ダンジョンで幸せを探すのは間違っているだろうか   作:モーリン
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2話

「ふふ、そんな場所もあるのですね」

「そうなんですよ。いやーあれは絶妙なバランスで立ってて逆に感動しますね」

 

昼食を取り二人は湖畔で青空の元、地べたに座り談笑していた。

付近にはヴィヴィアンが住んでいるログハウスの様な家。中はそれほど広くはないがそれでも一人住むには十分だ。

 

「そういえば、ヴィヴィアンさんって何処で買い物しているのですか?」

「んーと。この森を北に抜けると小さな町があるので、いつもそこで買い物をしております」

「なるほどー」

 

そんなところに町などあったか。そう思うコウであったが、ヴィヴィアンがそういうならそうなのだろうと思うし、事実、ログハウスには食器や食料品、衣類等生活空間が完成されていたので何処かで買い物をしているのは間違いがない。

 

「ええ、両親の遺産が沢山ありまして。不自由なく暮らせてます」

「あ、何かすいません」

「ううん。何故か知らないけど、聞いて欲しかったから。私の事を。それにこんなに楽しく過ごせたのは初めて」

 

ふわりと笑顔を浮かべるヴィヴィアン。風に乗せられ甘い匂いもコウの鼻腔をくすぐる。

 

「い、いえ! 俺も、こんな美しい女性と話せて光栄です」

「うふふ。面白い人ね。光栄だなんて……でもありがとう。うれしいわ」

 

か、かわいいいいいいいいいい!

 

コウの気持ちはそれで占められていた。

湖の水が太陽に反射してキラキラ光る。その光すら脇役に甘んじるしかない程、コウの目には少し照れている彼女の方が光輝いていた。

 

「それにしても、コウさんは剣がお上手なのですね」

「はい! ……でも一番得意なのは農作業ですけどね」

 

少し照れ臭そうに喋るコウに、ヴィヴィアンはクスリと笑う。

事実、コウの剣術は無限の剣製のおかげで二流に近い所まで腕が磨かれていたが、それ以上に農作業に付いては父と一緒にやってきたおかげで、大抵の作物なら作れると自負している。

 

「あらあら、それじゃあちょっと私の畑でも見て頂こうかしら」

「お安い御用です! ご期待に応えられるか、ちょっと心配ですが」

 

後頭部を掻きながらたははと自信なさげに笑うコウの姿に、つられて笑うヴィヴィアン。

そうして二人は立ち上がり、ヴィヴィアン先導の元、畑へと足を運んだ。

 

 

 

 

「ほほー。リジェの葉ですか!」

「ええ、サラダで良し、煮るのもよし、コーンソテーも美味しいわ」

「ですね。ベーコンにもよく合います」

 

畔に建てられたログハウスより少し離れた比較的日当たりが良い所にその畑はあった。

小さな畑にリジェの葉が顔を出している。青々とした良い色で丁寧に育てていたのは一目瞭然であった。

良く育った葉もそこそこ大きくなりそろそろ収穫時である。

 

「それで、この端の方なんだけど」

 

そうしてみると、葉が黄色になっているのが散見した。所々何かが跳ねたような跡がある。

 

「ふむふむ……もしかしてずっとここでリジェの葉作ってます?」

「え、ええ。作ってるわ」

「なるほど、あと水は上からかけてますか?」

「うん……なんでわかるの?」

 

若干引き気味になってそう問うヴィヴィアンに少しばかり残念になるが、ヴィヴィアンに目線を外し、黄色になった葉が着いている株を優しく掘り起こしてヴィヴィアンに見せる。

 

「ほら、ここに丸い跡があるでしょ? これは水が上から掛かるとなる病気の一種なんだ。雨でもなるけど、雨より粒や勢いが強い水やりでもそうなる事があるんだ」

「え?」

「後は、同じ場所で作るとリジェの葉が成長するための栄養が無くなってしまうんだ。これは肥料だけじゃカバーしきれなくて、色々な要素が重なってそうなっちゃうんだ。あと、植物によってかかり易い病気は決まっていて。同じ場所で作っちゃうと、その植物が感染していた菌や病気を貰っちゃうんだ」

 

若干ドヤ顔でそう解説するコウ。病気の事はほぼ出任せだが前世で連作障害が確かそんな感じだったはず。というのを自信満々に言い放つ。こういう時は自信を持たなければだめなのだ。

