生命のメッセージ 悪しきことが良き芽となり 良きことが悪しき芽となる 日本はいま、大きな転換期に差し掛かっている。 強きもののみが生き残る世界から共生の世界へ、 目に見えるものだけの世界観から 精神的な世界観へ-。 今回はコーヒーミルクの「スチャーター」で有名な めいらくグループ代表の日比孝吉氏をお迎えし、ともに信仰に導かれた半生について、語り合っていただいた。(月間「致知」より転載)
日比孝吉-ひび・たかよし 昭和3年静岡県生まれ。21年高校卒業後、行商・露天商を開業。27年名古屋製酪を設立し、同年専務取締役就任。46年社長就任。平成15年からめいらくグループ代表兼CEOに。 村上和雄-むらかみ・かずお 昭和11年奈良県生まれ。38年京都大学大学院博士課程修了。53年筑波大学教授就任。遺伝子工学で世界をリードする第一人者。平成11年より現職。著書に「心の力」(共著・愛知出版社)ほか多数。
いいが悪い、悪いがいいになります 村上 日比さんはコーヒーミルクの「スジャーター」で有名なめいらくグループを一代で築かれた経営者ですが、私にとっては同じ信仰しているという意味で、道を同じくする先輩であり、人生を教えてくれる先生のような存在だと思っているんです。 日比 とんでもない(笑)。年に何度か村上先生とお会いする機会をいただいていますが、その都度私のほうが教えられています。 村上 実は私は昨年、ちょっとした逆境にありましたが、ある会合で日比さんに言われた一言に救われたんですよ。「節から芽が出ます。いいが悪いがいいになりますよ。」と。 日比 非難する人を拝みなさいとも申し上げました。あれから何も言わなくなったでしょう。 村上 はい。急に何も言われなくなりました。 そういう境遇にある時にパッと一言で、しかもタイミングよく言ってくださってね。なかなか言ってくださる方がいませんから、人生の師だなと改めて思いました。恩人ですね。 日比 「好事魔多し」と言いますが、先生の最近のご活躍が素晴らしいですからね。神様が先生を長生きさせたいから教えられたのではないですか。 村上 この辺でもう一度気を引き締め直せと(笑)。 日比 良きことが悪しきことの芽となり、悪しきことが良きことの芽になる。天理の教えは宇宙の摂理で、宇宙はすべてバランスです。それで宇宙は成り立っているのです。 村上 いつも日比さんにはこのようにお導きいただいていますが、最初の出会いというと……。 日比 十年以上前になりますね。生命保険会社の主催で先生が名古屋に講演にみえましたでしょう。その時、秩父セメント(現・太平洋セメント)の諸井虔(もろい・けん)さんから五億円もらった話をされて、私は感動したんですよ。 村上 諸井さんと出会ったのは、私がレニンの遺伝子暗号の解読に携わっていた時でした。 経済同友会に呼ばれ一時間半ばかりお話ししましたが、その場に諸井さんもいらっしゃって、会が終わったら呼ばれたんですね。 そして「君が一番困っているものは何だ」と聞くわけです。「研究費です」と答えたら、「いくらあったら研究に専念できますか?」というので、「一年で一億、五年で五億円です」と。諸井さんはしばらく考えた後、「わが社で出しましょう」とおっしゃったのです。 日比 そのお話を聞いて、この先生は一時間半で五億円の価値がある人なんだと思いました。 それから先生のビデオや講演のテープを取り寄せて勉強させてもらうようになったんです。 村上 いや、あの時は私もビックリしました。お金をもらう気は全然なかったから。もし、もらう気だったら「一千万円くらいでしょうか」なんて卑屈になっていたと思います。 五億円出すと言われた時、私はこう申し上げたんです。「喜んでいただきます。五億円私に預けてもらったれ、基礎研究で素晴らしい成果を出してみせます。しかし御社には何のメリットにもならないかもしれません。それでもいいんですか」と。諸井さんは、「それでもいい」とおっしゃる。「先生、日本のためにやってください」と言われましたね。 当時、国から支給される教授の一年間の研究費は、百万円程度で到底足りませんから、持ち出し持ち出しで、実は私はその時借金を抱えていました。でも若かったから、良い研究をしていればお金は後からついてくるんだと言っていました。しかし、なかなかついてこない(笑)。そういう切羽詰っていた時に諸井さんに出会うんですね。 日比 確か、その日が天理教の教祖の中山みきさんと縁のある日だったとおっしゃってましたね。 村上 はい。だから私にとっては二重の喜びで、神様が、できない子どもが一所懸命頑場っている姿を見て、たすけてくれたんだなと感じました。
