挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
キミと夏の終わり 作者:こっけ~
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
1/1

プロローグ:一緒に帰ろう



プロローグ:一緒に帰ろう









―――もう、キミの姿は見えない。
それでも私は電車のドアに頭を押し付けたまま、しばらく外を見ていた。
「・・・・・・ありがとう」
この場にはいないキミに向けられた感謝の言葉は、誰も乗っていない列車の中で少し響き、そしてすぐに雑音にかき消された。
朝の日差しを浴びながら眠っている家々が、ものすごい速さで車両の外を流れていく。
私は目を閉じた。そして、たくさんのことを思い返す。
車内のアナウンスが、まもなく次の駅に着くことを伝えた。
でも私が目指す街はもっと先。券売機の上にある路線図にだって載っていない、遠い遠い街。
目的地に着くまで何度も乗り換えなくてはならないけど、私は家族と一緒の車に乗らなかったことを後悔していない。
後から一人で行かせてほしい、という私を応援してくれたお母さんには感謝している。
「この子はもう大人なんだから大丈夫です」と言って、お父さんを説得してくれた。
そのおかげで私は、今こうして電車に乗っている。
電車が減速して、駅に着いた。けれど、日曜日の始発であるこの列車に乗ってくる人は誰もいない。
さて、いつまでも立っている必要はないし座ろうかな。私はドアのすぐ横にある席に座る。
今、止まっているこの電車の中は恐ろしいほど静かで、まるで時間まで止まっているようだ。
私はふと、キミに初めて出会った時のことを思い出した。





出会いはふっとした瞬間だった。

「一緒に帰ろう」

本当に突然だった。
それは今から一年前、入学式の翌日。私が高校からの帰り道の交差点で、信号を待っている時だった。
私は不意に背後から話しかけられ、びっくりして後ろを振り向いた。
「あ、驚かせちゃった? わりぃな。んで、一緒に駅まで行かない?」
私に声をかけてきた人―――キミはそう言った。
私と同じ青陽学園高校のブレザーを着た、自転車を押している男の人。私はこの人を知らない。
「あ、えっと、その」
突然話しかけられたので、私は頭が混乱して言葉に詰まってしまった。私はとても人見知りなので、初対面の人と話すことに慣れていないのだ。
彼は、どうしたのかな? といった感じの顔で私を見ていた。
「あ・・・・・・あの、だけどボク、電車だよ?」
私は会話の時の一人称に”ボク”を使う。私の尊敬している人が使っているのを真似して以来、すっかり馴染んでしまった。
ともかく私はなんとか声を出しながら、彼が押している自転車を指差した。
私は通学に電車を利用している。だけど彼は自転車を手で押していた。だから帰り道が違う、と私は言いたかったのだ。
「ん? ・・・・・・あ、そういうことね。大丈夫、俺もどうせ駅は通り道だしさ」
どうやら彼は私の不十分な言葉とジェスチャーを理解してくれたらしい。
思ったことを上手く伝えられない自分が恥ずかしくて、照れくさくなった私は手に持っていたかばんで顔を隠した。
「俺ん家は波野にあるんだ。だから線路沿いの道をチャリで1時間弱くらい。君ん家は?」
彼がそう質問したので、私はかばんの取っ手の部分から覗いて答える。
「ぼ、ボクの家は桜木町だよ。・・・・・・ねぇ、1時間もかかるのに、どうして電車で来ないの?」
私は素朴な疑問を彼にぶつけた。波野にも電車は通っているのに、なぜ彼が1時間もかけて自転車で通学するのかわからなかったのだ。
「あぁ、それね。うん、ぶっちゃけ俺ん家貧乏なんだ。だから電車代節約ってわけ。ほら、自転車も近所の人のお古だからぼろぼろだろ?」
彼はそういって自分の自転車をポン、と叩いた。言われてみれば確かに、年季の入った自転車だ。ところどころ錆びついている。
「はわわ、そ、そうなんだ・・・・・・」
私は言葉を失ってしまった。彼にもいろいろ事情があるということを何で考えなかったんだろう。私ったら何も考えずに訊いて・・・・・・。
でも、ごめんね、というのもまた違う気がした。彼は全く気にしていないようだし、むしろ謝る方が失礼だろう。
「まぁ立ち話もなんだし歩きながら話しますか。さっきから2回も信号青になってるしね。早く渡らないとまた赤になっちゃうよ」
「そ、そーだね」
彼が自転車を押して歩きだしたので、私も歩き出そうとした。その時
「あ、信号が赤に変わっちゃう!」
歩行者信号が点滅し始めたのが見えたので、私は咄嗟に駆け出そうとした。しかし
「危ない!」
私は手首を掴まれ、後ろへ引き戻される。
支え手を失った自転車がガシャン、と音を立てて倒れた。
それと同時に目の前を通り過ぎる、一台の車。
「ふぅ、危ないとこだった・・・・・・」
彼は私の手を離して、倒れた自転車を起こす。
もし彼が私の手を引っ張ってくれなかったら、私は車にひかれていたかもしれない。
そう思うと、今更ながら背筋が凍った。
「もう、そそっかしいなぁ。ちゃんと車見なきゃダメだろ? でも無事でよかった」
彼は優しい笑顔で私を見ていた。
「ごごごめんなさいっ!!」
「謝ることなんかないよ、別に悪いことしたわけじゃないんだから。こういう時は『ありがとう』って言うのさ」
私が頭を下げると、彼はにこやかにそう言った。そっか、『ごめんなさい』じゃなくて『ありがとう』って言うのか。
「そ、そっかー・・・・・・。じゃあ、えっと『ありがとう』!」
「はは、どうしたしまして」
彼はとてもいい人だ。私はこのやりとりで確信した。
信号が赤になってしまったので、私たちは再度青になるのを待つ。彼は車用の信号を見ていた。どうやら信号が変わるタイミングを図っているようだ。
「よし、渡ろう!」
車の信号が赤になり、彼が進もうとする。しかし
「あ、ちょっと待って!」
今度は私が彼を引き止めた。その時つい彼の手を掴んでしまって、私は恥ずかしくなり急いで手を離した。
「ん、どうしたの? 車の信号、赤になったよ?」
「う、うん。でもほら、あれ・・・・・・」
「・・・・・・あ」
彼は私の指差した方向を見て、そして理解した。車用の信号機には矢印が付いていて、今再び黄色に戻っていた。私たちの前の歩行者用信号は赤のままだ。
「なるほどね。人にさっき注意したくせに・・・・・・。わりぃな」
後ろ髪をがしがしと掻きながら、頭を軽く下げる彼。そんな彼を見て私は
「いいよ、別に悪いことしたわけじゃないんだしー。こういう時は『ありがとう』って言うんだよー!」
私は微笑みながら、さっき彼が言った事を繰り返した。
彼はそれを聞くと、目を少し大きく見開き、少し固まっていた。そして
「・・・・・・はは、そうだったな。『ありがとう』!」
「あはは、これでおあいこだねー」
私たちは二人で笑いあった。