 

「……凄い。コウって凄いんだね!」

「ふふん。作物に対してはそこそこ自慢できるんだ」

 

胸の前で手を組みコウをキラキラした瞳で見るヴィヴィアンの腕でむにっっと変形した胸をちらちらと見ながらにやりと表情をゆがめる。組んだ手を解き、コウの手を取ったヴィヴィアン。

 

「へ?」

「それじゃあ、新しい畑……作ってくれないかな?」

 

息がかかる程近くに来たヴィヴィアン。抱えられた手から伝わる至福の弾力。

顔を真っ赤にさせてコウはたった一つの回答を導き出した。

 

「いいともー!」

 

満面の笑みでそう答えるコウ。はたから見れば女性にデレていいように使われる哀れな男にしか映ってないのはここだけの内緒である。

 

「ありがと」

 

そうして至福の感触が離れ、手の自由が戻った時にコウは今日は絶対にこの手は洗わないと心に決めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、この花は……胡蝶蘭?」

 

陽の良い場所、地形がなるべく平らな場所、風の通る道等あーでもないこーでもないと探している中で、ひっそりとガーデニングしてある場所を見つけるコウの視線の先には紫色の扇状の花をその太陽の下で力強く開かせている胡蝶蘭であった。

 

「うん。良く知ってるね。私この花が大好きで小さい頃、親にせがんで種を貰って、今までずっと育ててきたんだ」

「へー。胡蝶蘭か……ロマンチストだね」

「へ? そうなの?」

 

クエッションマークを頭に浮かべるヴィヴィアン。

コウはそういえばと思う。この世界は前世と同じような作物や食べ物があるが、花言葉はあるのか。

そんな考えが浮かんだが、別にそれはさして重要ではないなと、その考えを胸の奥へとしまった。

因みに何故覚えているのかはただ一つ、色々妄想していたからである。

 

「うん。まぁ……男性にプレゼントする時は考えてプレゼントした方がいいよ」

「そうなの?……わかった」

「じゃあ、圃場の場所はこの近くの方がいいね。いい日当たりで風も木々が遮ってくれる」

 

あたりを見回すと、立地条件的にはここほどいい所は最初の圃場の場所以外になり得ない。故にコウはこの場にすると決めた。

 

「分かったわ。それじゃあ私の家に道具があるから、それを使ってちょうだい」

「いや、使い慣れた道具で完璧に仕上げたい。それにちょっと日が傾き始めているから、また明日お邪魔してもいいかな?」

 

圃場の場所の選定に二人であーでもない、こーでもないと意見を交わしあいながら進めて行ったら既に日が傾き始めているのが見て取れる。それを察してコウはそう提案した。

 

「うん! 楽しみにしてるね」

「ありがとう。それじゃあ……その、またね」

「うん。またね、コウ」

 

そうして暗くなる前にコウは右手をなるべく使わない様に森の中へと消えていった。

そのコウの姿が見えなくなるまで、ヴィヴィアンは手を振っていた。

 

 

「あ、そういえば敬語忘れてたなぁ」

 

 

糸をしっかりと木々に巻きつけながらコウはそうつぶやいた。

思い浮かぶはヴィヴィアン。顔を赤くしてニヤニヤと顔が歪んでいるコウの面相は不細工であった。

だがそれもつかの間、寂しそうな顔をして呟く

 

「……でも、まぁ……俺に恋をするのはあり得ないよなぁ……だって……」

 

俺って不細工だしなぁ……

 

そんな呟きがため息と共に風に乗って夕焼け空に消えていった。

 

 

 

 

「おはようございます!」

 

昨日の本音は胸に秘め、昨日と同じ調子で朝日が昇ると同時に、畑仕事を身体能力強化を最大限駆使して速攻で終わらせ、昨日括りつけていた糸を頼りに進んでいくと既に土に汚れてもいいような恰好でいるヴィヴィアンが目に入った。ちなみに格好はオーバーオールでやたらと胸が強調されていた。

 

「おはようございます」

 

流れる水色の髪を見ながらまた会えた事が溜まらなく嬉しいコウの表情は満面の笑みであった。

 