自分が出した分しか入ってこない 村上 もう一つ、私が日比さんを恩人というのは、無臭にんにくのサプリメント「アホエン」(旧・蓬莱)を送っていただいていて、あれが私の健康の秘訣だと思っているんです。 日比 にんにくを無臭にするために、バイオ技術を駆使して油と混ぜると、アホエンというぶっ室ができるんです。これが血圧にもいいし、血液をさらさらにする働きがあるといわれています。また、アルツハイマーの進行の防止や脳卒中の抑制、ピロリ菌に対する抗菌作用、心臓に活力を与える効果もあるといわれているんです。 四十歳以上の方は送料のみで半年間無料でお送りし、その後、千八百円の年会費をお納めいただくと、一年間継続してお送りしています。はじめは二十人ばかりのお得意様からスタートしましたが、現在は約三十八万人の方へお届けしております。百万人を目指してやっておりますので、まだ道半ばですけれども。 村上 完全にボランテイア、奉仕ですよね。 日比 小売すると三百八十億円ほどの市場価値があると言われていますが、あくまでもアホエンは、めいらくの会社宣伝と国民の健康管理のお手伝いです。天理教と縁のありました松下幸之助さんも「メーカーはいいものを人に知らしめる義務がある」と言っています。 村上 普通、節税対策や社会的信用のためにボランテイアや奉仕をする企業はよくありますが、日比さんの場合、すべてが自身の思想であり信仰です。アホエンの配布もそうですが、なかなかできることではないですよ。 日比 なにしろ人間は前世の借りがありますからね。因縁も出てきます。その借りを少しでも埋める意味で奉仕するのです。奉仕はどこまで行っても切りがないですね。結局、人も企業も自分が出した分しか入りませんからね。そうじゃないですか?大きく出さなきゃ大きく入らないのです。 村上 出すほうが先ですね。 日比 赤ちゃんも生まれた瞬間、「オギャー」と泣いて、まず息を吐く。それから吸って吐いて、吸って吐いてを繰り返します。吸いっぱなしも出来ないし、吐きっぱなしもできない。やはりこれもバランスなんですね。 村上 生物の進化の歴史では、これまでは強気ものが弱きものを倒して生き残ってきたとされてきました。 ところが、最近進化生物学という分野があって、コンピュータを使ってシミュレーションできるんですね。そうすると他の生物から奪うだけ奪って溜め込むだけの「やらずぶったくり」のような生き物は、一時的には栄えるのですが、そういうもの同士が食い合いをして、結局は滅んでしまうらしいです。ずっと残ってきた生き物は、いただく時はいただくんだけど、適当に自分も出している。要するに日比さんがおっしゃるように、バランスが取れているんですね。それは長い生物の歴史から見てもあてはまっていることなんです。
因縁を悟り、因縁を消していく 日比 やはり私は人間の幸せはバランスだと思いますね。だから困ったことが多いのは、人生の借金があるのです。要するに、自分が恩を受けてばかりでお返ししていない。 よく過去は変えられないといいますが、天理教では過去を変えなければ未来はないといいます。過去の因縁を悟り、今日の行動によって因縁を消していく。 結局、人間は前世通ったとおり、因縁どおりに出来事が起こり、それに相応しい家柄に生まれてくるのです。 村上 普通の人は、自分にとって不都合が生じたらたまたまそういう境遇にめぐり合ったと思ってしまう。なぜ俺がこんなひどい目に遇わなければいけないんだ、と。要するに、前世の因縁や自分の親、祖父母の因縁だと理解できないんですよね。だから苦しむのです。 日比 何かあったら、前世や祖先にみんな原因があります。それを懺悔し、奉仕するのです。申し訳なかったとお詫びして、人を助けたり奉仕したりすると自分の運命は変わります。これを天理教では「たんのう」する、といいます。 村上 「たんのう」は出来事をありのまま受け止めると置き換えられるでしょうか。そうなる原因を自分は知らないが、前世の因縁なのだろうと思って受け入れ、お詫びし、感謝する。 日比 「たんのう」すれば前世因縁は抹消すると言っています。 