あまり馴染みのないイスラム教の空想上の生き物たちの世界
イスラム教の開祖ムハンマドは一神教をアラビア半島に導入するために、ユダヤ教やキリスト教をかなり熱心に勉強していました。
そのため、コーランにはユダヤ教やキリスト教に登場する人物や生き物が多く登場するのですが、アラビア半島や周辺地域にもともとあった伝承や神話なども取り入れていったと思われ、独特のキャラクターも様々に登場します。
今回はあまり日本人には馴染みのない、イスラム教の空想上の生き物たちをピックアップしてみます。
1. ダッバート・アルドゥ(地球の獣)
最後の審判の日に地上に現れる獣
キリスト教の聖書「ヨハネの黙示録」では、最後の審判の日に「10本の角と7つの頭を持った獣」がサタンの代理人として地上を42ヶ月に渡って支配するとあります。
同じように、イスラム教の聖典コーランでも最後の審判の日にアラーが地上に「一獣」を遣わせ、神の教えに従わなかった人々を制裁するとあります。第27章アン・ナムル(蟻)より。
82. かれらに対し御言葉が実現される時,われは大地から一獣を現わし,人間たちがわが印を信じなかったことを告げさせよう。
83. その日われは,それぞれの民族から,わが印を虚偽であるとした一群を集め,隊列に並べよう。
84. (審判の席)まで,かれらが来た時仰せられよう。「あなたがたは,(自分の)知識では,わが印を理解出来なかったのに,それらを嘘であるとして信じなかったではないか。(そうでなかったら)あなたがたは一体何をしていたのか。」
85. そして御言葉が,かれらに対し下されると,その自ら行った悪行のためにかれらは(一言も)言えないであろう。
86. かれらは気が付かないのか。われはかれらの憩いのために夜を設け,またものが見えるように昼を定めたではないか。本当にこの中には,信じる人びとへの印がある。
87. ラッパの吹かれる日(をかれらに警告しなさい)。アッラーが御好みの者の外は,天にあり地にある凡てのものは恐れ戦き,皆身を低くしてかれ(の御前)に罷り出よう。
引用元:Way to Allah
コーランでは聖書のように具体的に獣の形状について言及がないので、後世の人たちはどのような怪物が地上に現れるかを想像し、様々に絵に描いています。
イスラム教のカリフの1人、アブドゥッラー・イブン・アッズバイルは、「頭は野牛、目は豚、耳は象、角は鹿、首はダチョウ、胸はライオン、模様はトラ、臀部は猫、尻尾は羊、足はラクダ」であると述べたそうです。
2. ブラーク
預言者ムハンマドを天国に連れていった馬
ブラークという名の馬はコーランには登場しないのですが、預言者ムハンマドがエルサレムの民を導くために、一夜にしてメッカからエルサレムに向かったというコーラン第17章アル・イスラー(夜の旅)が大元と言われています。
慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において。
1. かれに栄光あれ。そのしもべを,(マッカの)聖なるマスジドから,われが周囲を祝福した至遠の(エルサレムの)マスジドに,夜間,旅をさせた。わが種々の印をかれ(ムハンマド)に示すためである。本当にかれこそは全聴にして全視であられる。
引用元:Way to Allah
どうやって預言者ムハンマドは一夜でメッカからエルサレムまで行ったのかの説明のために、ブラークという空飛ぶ馬に乗ったために可能だったのだ、というサイドストーリーが生まれました。
その後、このブラークという馬は頭が女性で尻尾が孔雀だった、というディテイルの話が加わり、さらに預言者ムハンマドの天国への昇天が夜の旅の話と結びつき、ブラークが天国へ運んでいったというお話になったとされています。
14世紀ごろからペルシャの絵画に好んで描かれるようになり、以降神の使者のアイコンとして一般的になり、彫像や彫刻、絵画のモチーフとして多く使われるようになりました。
3. ザバニッヤ
地獄の火刑を司るとされるアラーの遣い
コーランには不信者や異教徒をアラーが地獄に落とし業火で焼く描写が見られます。
19の守護天使が拷問を見守るという描写と、「天使の1人」が業火の看守とあるので、悪魔というわけではなくアラーが遣わせた天使の中の拷問担当者であると考えられます。コーラン第74章アル・ムッダッスィル(包る者 )より。
26. やがてわれは地獄の火て,かれを焼くであろう。
27. 地獄の火が何であるかを,あなたに理解させるものは何か。
28. それは何ものも免れさせず,また何ものも残さない。
29. 人の皮膚を,黒く焦がす。
30. その上には19(の天使が看守る)。