「まずはお茶にしてから作業に入りませんか?」

「いえいえ、お気遣い無く」

「もう、コウと一緒にお茶をしたいの? 駄目?」

 

こてんと顔を傾げる姿にそして一気に砕けたその姿に、コウの顔がさっと朱に染まった。

 

「ありがとうございま「敬語も禁止!」……ありがとう、ヴィヴィアン」

「ふふ、どういたしまして」

 

そうしてコウとヴィヴィアンは湖畔に建っている彼女の家へと足を運んで行った。

因みにコウの足取りはかなり弾んでいたのをここに明記しておく。

 

「そういえば、コウって何歳なの?」

 

お茶という名の午後まで駄弁るという離れ業をやってのけるヴィヴィアンのマイペース具合にコウも引っ張られいつの間にか、お昼を食べ終えて(リジェの葉のソテーにオニオンスープにパン)またもや話に花を咲かせていた所で唐突にそうコウに問いを投げかけた。

 

「俺は17歳だよ。まぁこの顔だと20歳前後に間違われるけどね」

「あっははは。そうなんだ! 私にはよく分からないな」

「そういうヴィヴィアンこそ何歳なの?」

「もー女性にそういうのはストレートで聞いちゃだめだぞ。まぁコウなら全然いいけどね。私は19歳だよ」

 

カップをソーサーに置いて、かちゃりと金属が擦れる音がコウの耳を打つ。

 

「なるほど。まぁ年関係なく可愛いし綺麗だけどね」

 

ここは攻めていけ。そうコウの心の声が聞こえた瞬間に即実行。

しかも顔を朱に染めてそう言い放つコウのその言葉の説得力は本人が図らずとも顔のイケメン度に関わらず、女性にとってはうれしいものであった。

 

ヴィヴィアンはその言葉に真摯な心が籠っているのがはっきりと分かり、顔を俯かせて

 

「あ、ありがと」

 

はっきりと朱に染まった顔はいつもからかっている雰囲気ではなく、純粋にコウの言葉を受け入れている。

 

そんなドギマギした空間を打ち払うかのようにコウがパンッと手拍子を鳴らし

 

「そ、そうだ。そろそろ畑を耕しにいこう!」

「え、ええ! そうしましょう!」

 

そうして二人同時にガタリと席を立ち、二人同時に互いの食器に手を伸ばした。

 

「……はは」

「……ふふ」

 

相手を気遣う心。同じ思考に同じ行動。それが何処かおかしくて楽しくて

 

「あっはははは」

「うふふふふふ」

 

そうして自然と笑いあう。ずっとこんな時間を過ごせればいいなと、二人はそう思った。

 

だが、少なくともコウは心の底では諦念を抱き続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして幾ばくが経ち、二人はコウの気持ちとは裏腹に泣いたり笑ったり喧嘩しながら仲直りしてその絆をふかめていった。

 

そんなある日、コウとヴィヴィアンは晴れた日の湖畔にて座りながらゆったりとした時を過ごしていた中、ヴィヴィアンがパンッと手を叩き、コウの方へと視線を向けた。

 

「そうだ。コウの家に行きたいな」

「え? どうしたの突然」

 

この湖の周辺は不思議である。

ヴィヴィアンと会ってから少なくとも数十日経っているのにモンスターが現れないのだ。

ヴィヴィアン曰く、ごく稀に現れるが、家の中へ逃げ込めば何とかなるらしい。

しかし、村では一週間に一度位の頻度でゴブリンなど弱いモンスターが食料を探しに村へ強襲する事がある。

現に、ヴィヴィアンと会って数日後の夜に守衛の仕事をしていたコウはゴブリンを撃退していた。

 

また、ヴィヴィアンの下へ行く道中の森の中でさへモンスターが出現するのだ。

しかし、湖の周辺はそれらが無い。故にヴィヴィアンと会う際はいつもコウが湖に赴いていたのだ。

 

「それは、ご両親とかに挨拶したりとか」

「いやいや、そんな気遣いはしなくていいよ。それに道中は危険だし」

「でも毎日コウの時間を取ってるって事は、畑仕事とか滞ったりしてない?」

「大丈夫だよ。俺の農作業の実力は父さんを超えてるし」

 