<次は中川球場前~、中川球場前~>
車内アナウンスで、私は回想の世界から呼び戻された。
いつの間にか何駅も通り過ぎていたみたいだ。豊徳駅は、この路線の最後の場所にある。
それにしても、キミとの出会いは本当に鮮明に覚えていた。もう1年以上前のことなのに、まるでつい最近の出来事のようだ。
高校が始まって2日目が終わり、クラスメイトたちは仲良くなり始めていたけど、その時の私は人見知りな性格のせいでまだ誰とも話せていなかった。
だからキミが話しかけてくれて、私は照れくさくてあまり顔を見て話すことができなかったけど、本当にとても、とても嬉しかったんだよ?
交差点を渡った後も、私たちはいろんな話をしながら駅へ向かった。
約10分かかる学校から駅までの距離も、あっという間に過ぎていった気がする。
話の中で何よりびっくりしたのは、彼が私のクラスメイトだということだった。
「マジで俺のこと見覚えないの?」
という彼の問いに私が「ごめんなさい」と答えると、少しすねたような表情をしていたのを覚えている。そして
「仕方ないなぁ。じゃあもう一回自己紹介するよ」
彼は私を向いて、言った。

「出席番号22番、中田 翼。好きなことはサッカーと寝ること! よろしくな!」

中田 翼。それが彼の―――キミの名前。でもその時は、全く予想もしなかったんだ。
これから何度も何度もキミの名前を呼ぶようになることを。
これから何度も何度もキミの横で、一緒に笑い合うことを。
8月31日。今から私は、キミの住むこの街を離れる。
次にこの街へ戻ってくるのはいつになるかわからない。
でも、私は信じている。キミと、翼と絶対また会えるって。だって”約束”したのだから。
では最後に私の自己紹介を。私の名前は日向ひゅうが あおい、高校2年生。
この物語の主人公で、語り手。





続く


評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
感想を書く場合はログインしてください。
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。