「たんのう」とは要するに、バカになれ、アホになれ、素直になれ、ということです。世間一般に言うバカとかアホというのとは違いますよ。天理教の教えは分かろうと思ってはいけない。守るべきものであると。そして、自分のレベルで考えず、教えの道を素直に歩きなさいということです。素直になれば宇宙の摂理に帰依できます。 村上 教えで大切なことは親孝行です。 日比 親孝行は神への孝行ですからね。 村上 実は今年ブラジル移民百周年で、私も先日行ってきたのですが、現地では日系人が非常に評判がいいんですね。日系人はよく働くし、嘘をつかない、勤勉であると。 その根本には、やはり一世の存在があるんですよ。一世は夢を抱いて海を渡りましたが、半分奴隷のような扱いを受け、少し地位が向上したところで第二次世界大戦です。敵国人ですから刑務所に入れられる人もいました。そして敗戦。ほとんど出稼ぎをしながら、一世二世の人たちは自分の子どもや孫に思いを託し、骨を削る思いで大学や上級学校へ進ませた。 そうやって育てられた人たちがいまブラジルの中で大変活躍しています。人口比で見ると日本人は一㌫以下ですが、南米で最も難関といわれているサンパウロ大学は日系人が十五パーセント占めているんです。 そして彼らが必ず言うのが、いまの自分があるのは親のおかげだと。親が飲まず食わずで自分たちをさだててくれて、本当に苦労して学校に通わせてくれたといいます。 ブラジルにはそういう親子の麗しい関係がのこっているんですね。いま日本ではそういう感情が薄れてしまって、大学に行かせてくれたと感謝している学生は少ないと思います。そのあたりが日本の現在の乱れの元になっているのではないかと感じますね。
天に貯金をする 日比 私は親のためにと思って行えば、すべて順序がついてくると思っています。これは真理でしょうね。実際、私の人生がそうでした。特に私はおふくろさんのためになんとかしなきゃいかんという思いで仕事に取り組んできました。だから天理教の土台は教祖・中山みき、愛町分教会の土台は初代・関根豊松、めいらくグループの土台は日比きくの。母がいなければ、いまのめいらくはないと思っています。 村上 どのようなお母様でしたか。 日比 母の生家はもともとは旗本の出でしたが、時代が明治に変わると武士の商売でうまくいかず、貧しい暮らしをするようになりました。 それでうちのおふくろさんは、親きょうだいがみんな体が弱かったから自分が出稼ぎで働いて家を支え、お嫁入りの時に初めて化粧をしたという孝行者でした。だから私のことを親思いだとおっしゃってくださる方もいるのですが、それは母の流れを受け継いでいるのです。 終戦の頃、我々は食べるものがなかったでしょう。普通は売り乞いといって、自分のものを売って米と換えたのですが、私の家には売る物すらありませんでしたから、毎日箸も立たんようなすいとんを食べていました。ところが、母はそれすら食べないで家族が食べるのを見ている。それで余ったら食べるのです。要するに、命懸けでお勝手をやっているわけです。 もちろん母はそんなことを口にしませんが、以心伝心で伝わりますよね。だから私は親のために、母のためにと思って生きるようになりました。 村上 確か、日比さんのところは、もともとご両親が天理教の天理教を信仰されていたんですよね。 日比 はい。 村上 うちの家庭環境も似ているんですよ。うちもきょうだいが多くて、修学旅行に行けるか行けないかというくらい貧しかった。そして両親と祖母も天理の信仰に熱心で、常々「天に貯金しなさい」と言っていました。 日比 「天に貯金する」というのは、私も大好きな言葉です。 村上 でも、子どもの頃は「天の貯金」と言われても分からない。天の貯金より自分の貯金のほうがいいなと。(笑) 「天の貯金は何に使うの?」と両親や祖母に聞くと、うちも貧しいけど、世の中にはもっと貧しい子どもたちがいるんだと。学校に行けないどころか、飲まず食わずの子どもたちが世界には何億人もいる。天の貯金はそういう子どもたちのために使うんだよと教わりました。だから、神様の御用に使うのが天の貯金だというわけです。 そういう家庭で育ちましたから、私も若い頃から少ないながらも天に貯金してきました。そうすると、ある時、不思議な出会いがあったりするんですね。 