実際夕方から夕飯まで、そして日が昇る前の早朝に農作業を終わらせヴィヴィアンに会いに行ってる。それが負担になっているかどうかで言えば負担になっているがヴィヴィアンと会えない方が強烈に負担なので、徹夜してでも作業を終わらせる気持ちでコウは居る。しかし、疲れているのは事実であった。

 

今日もリジェの葉の手入れをしているだけで、息切れが早いのを実感していた。

だが、それがどうしたというのだ。こんな可愛い女の子と一緒にいられる何て一生の間にこの時間しかない。

そう確信しているからこそ、いずれ来る別れが来るまでに一杯話して沢山遊んで、一方的でも良い。

 

彼女に恋をしたいのだ。

 

両親には森の調査といっており、コウの強さを知っている両親は気を付けてね。という一言でほぼコウの自由を許している。しかし、通常農作業を昼間にやらずに夕方や早朝に行い、昼間は探索は不自然であり両親は何か良からぬことでもしているのか。という疑念も無くはないが、コウの真面目っぷりは折り紙付きで、まだ放置していても大丈夫だろうというのが見解である。

 

ただ、コウは確かに一度会ってもらった方が今後大手を振って合いにいけるかも。

そんな考えが浮かび、直ぐに打ち消す。

 

これじゃあ彼女を両親に紹介するみたいだ。ヴィヴィアンに迷惑を掛ける訳にはいかない。

 

そうコウは思っている。

しかし、そんなコウの内心を知ってか知らずか、ヴィヴィアンは少し悲しそうな顔をして口を開いた。

 

「でも最近ちょっと疲れてるし、むしろ私に気を使わなくてもいいのよ?」

「そ、そんなことない! 俺はヴィヴィアンと一緒に居たいからここに居るんだ。全然疲れてないよ! 何ならヴィヴィアンが満足するまでリジェの葉の圃場を広げても全然問題ないよ!」

 

それは困る!

 

これがコウの内心だ。一方的でもいい。この至福の時間を俺から奪わないで欲しい。そんな思いが焦りを生み、わたわたと手を振るコウ。

 

「ありがとう。でも、コウが気を使いたいのと同様に私もコウに気を使いたいの。どうかお願い。せめてお話だけでもさせてくれないかしら?」

「……分かったよ。そしてこちらからもありがとう。……やっぱヴィヴィアンは素敵な女性だ」

 

この女性には敵わないな。コウはそう思いフッと表情を和らげる。

 

「ふふ。コウも素敵よ。ちょっとスケベな所もあるけどね」

「うっ。そ、そりゃ……男だし。でももっとカッコいい男なんてごまんといるよ。俺が住んでる村でも」

 

現に父親の方がイケメンでリヒトはもっとイケメンだ。コウも壊滅的ではないが村では平均的な顔だ。

恐らく、ゲームで言えば村人AもしくはCな面相である。他の村にも同じヴィジュアルの人物がいてもおかしくないのだ。尤も現実にそんな事は無いが、大して目立つ顔でない事は確かである。

 

そもそもコウは自分の事を素敵だとは思ったことをただの一度もない。

 

顔は平凡、知識や現代知識でそこそこ目立っているだけで特別頭の回転が速いわけでは無い。

身長と健康的な肉体は自慢できるが、それは農村に住む男衆殆どに当てはまる。

今の剣術や武術、槍術等は投影から経験をフィードバックした結果であり、それはコウ本人の賜物ではない。

 

結局の所0から何かを成し遂げた事が無かった。

農作業も前世と今生の経験が生きただけである。

 

つまり誇れるものが何一つない。つまらん男なのだ。コウ・カブラギという男は

 

ヴィヴィアンの前に必死で仮面を被って自分が思ういい男を演じているだけだ。

 

ぎゅっと握られたコウの拳にふわりと柔らかい感触が覆った。

 

「あ……」

「ううん。コウは素敵よ。私が保証するわ」

 

ふわりと笑うヴィヴィアンの顔をコウは直視できなかった。

 

何と醜い事か、なんと意気地が無い事か。

ただただ、情けなかった。

 

「……それじゃあ、家に行こうか」

 

情けない自分に涙を流しそうになるのを必死に押し殺し、コウはゆっくりとその手を解き、そして助けてほしそうにちょこんとヴィヴィアンの手を握った。

 

「……うん。……じゃあ、しゅっぱーつ!」

 