31. われが業火の看守として,天使たちの外に誰も命じなかった。またかれらの数を限定したことは,不信心の者たちに対する一つの試みに過ぎない。(それにより)啓典を授けられた者たちを確信させ,また信じる者の信仰を深めるためである。また啓典を授けられた者や信者たちが,疑いを残さず,またその心に病の宿る者や,不信者たちに,「アッラーはこの比喩で,何を御望みになるのでしょうか。」と言わせるためである。このようにアッラーは,御自分の望みの者を迷わせ,また望みの者を導かれる。そしてかれの外誰もあなたの主の軍勢を知らないのである。本当にこれは人間に対する訓戒に外ならない。
引用元:Way to Allah
コーランで特にこの拷問担当者の名前が言及されていないのに、なぜザバニッヤという名前がついているのかは諸説あり、シリア語で死者の魂や悪魔を意味する「shabbāyā」から来たという説や、シュメールやアッシリア語から来たという説もあります。
PR
4. アバービル
Image from "Menunggu Allah Menurunkan ‘Burung Ababil”" Hidayatullah
礫(つぶて)を降らせてカーバ神殿を守った鳥
奇跡の鳥アバービルが登場するのは、第105章アル・フィール(象)。
慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において。
1. あなたの主が,象の仲間に,どう対処なされたか,知らなかったのか。
2. かれは,かれらの計略を壊滅させられたではないか。
3. かれらの上に群れなす数多の鳥を遣わされ,
4. 焼き土の礫を投げ付けさせて,
5. 食い荒らされた藁屑のようになされた。
引用元: Way to Allah
570年、キリスト教を信仰するアビシニア(エチオピア)支配下のイエメンは、総督アブラハに象を含む軍勢を率いさせメッカのカーバ神殿を破壊しようとしました。
メッカ衆はなすすべなかったのですが、アラーの遣わせた鳥の大群が焼きつちの礫を大雨のように降らせ、イエメンの軍勢を追い払ったそうです。
5. ナア・アッラー(神のメス駱駝)
アッラーが不信者を試すために送り込むメス駱駝
コーランの章のいくつかに、アッラーが不信者たちを試すためにメス駱駝を送り込み、水を与えるように言うのですが、彼らは逆にメス駱駝の腱を切ってしまい、アッラーの怒りに触れて罰を与えられるという描写があります。
第54章アル・カマル(月)
27. 本当にわれは,かれらを試みるため雌ラクダを送るであろう。あなたは耐え忍びかれらを見守れ。
28. そしてかれらにラクダと水を分配し,順番に飲むよう伝えなさい。
29. だがかれらは仲間を呼び寄せ,その男は(剣を)手にとると膝の腱を切ってしまった。
30. その時のわが懲罰と戒めとがどうであったか。
31. 本当にわれは,かれらに向っかて(耳をつんざく)一声を下すと,かれらは家畜の囲いに使われる枯れ株のようになった。
引用元:Way to Allah
過ちを犯した男は、「枯れ株」のように粉々になってしまいました。
次いで、第91章アッ・シャムス(太陽)。
11. サムード(の民)は,その法外な行いによって(預言者を)嘘付き呼ばわりした。
12. かれらの中の最も邪悪の者が(不信心のため)立ち上がった時,
13. アッラーの使徒(サーリフ)はかれらに,「アッラーの雌骼駝である。それに水を飲ませなさい。」と言った。
14. だがかれらは,かれを嘘付き者と呼び,その膝の腱を切っ(て不具にし)た。それで主は,その罪のためにかれらを滅ぼし,平らげられた。
15. かれは,その結果を顧慮されない。
引用元:Way to Allah
滅ぼし、平らげられたって描写が怖いですね。アッラーの不信者に対する情け容赦なさが伝わって来ます。
6. イブリス
アダムに伏するのを拒否し天国から追放された悪魔
イブリスはイスラム伝説で語られる代表的な悪魔です。
その語源はアラビア語の「悲しみ」や「絶望」から来ている説や、ギリシア語の「ディアボロス(悪魔)」から来ている説など諸説あります。
イスラム教の伝説では、アッラーが最初の人間であるアダムを作った後、他の天使たちがアダムに対しひれ伏したのにも関わらず、イブリスのみはひれ伏すのを拒否し、それをアッラーに咎められ天国から追放されたとされています。
天国から追放された堕天使というところはキリスト教のサタンやルシファーに似ていますが、異なるのは彼らが神に対し敵対するのに対し、イブリスはアッラーの権限の元で甘言を使って人間を神の道から惑わす、小悪魔的な役回りです。
コーランでは特に名前が言及されていませんが、代わりにシャイターンという名前の悪魔が出てきて、シャイターンはイブリスと同一視されています。第7章アル・アアラーフ(高壁)より。
19. (それからアーダムに仰せられた。) 「アーダムよ,あなたとあなたの妻は楽園に住み,随所であなたがた(の好むものを)食べなさい。只この樹に近付いて不義を犯してはならない。」
