日本の子育てが大変なのはなぜ? 母親がだらしないのか? 育児不安をもたらすものは何か? 家族社会学が専門の落合恵美子・京都大学教授が、この半世紀に起きた変化を指摘する。
子育ては大変だ。
その責任と負担の重さに、育児不安や育児ノイローゼと呼ばれる精神状態に陥る母親も少なくない。しかし子育てという重要任務を担う以上、それはある程度やむをえないことだ、逃れえないことだ――という「常識」を信じ込まされてはいないだろうか。
わたしもかつてはそう思っていた。
そこで、海外調査を始めた。他の国の母親たちはどのようにしてこの問題に対処しているのか、と。
しかし、「育児不安ってありますよね?」と質問を始めようとしたとたん、つまずいてしまった。
育児不安とか育児ノイローゼという状態を理解してもらえない。
日本では子育てに専念している母親が孤立感と重圧で苦しんでいると説明しても、育児と仕事の両立で忙しくて悩んでいる例はあるけれど、子育てだけをしていて苦しいなんて聞いたことがない、という反応しか返ってこない。
アメリカでも、ヨーロッパでもそうだった。東アジアや東南アジアの国々でも。中国では、「だって子育てって楽しいことでしょう? みんな子育てがしたくて、両方のおじいさんもおばあさんも子どもの取り合いしてますよ」と笑い話になった。
そんな経験を重ねるうち、わたしの中で「常識」が逆転した。
そうだ、子育ては楽しいことだった。子育ては大変だ、とここまで思い詰めているのは日本だけじゃないか。
日本は世界の特異点なんじゃないかと。日本ではなぜこれほど子育てが大変になってしまったのか、その原因を解明することが、新たなプロジェクトとなった。
さあ、ここで考えてみよう。日本の子育てはなぜ大変なのだろうか?
「それは日本の母親がだらしないからさ」
どこからか、そんな声が聞こえてくるような気がする。