それをしっかりと握り返し、指と指の間に手を滑り込ませ更に固く手をつなぎ直した。

そうしてずんずんとコウを引っ張るように歩き出した。

 

「うおっ。ちょちょっと待って」

「いーえ、待ちません! さぁ行きましょう」

 

ずんずんと手を握りながら先導するヴィヴィアンを見てコウは泣いているような笑っているような、そんな表情で

 

「……ありがとう」

 

そんな小さな音で放たれた言葉は弱々しく、されどしっかりとヴィヴィアンの耳に届いた。

 

「……ほら! しゃきっとする! 男の子でしょ?」

 

クスリと笑いコウを引っ張っていくヴィヴィアンの顔はコウと対照的な表情であった。

 

世話が焼けるなぁ

 

そんな表情であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが俺の家だよ」

「へー。……趣きあるわね」

「そこは正直に古いと言っていいんだよ。……今は昼休憩だから皆いるかもね」

「んーふふ。楽しみだわ」

 

比較的気候は穏やかな地域な為、ヴィヴィアンの家と同じ木造建築であるコウの家はだが彼女の家と比べると少し小さく更に年季が入っている。所々外側から木の板が打ち込まれており、粗雑な補修が行われていた。

とは言えモンスターの襲来があるのでこの程度で済んでいるのはまだ軽い方である。

 

ちょっと恥ずかしいコウだが、しかしこの家に生まれたのだ。愛着はある。

 

「それじゃあ……って、どうしたの? コウ」

「あ、ああ。いや……な、何でもない」

 

何でもないわけない! コウは心中でそう叫んだ。

それもそのはず、こんな可愛いくて綺麗な女性を家に上げるなぞ、前世を含め今まで経験したことが無い。

そして

 

(やべぇ、部屋片付いてたかな。キャラバンからかった官能小説あれしまったよな。近況報告は送ったから大丈夫、しわくちゃな紙は散らばってない、はず! ……こんな事なら毎日掃除してればよかった!)

 

これである。好きな人にいい所を見せたい一心で頑張ってきたのにその砂上の楼閣がこれを機に崩れ去ったら今までのイメージが台無しである。そう、コウは思っている。

 

「? まぁいいわ。それじゃ、行きましょう」

「お、おう。あ、お、俺が最初に行くから」

「え? 一緒に入ればいいじゃない」

「あ、ちょ! 心の準備が……!?」

 

ぎゅっと手を握ってくるヴィヴィアンに押し切られる形で一緒に扉をくぐって行った。

 

ぎぃという木が軋む音がコウの耳に届き、あ、家の扉の音だ。と認識した時、コウの母の声がした。

 

「コウ? 今日はお昼ごはん食べるの? あの……ね……」

「あ、初めまして。ヴィヴィアンと申します」

「た、ただいまー……はは」

 

コウが帰ってきて昼ご飯を毎回食べないコウに一言苦言を申し入れようと玄関へと赴いたコウの母。

年は30後半の黒髪のストレートの女性。そこそこ美人なコウの母が玄関に目をやった瞬間

 

時が止まった

 

「こ……」

「こ?」

 

「コウが美人な彼女さん連れてきたああああああああああああああああ!」

 

時が動き出したのと同時に村中響き渡るような大声で叫んだ。

 

「何ぃいいいいいいいい!?」

「嘘!? 兄貴がまさか!?」

 

そしてそれに呼応するかのように恐らく各々部屋で休んでいたのだろう。二階からダンダン! と足音が鳴り響いて、階段を下りる音が聞こえたのとほぼ同時に男二人がコウとヴィヴィアンを視認して。

 

「「ま、マジだあああああああああ!」」

 

声を揃えて、叫んだコウの父親と弟。そんな彼らを見て笑っているヴィヴィアン

 

「ふふふ。コウの家族って面白いのね」

「ちょ、ちょっと! 何かすげー恥ずかしいんだけど!」

 

わたわたするコウ。笑うヴィヴィアン。何か言っているコウの家族。

そんな光景が一つの家に広がっていた。

 

 

 

「ほんと、いい子ねー。ヴィヴィアンちゃん家の娘にならない?」

「母さん!?」

「ふふ。それはコウ次第ですわ」

「ヴィヴィアン!?」

 