20. その後悪魔〔シャイターン〕はかれらに(嘱?)き,今まで見えなかった恥かしいところを,あらわに示そうとして言った。「あなたがたの主が,この樹に近付くことを禁じられたのは,あなたがたが天使になり,または永遠に生きる(のを恐れられた)からである。」
21. そしてかれは,かれら両人に誓っ(て言っ)た。「わたしはあなたがたの心からの忠告者である。」
22. こうしてかれは両人を欺いて堕落させた。かれらがこの木を味わうと,その恥ずかしい処があらわになり,2人は園の木の葉でその身を覆い始めた。その時主は,かれらに呼びかけて仰せられた。「われはこの木をあなたがたに禁じたではないか。また悪魔〔シャイターン〕は,あなたがたの公然の敵であると告げたではないか。」
23. かれら両人は言った。「主よ,わたしたちは誤ちを犯しました。もしあなたの御赦しと慈悲を御受け出来ないならば,わたしたちは必ず失敗者の仲間になってしまいます。」
24. かれは仰せられた。「あなたがたは落ちて行け,あなたがたは互いに敵となるであろう。あなたがたには地上に住まいと,一定の期間の恵みがあろう。」
25. かれは仰せられた。「そこであなたがたは生活し,死に,またそこから(復活の時に)引き出されるであろう。」
引用元:Way to Allah
みなさんご存知、アダムとイブのエデン追放の原因が悪魔シャイターンというのがコーランの伝承です。ただし、イスラム教ではこれも神の想定の範囲内の行為であり、エデンを出ていっても「住まいと恵み」があり、「復活の際にエデンを回復する」とあります。そういう点で、アッラーのほうがキリスト教の神より優しいとはいえますね。
7. クァレーン
人の心の中にある弱さを擬人化した存在
クァレーンもまたイブリスと同じくコーランには名前はなく、悪魔シャイターンと同一視される存在です。ただし、イブリスは外部から人間を誘惑する存在であるのに対して、クァレーンは人間の心の中に存在する「神の道に背いてしまう心の弱さ」を表す存在です。第43章アッ・ズフルフ(金の装飾)より。
36. 慈悲深き御方の訓戒に目を瞑る者には,われはシャイターンをふり当てる。それは,かれにとり離れ難い友となろう。
37. こうして(悪魔は正しい)道からかれらを拒む,しかもかれらは,自分は(正しく)導かれているものと思い込んでいる。
38. われの許にやって来る時になって,かれは,「わたしとあなた(悪魔)の間に,東と西の隔たりがあったならば。」と言う。ああ何と悪い友(をもったこと)よ。
39. あなたがたは悪を行っていたのだから,今日となっては何をいっても役立たない。あなたがたは皆懲罰を受ける。
引用元:Way to Allah
アッラーの教えを受けているにも関わらずそれに従わない場合、アッラーが遣わせた悪魔クァレーンが心を掴み、最後の審判になって後悔することになる、と描かれています。
8. イフリート
イスラム伝説で代表的なジン(妖怪)の一種
アラブの伝説では、人に見えるが人ではない妖怪や妖精のような存在は「ジン」と言います。ディズニー映画の「アラジン」はアラビア語の冠詞ALを付けた「al-jinn」から来ています。
ジンにも色々種類があるのですが、イフリートはジンの一種で、「殺害された被害者の犯人に対する怨念や恨みに引き寄せられた死霊」であるそうです。邪悪で無慈悲で血に飢え、ジンの中でも強力なヤツです。もし出くわしてしまったら、イスラム教徒の場合はイスラムのの祈りをすれば、キリスト教徒であれば十字架を突きつけると消えてしまうのだそうです。
スンニ派の伝承書「サヒーフ・アル=ブハーリー」によると、イフリートは預言者ムハンマドの礼拝を妨害しようとしますが、逆にムハンマドによってやっつけられて弱々になってしまいました。ムハンマドはイフリートを柱に縛り付けて、皆の前で晒し者にしようとしたのですが、ソロモン王の金言(何かは不明)を思い出し、イフリートを逃してやったそうです。
PR
まとめ
キリスト教に共通するものもあれば、コーラン独自のものもありますが、キリスト教は悪魔が神と敵対し人を堕落させようとするのに対して、イスラム教では悪魔は神の指示の元で人を正しい道から外そうとしているところが興味深いです。
ジンのような「悪霊」「幽霊」の概念はイスラム教以前の多神教の時代から息づいてきましたが、キリスト教は旧来の神様たちを善悪のうちの悪のほうに押しやってしまいましたが、イスラム教は昔の信仰をアッラーの配下に組み込んでしまいました。
そういう意味でイスラム勢力の各文化や勢力へのインテグレーションの仕方は、キリスト教よりは穏健だったのかもしれないと想像されます。
参考サイト
"Menunggu Allah Menurunkan ‘Burung Ababil”" Hidayatullah