日比 不思議な出会いと言えば、先ほどの諸井さんもそうですが、ご講演の中でドイツのビアホールで京都大学の先生とばったり会って、それでレニンの研究が一気に進んだとおっしゃっておれれましたでしょう。あの話は印象的でした。 村上 我々筑波大学のチームがヒトの遺伝子を入手できていない時、ハーバードもバスツール研究所も、もう八割方解読してしまったという情報が入ったんです。真実かどうかを確かめるため、パリのパスツール研究所に飛んだら、向こうの研究員が、「お前のところは、もう挽回不可能だから、諦めてサルの研究でもやれ」という。 さすがに私も途方にくれて、ドイツのビアホールで飲んでいたら、偶然、顔なじみの京都大学の中西重忠教授が入ってこられた。中西先生は遺伝子工学の世界的な学者で、「今回はパスツールにやられました」と事情を説明したら、「暗号を読んだのは、まだ八割にすぎないじゃないか。自分が全面的に協力するから諦めるな」と。 日比 そこから一気に大逆転したわけですからね。 村上 あの時は、ずっと貯蓄してきた天の貯金が降りてきたのかもしれないと思いましたよね。 またうちの祖母は、終戦直後で海外旅行なんか夢のまた夢の時代に、「和雄は将来必ず海外を飛び回るような人物になる」と言っていたんです。その頃は、うちのおばあちゃん大丈夫かなと思っていましたけど。(笑)結果的に私は世界中を飛び回るようになりました。 だから私も、いまがあるのは祖母や両親の教えのおかげだと思っているし、信仰のおかげであると思わざるを得ない不思議なことがいくつもある。本当に天の貯金をしてきて良かったなあと思います。まあ、何しろ天の銀行はつぶれませんからね。市場銀行と違って(笑)。
親のために動けば、順序はついてくる 日比 私が高校卒業後に浜松で露天商を始めたのも母のためでした。露天商はその道の親分の許可がないと道で売れません。あの頃は戦後の動乱期で、仕事はないし、引揚者はたくさんいるし、露天商をやろうと思って戦闘帽をかぶった兵隊がずらーっと親分の事務所の前に並んでいる。だけどみんなダメだったとうなだれて出てくるんです。 私の番がきて入っていったら、「おい、日比じゃないか」と声をかけられました。 村上 知り合いがいたのですか。 日比 たまたま高校の先輩がいたのです。「先輩はなぜここにいるんですか」と聞くと、「俺の姉さんが親分の奥さんだ」と。それで「お前、明日から来い」ということになったんです。 それからタバコを仕入れて売ったりするうち、ある時仲間にアイスキャンデー屋をやらないかと言われました。私にしてみれば、「アイスキャンデイーって何ですか?」というものだったのですが(笑)、強くすすめられたので始めたら、これがバカ当たりしましてね。 村上 へえ!それはすごい。 日比 アイスキャンデイーは原料に牛乳を使います。その縁で、今度はつぶれそうな乳業会社を買ってくれと頼まれました。それが現在めいらくの中核である名古屋製酪です。 だから、親のために動いていると、こちらから求めなくてもついてくるんですね。 コーヒーミルクの「スジャータ」もそうでした。いまうちの工場はロングライフという特殊な殺菌技術を行える機械の保有が世界一なんですよ。牛乳は一週間で腐ってしまいましたが、この技術は防腐剤を使わずに無菌で二ヶ月保てるようになったんです。 この技術を用いて、日本で初めてパッケージに入ったコーヒーミルク「スジャータ」が誕生しました。 村上 確か、一日に一千万杯使われていると。 日比 日本中で一日に出るコーヒーが三千万杯といわれていて、スジャータは全国シェアーの三十㌫を占めていますから、約一千万杯は出ているでしょうね。 スジャータも最初に売り込みがあった時は、別の技術開発に取り組んでいたので一度断ったんです。ところが自宅に祀ってある神様にお参りしていた時、なぜかそれが頭にちらつくので、導入してみたら空前の大ヒット商品の開発につながりました。ああ、これは神様に引っ張られたなとつくづく思います。 村上 私はすごいなと思うのは、日比三の場合、思想や信仰を個人だけでなく会社経営や人材育成に用いて、きちんと結果を出していらっしゃるところです。来月号ではその辺りのお話を詳しく聞かせていただきたいと思います。
後編 なってくるのが天の理 撒いたる種はみな生える
