を認定しないのは不当な判断以外の何物でもない。
東北大学の井上明久の捏造事件の一つに論文に発表したデータが質量保存則を破るようなものになっていたというものがある。共同研究者の張濤氏(北京航空航天大学教授)は『2003年に帰国する際に、「韓国の運送会社に依頼して送ったが、中国・天津の港でコンテナごと海に落ちた」[5]』と発言し、データの裏付となる試料や実験ノートを紛失したと説明した。この事件は東北大学も日本金属学会も試料や実験ノートがないにも関わらず捏造を認定せず過失で処理した。組織ぐるみで不正を握りつぶした典型例だが、生データがないのに捏造を認定しないというのは、このような不当な握りつぶしのケースしかない[6]。
東邦大学の藤井に対する調査もおそらく不当な調査だったのだろう。藤井の捏造疑惑論文数は193編、彼が大学院入学以降のすべての論文で捏造の疑いが持たれている。当然、昨年8月に告発があった件も今回の日本麻酔科学会による調査対象になっている論文に含まれており、捏造の可能性が濃厚。「データがない」という藤井の発言を考えても捏造と断定してよい。
にも関わらず東邦大学は捏造を認定しなかった。これは不当な調査裁定である。東邦大学がなぜこんな不当な裁定をしたのかわからない。藤井は諭旨退職になっているが、懲戒解雇を避けるため適当な理由をつけて折り合いをつけたのかもしれない。藤井のように懲戒解雇になって当然の人が退職金をもらってしゃあしゃあと医師を続けていくのは許されるべきではない。
いずれにせよ、東北大学、日本金属学会、琉球大学、獨協医大、今回の東邦大学のように被疑者の所属機関に調査裁定を任せたのでは慣れ合いや保身等のために不当な調査裁定になることは珍しくない。
きちんと調査裁定を行う第三者機関を設置するのは必須だ。
参考
[1]読売新聞 2012.5.23
[2]NHK NEWSweb 2012.5.23
[3]東邦大学の懲戒処分公表 2012.3.12
[4]文部科学省のガイドライン 『 の 被告発者の説明において、被告発者が生データや実験・観察ノート、実験試料・試薬等の不存在など、本来存在するべき基本的な要素の不足により証拠を示せない場合は不正行為とみなされる。ただし、被告発者が善良な管理者の注意義務を履行していたにもかかわらず、その責によらない理由(例えば災害など)によ り、上記の基本的な要素を十分に示すことができなくなった場合等正当な理由があると認められる場合はこの限りではない。また、生データや実験・観察ノー ト、実験試料・試薬などの不存在が、各研究分野の特性に応じた合理的な保存期間や被告発者が所属する、または告発等に係る研究を行っていたときに所属して いた研究機関が定める保存期間を超えることによるものである場合についても同様とする。』
[5]河北新報の記事 2007.12.28
[6]これは東北大学や日本金属学会が井上明久の不正を握りつぶしたという有力な証拠。井上明久の不可解な弁明を盲目的に受理し、ただの過失で済ませた両機関の責任は非常に重い。だからこそ、Nature誌などいろいろなメディアや研究者から握りつぶしと非難されている。試料や実験ノートを出せなかった時点でルール上井上明久の捏造を認定するのが当然。