☆世界初のてっぺんの人.小説・新人間革命第30巻「誓願」の章。
その冒頭のシーンは、関西文化祭の組体操「六段円筒」。
この六段円筒、何と世界初の壮挙だったという。
この頂上に立ち、両手を広げたのが菊田弘幸だった。
彼は、その円筒のてっぺんで叫んだ。
「弘司、やったぞ!」
この弘司とは、菊田の親友の名であった。
その名を上野弘司という。
上野はこの組体操の練習のさ中、体調不良となりやがて死去した。
病因はくも膜下出血であった。
駆け付けた菊田弘幸は、その親友の最後の言葉を聞いた。
上野は小さな声だがはっきりと言った。
「不可能を可能にする!」
これが上野弘司の最後の言葉になった。
上野の死は、関西文化祭開催の5日前だった。
その死の間際の言葉が組体操全員に伝えられた。
「不可能を可能にする」は、組体操4000人の志を一つにした。
そして菊田弘幸は、成功した悲願の六段円筒の上で叫んだ。
親友に、勝利の報告をしたのである・・
(以上、誓願4~5の内容を要約)
この六段円筒は、世界初の壮挙でした。
何度練習しても組み上がらず、そして崩れる。
高さ10メートルの巨大な塔を組み上げることは至難の技。
一段目は60人、二段目は20人、三段目は10人、四段目は5人、五段目は3人、そして頂上の6段目に一人・・
この塔の完成に、上野弘司の存在は要(かなめ)となった。
上野は組体操4000人を異体同心させた。
彼の誓願が、全員の誓願となり、永遠不滅の六段円筒となった。
今、安全を最優先にする社会風土にあって、もはや創価学会の文化祭で六段円筒は二度と組まれないのではないでしょうか。
そこに、池田先生がいて、そこに全員を鼓舞した上野弘司がいたからこそ成し得た、一期一会の六段円筒だったのだと思います。
まさに「誓願」にふさわしい名場面です。
尚、私のHNは、菊川広幸(きくかわひろゆき)です。
六段円筒の菊田弘幸、私のハンドルネームに似ています。
聖教新聞に掲載された当日、友人からメールがありました。
「きょうの六段円筒、てっぺんの人の名前が菊田弘幸さんでしたね♪」
この友人、誰かというと千早さんです。^^
千早さんの記事カテゴリを以下に示します。
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