商売のコツは相手に好かれること 村上 前回はご自身の天理教に対するお考えをお聞かせいただきましたが、今回はそれをどう経営に活かされているかをお聞かせただければと思います。 やはり企業は人を育てることが非常に大切ですよね。もちろん我々も大学で若い人を育てていますが、日比さんが育成の面で心がけていらっしゃることはありますか。 日比 おっしゃるとおり人材教育は大事です。しかし私どもには育てる力がありませんから、結局は天理教の修養科ということになります。 村上 社員さんに天理教の修養科に行ってもらうと。 日比 はい。いまめいらくグループには三千人くらいの社員がおりますが、そのうち千人ばかりが天理教の三ヶ月の修養科に行っています。修養の費用は会社が持って、その間の給料も払って行ってもらっているんです。(笑) 村上 しかし宗教というものは、特に会社ではやりにくいものだと思うんですよ。 日比 修養科に行ってくださいと言うと、みな「嫌だ、嫌だ、もう辞める」とか「信教の自由がある」とか大変な騒ぎです。でも、行って帰ってくると、「もっと早く行けばよかった」と必ず言ってくれます。まあ、それも不思議なことですね。説明のしようのない世界ですから、天理というのは。 おかげでいまは、会社の中で天理教の用語が飛び交うようになりました。(笑) 村上 だから幹部のほとんどの人は、精神的に日比さんと同じ方向を向いていらっしゃるんですね。 日比 一番の修養はお手洗いの掃除ですが、うちの会社のお手洗いの掃除はみな社員で行っています。営業の者はお得意様の掃除もやらせていただいていますが、もう何十万軒という記録が残っています。 最初は叱られるんです、余計なことをするなと。だけど本気でやるものだから、そのうちに「すごいな」と、こう変わって来ます。 やはり買ってもらわなければ企業は成り立ちませんから、そのためにはお得意様に好かれなければいけません。好かれるためにはお手伝いをする。お手洗いの掃除をしたり、庭を掃いたり、蛍光灯やガラスを拭かせていただいたりする。 そんなことは先方にお客様がいたら出来ませんから、閉店してから行くわけです。こんな夜遅くにうちのために来てくれたとなれば、やっぱり好かれますね。 松下幸之助氏の有名な言葉に「経営のコツここなりと気づいた価値は百万両」というのがありますが、なんと言っても商売のコツは相手に好かれること。決して百円のものを八十円に値下げすることではないのです。
「け」よりも「か」が尊い 村上 商売のコツという点では、前に日比さんは「儲けるのと儲かるのとでは違う」とおっしゃっていますね。 日比 儲けたものは、結局は落ちて行きます。施したものが入ってくるのが「儲かる」です。 村上 儲かるほうがいいわけですね。 日比 「け」と「か」の違いですが、「か」のほうが結果的には尊いです。一所懸命努力して、喜んでもらった答えが「か」ですから。 村上 儲けよう、儲けようと思ったらダメだと。しかし、いまはなるべく労を少なく、儲けを多くという世相ですよね。 日比 天理の教えに「十働いて、八もらって、六使え」という言葉がありますが、いまは六働いて、八もらって、十使う世の中です。月賦ですね。(笑) 要するに、高く買って安く売る。商売はこれに尽きます。いいものを仕入れ、自分の我利を入れずに安く売る。逆に安く仕入れて高く売ると、商売はうまくいきませんね。 経営は利益を上げることが至上命令ですが、大きく言えば神様の教えどおりに運営すれば大体うまくいくと思いますね。それは天理の教理でも仏教でもキリスト教でも何でもいいと思いますが、やはりロイヤリテイーを払わなければいけない。それが奉仕、お尽くしです。だから、優秀な企業が急におかしくなるのを見ていると、ちょっとそれが足りないのではないかと思います。 村上 教えのとおりやれば利益は上がると。 日比 天理教は社会と裏腹だといいます。いま原価が高騰して大変でしょう。例えば建築業界なら鋼材がが値上がりの上、耐震性の問題から審査が長くなって、もう倒産、倒産と。我々のお得意先である大手レストランも大変な赤字で苦しんでおられます。 ところがうちは、おかげさまでグーンと売り上げが伸びているんですよ。 村上 ああ、めいらくさんはいま伸びていらっしゃる? 日比 セブンーイレブンさんからローソンさん、ヨーカドーさんをはじめ、みなさんにうちの商品を取り扱っていただいています。 それというのも、うちの商品はパッケージにしてもポリ、紙、ポリ、アルミ、ポリの五層でできているから非常に安全性が高いのです。 また無菌だから品質に変化がないんですね。前回もお話しした当社のロングライフという特殊な殺菌技術を行う機械を使うと無菌にすることができて、これで防腐剤を入れなくても二ヶ月間腐らない牛乳をつくることができます。 だから品切れ、品切れで、お詫びしています。(笑) 村上 それはすごいですね。 日比 はい。洋菓子業界は十二月はクリスマスのために土日なく働くというでしょう。だから今年の夏場はうちも社員全員一致団結して頑張ろうということで、自主的に無休で通しました。ですから、この不況といわれるいま、創業六十二年の中で最高の忙しさです。
バランスが崩れるのは自分に負けた時 村上 今年でもう創業六十二年になられますか。 日比 はい。前回お話したとおり、露天商を始めたのが昭和二十一年ですから今年で六十二年、名古屋製酪を創業してからは五十六年目にあたります。 村上 その間、一番厳しかったのはいつ頃ですか。 日比 はっきり申し上げますと、ずっとです。永久ですね。 やはり経営の心というものは、真っ赤な焼け火箸を素手で百回握るくらいの経験を経ないと、なかなか分からないものですね。 村上 それは、“死ぬ思い”ということですか。 日比 昔はストライキと破産の洗礼を受けないと一人前の経営者にはなれないと言われました。 ストライキは、給料を支払っている社員に「お前の経営は間違っている」と突きつけられ、激しく反対されるわけです。破産というのは、借金取りは来る、暴力を受ける、皆の前で罵倒され恥をかかされる。これはもう地獄の苦しみです。 でも、先生もそうじゃないですか。命懸けで研究をやって来られたでしょう。 村上 私の場合は小企業の親方だと思ってやってきました。三十数名の研究室でしたが、自分がコケたらこの研究室もつぶれると。しかし、日比さんのような「焼け火箸を百回握る」というまでの心意気があったかどうか……。 日比 私が信仰を基に経営をやっていますと、いろいろな方が相談に見えるんです。 三年前に自動車売買の大きな会社の社長さんが、「日比さん、二十億円くらいの借金があってもう死ぬ」というわけです。「ああ、そうですか」と言ったのですが、二ヶ月ほどしたら、「本当に死にます」と言うので、「では、教会に日参されては」と申し上げました。 村上 毎日神様にお参りしなさいということですね。 日比 はい。それと月に一回は、ご先祖のお参りすること。そして借金があるから借金が増えていくんですよと。要するに、負のものが負のものを呼び寄せるのです。「二十億円の借金があるなら、そのうちの一割の二億円でいいから、生涯かけて社会奉仕を」と申し上げたところ、いまでは「月に一千万円ずつ儲かります」と言って、支店は増えるし、大変な好況ぶりです。心を変えると、ぱっと変わるのです。 村上 教えの導きに従って、こんな不況の時代でも伸びていくのですね。 先ほど「宗教は会社で取り入れるのは難しい」と申し上げましたが、やはり企業は利益という目に見える結果を追求しなければなりません。一方で宗教は心と言う目に見えないもののあり方を求めていく。世の中ではそれは、相反するもののように思われている向きがありますが、実はバランスがうまく取れていないと、物事は成り立たないのかもしれませんね。 日本民族は「天道様が見ている」とか、ずっとそういう目に見えない世界を非常に大切にしてきた。ところがいま、目に見える世界に偏りすぎているんじゃないですか。その偏りが、いまの社会のいろいろな歪みとなって現れているような気がします。 日比 経営者というものは、見えないものを決裁しなきゃいけません。皆が幸せになるように、先を見て判を押す。これも焼け火箸の苦しさです。だから立派な経営者ほど、波動とか見えないものを大切にされます。 いま伝統ある企業や優秀な企業が不祥事を起こして傾いていっていますが、あれもやっぱり見えるものばかりを追いかけたのでしょうね。問題が起きる前から、「あそこの社長は何千万円の車に乗っているよ」といった話が聞こえていました。 本来、経営の道に真剣になればなるほど質素になっていくものです。結局、自分に負けた時バランスが崩れるんですね。
恩返しが上手な人ほど徳の力が強くなる 村上 こうして日比さんのお話をお聞きしてくると、商売というものはその人の器量によると感じますね。 日比 そうですね。家柄や学問などは関係ないですね。最終的には、「賢愚の差より熱意の差」。そして熱意というものは、魂の力、徳の力で生まれてきます。 当社の社是は、「報恩、奉仕、繁栄」ですが、徳というものは、まずは正しい御恩返しによって生まれる。恩返しによって正しい徳力が高まると、奉仕する力が湧いてきて、繁栄につながります。だから、「奉仕、報恩」じゃない。「報恩、奉仕」の順番です。 村上 恩と言えば、ちょっと話がずれるかもしれませんが、ロシアのプーチン前大統領がいますね。これは、NHKのモスクワ特派員だった人から聞いた話ですが、プーチンの大統領時代に、「日本の特派員、ちょっとこい」といわれてプライベートルームに入ったら、柔道の嘉納治五郎の胸像があったそうです。それで、「俺は柔道によって救われた」と。彼は柔道によって立ち直ったそうですね。そして「俺のモットーを知っているか。シュウシン(修身)だ」と言ったと。それも日本語で。 日比 なるほど。そういえば、彼は日本に来た時に柔道をしていたのをニュースか何かで見ましたよ。 村上 少なくともプライベートオフィスに胸像があるくらいだから、彼は恩を忘れない人なんだろうと思います。ロシアでは大変人気がある政治家だといいますから、それが彼の強さの秘密の一つなのかもかも知れません。 日比 恩返しが上手な人ほど魂が強くなって徳の力が強くなる。そして一番の恩返しは、やはり親孝行です。親がいなければ今日の自分はないわけですから。だから成功している人はみな親孝行ですよね。 村上 親孝行というのは、自分の親はもちろん、結局は神様までたどり着くわけですね。 日比 はい。だから親を崇めることは神様を崇めることと一緒です。 三代将軍の徳川家光がいますね。「売家と唐様で書く三代目」という言葉もあるように、大体三代目で衰退していくものですが、江戸幕府はこの三代目から栄えた。それはなぜかというと、天海大僧正がいたからです。 まず、天海大僧正は、家光に粗食小飯をすすめました。これは現代にもいえることですね。ゾウはあんなに身体ほ大きいのに草ばかり食べている。馬も牛もそうです。人間はいろいろ食べ過ぎるから病気になっているという話もあります。 そして天海僧正はとにかく先祖供養が大事だと教え、それで家光は東照宮を静岡から日光へ移したといわれています。 村上 一般的には親孝行というと、生きている親にするものと思いがちですが、亡くなってからの供養も大切なんですよね。 日比 そう思いますね。まずはお墓参りを欠かさない。そして常に自分の胸の中から離さないことですね。 根に施せば枝葉は繁る。根が腐れば枝葉もみんなダメになる。結局親が根であり、神様と一緒ですね。 ですから家光が先祖供養を手厚くしたことが徳川幕府が三代目から栄え、十五代目まで続いた理由だと私は考えています。
粗食小飯のネズミと暖衣飽食のネズミ 村上 天海大僧正の粗食小飯の精神からいえば、いまの日本は明らかに食べすぎですね。 日比 いや、こんな贅沢な国はないんじゃないでしょうか。 村上 前に米国の大学で、好きな時に好きなだけ食べるネズミと、規則正しい時間にカロリー制限をした食事を食べるネズミと、どっちが長生きするか実験したのですが、後者のほうが長生きするという結果が出ました。 日比 なるほどね、暖衣飽食よりも粗食小飯のほうがいいと。 村上 昔から腹八分目といいますが、やはり七~八分目の食事を与えたネズミが最も長生きをし、しかもいい遺伝子のスイッチがオンになったそうです。逆に暖衣飽食のネズミは寿命も短いし、病気になりやすいと。 日比 それは興味深い結果ですね。 村上 この地球上で飢えている人がたくさんいるのに、いま日本は暖衣飽食の限りを尽くしています。 前に国連の方に聞きましたが、一年間に人間が殺している動物は約四百五十億頭にも上るそうです。 日比 四百五十億頭! それは大変な数ですね。 村上 もちろん、食物連鎖上、ある程度しょうがないことかもしれませんが、その動物たちの命をこの日本では何千万トンという残飯として出している。感謝して、喜んで食べているならまだしも、捨てているんです。 日比 そんなことばかりをしていたら、神様に怒られますね。 村上 怒られますよ。「もういいかげんにせい」と。 いま日本でもいろいろな事件が次から次へと起きて、混迷を極めていますが、これは私には神様のお怒りの表れのような気がしてなりませんね。
なってくるのが天の理 日比 天理教では、世の中はすべてはバランス、悪しきことが良き芽となり、良きことが悪しき芽となると教えていますね。 だから「褒められたら負け」といいますが、私は昨年叙勲をお受けしたら、途端に病気になりました。(笑)もう生きるか死ぬかの瀬戸際でした。 村上 ご病気の件はお聞きしていました。大病だったんですね。 日比 もともとは尿管と膀胱のがんで、一年間血尿がつづいていたので、腫瘍を手術して取りました。五ミリ程度のがんでしたので手術自体は簡単に済んだのですが、緑濃菌に感染した恐れがあるというので薬をのんだのです。そうしたら血圧が二十以上下がって、真夏だというのに寒くて、寒くて……。 医者は家内に「薬はあるが、のんでも助かる確率は半々だ」と言ったそうですが、「のませてください」とお願いして、どうにか助かりました。 ただ天理教の教祖は、困った時や病気の時は神様の御用向きだから、「待ちわびる」と言っています。 村上 神様からの手引き、メッセージということですね。 災難や病気は「おまえに期待しているぞ、これを通してそれに気づけよ」というサムシンググレートからの何らかのメッセージだと。 そう受け止められればいいんですけど、やはり自分にとって都合の悪いことが起きたら、「なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ」と思ってしまうのが普通の人の考え方だと思います。前回日比さんにお話しいただいたように、前世のいんねんも含め、全部自分から生じているんだということはなかなか理解出来ない。 日比 要するに、「なってくるのが天の理」ということですね。これも天理の重要な教えです。「播けば生え 播かねば生えぬ 善悪の 人は知らねど 種は正直」と天理教愛町分教会の初代会長様の教えにもありますが、すべては過去に自分が播いてきた種から芽が出て、花が咲き、実になるのです。現在の現象も、人と人とのご縁も、必然ですね。
道はすべてに通じる 村上 過去に播いてきた種には、いい種もあれば悪い種もありますね。だからなってくるのも良いことと悪いことの両方があります。播いた種はみな生えますから。 日比 だから良いことも悪いことも感謝するのです。嫌だ、辛いと思う出来事も、「ありがとう」と受け止め、「たんのう」することです。 村上 私の人生の師である元京都大学総長の平澤興先生は、天理教の教祖の「いつまでしんじんしたとても やうきづくめであるほどに」という言葉に非常に感心しておられました。要するに「いつまで信心しても陽気づくめで通りなさいよ」ということですが、平澤先生は「これはすごい言葉やな」と。 これこそ「なってくるのが天の理」ですね。いくら信仰していても、良いことがあれば喜ぶし、悪いことに出合ったら、神も仏もあるものかと思ってしまう。 そうでなくて、すべてはなって来たものであると受け止め、どんな時も陽気に暮らしていく。そういう心境になることが、信仰の目指すべき境地なのかもしれませんね。 平澤先生は、天理教の教祖の言葉を読んでいると魂がふるえてくるって、本当に感動されていました。 日比 宗教を問わず、人生を真剣に生きている人は通じるのでしょうね。 村上 天理教のことを「お道」といいますが、本当の道はどの世界にも通じるものだと思っています。天理教の中だけで通じるというのではなく、それこそ学問の世界でも、経営の世界でも通用するのが真理です。 ただ、どんな世界にいても、人間というものはちょっとうまくいくとついつい傲慢になったりする。そこで病気になったり、事件に遭ったり、艱難辛苦に叩かれて、これではいかんと思い直していく。 だから日比さんのように成功されている人も、その陰に知らされる様々なご苦労があるのだと今回の対談で感じました。 日比 困難に出遭っても、そこで反省し心が変わると、今度はそれが節となって、そこから芽が出ます。 だから楽あれば苦あり、苦あれば楽あり。その反動を最小限に食い止めるには謙虚になって、いいことがあればあるほど謙虚になることが大切です。だから、どこまでいっても慢心できませんね。 村上 はい。これからもお導き、よろしくお願いします。 |