女性は強し。男二人はヴィヴィアンに見惚れながら後ろ髪を引かれる思いで農作業へと繰り出した。

これはカブラギ家のドン。コウの母の命令である。すごすごとされどコウに向かって親指を立てて繰り出した二人の姿に頬を引きつらせて見送ったコウは直ぐに居間へと足を運び、ヴィヴィアンの隣に自然に座った。

 

そうしてヴィヴィアンがコウに助けてもらったことや畑を作ってもらったこと、農具の補修や料理等色々教わったり教えたりしたこと。それのせいでコウに負担を掛け、カブラギ家の畑仕事を滞らせたり、心配を掛けた事をまずもってお詫びしていた。

 

コウの母は二つ返事で

 

「全然大丈夫よ! もっとこき使っていいわよ」

 

との事であった。

そんな返事をしながらにやにやしながらコウを見る母に視線を合わさない様、出された紅茶に茶柱が立ってないか必死に探した。

 

こういう場合、男はお飾りである。恐らく男では分からない駆け引きが水面下で行われているが、それをボケーっと最後まで聞くのも、男の仕事の内の一つだ。

それはコウも例に漏れず、ヴィヴィアンと母は他愛のない話を進めていた所で、先ほどの言葉である。

 

「こんな慌てたコウを見るのは初めてだわ」

「そうなんですか?」

「そうなのよ。この子ったら何でも無難にこなすし、何でも一人で解決しちゃうから、新鮮だわ」

「そうなんですね。でもコウは私と会ってからこんな調子ですよ?」

 

むぐぐと会話に入り込めないコウ

 

「ふふ。ほんと、ヴィヴィアンちゃんはいい子なのね。これからも息子をよろしくお願いいたします」

「はい! 任せてください!」

 

あれー。と。そんな表情で顛末を見守っていたコウ。

笑いあう女性二人の会話に、あれ、これって全てヴィヴィアンの策の内?

そんな思いがあったが、ヴィヴィアンに肩を叩かれ

 

「それじゃ、そろそろお暇させて頂きます。紅茶美味しかったです」

「あら? 家でご飯食べていけばいいじゃない?」

「あ、いえ。今日はご挨拶だけで。また後日に頂ければと思います」

 

既に日が傾き始めようとしている時刻だ。もうそんなに時間が経ったのかとコウはそう思った。

 

「そう。それじゃあいつでも遊びにいらっしゃい。……コウ! きっちりエスコートするのよ!」

 

そんなぽわぽわとした考えの中にコウの母の一喝が叩き込まれ、全身の筋肉がビクンと反応した。

 

「は、はい! では、行ってまいります!」

「ええ、宜しくね。私の騎士(ナイト)様」

 

そうしてヴィヴィアンとコウは家を出て行った。その背中を慈愛を込めた表情でコウの母は見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー! 緊張したわ」

「え? 緊張してたんだ」

 

コウの村を案内するように歩きながら簡単なパンを買って色々と回っていた二人。村中に噂が立つなこりゃと内心苦笑いするコウをよそに、きゃっきゃと新鮮な世界を楽しんでいたヴィヴィアンに、先ほど胸中に過った些細な事をすっかり忘れる事が出来た。

 

陽が落ち初め、帰りの道中にはゴブリンが複数居たが片手で屠り、そのままヴィヴィアンの家まで帰った。

そうして、ヴィヴィアンが背伸びをしながら溜まった息を吐きだすように、そしてコウの両親と会った時を思い出し、そう言葉にした。

 

「当り前じゃない。コウのご両親に挨拶するのは緊張するわよ」

「そうなんだ。自然体だからてっきり全然緊張してないかと思ってた」

「まぁそれはコウよりお姉さんだしね」

 

優しく輝いている月をバックにウィンクするヴィヴィアン。

そしてそれに見惚れるコウ。だが、それを振りほどくかのように首を振り後ろを振り返った。

 

見ていてやはり眩しすぎる。

 

「じゃ、じゃあ。俺は帰るね」

「……待って、コウ」

 

コウの服の裾を弱々しく掴まれる。

だがそれでもコウは振り返らなかった。

 

「ど、どうしたの? 気分でも悪いの?」

「どうして、私がコウのご両親に会ったと思う?」

 

ざぁっと、風に木々がざわめく音がコウの耳にやけに生々しく入ってきた。

普段聞こえるはずの動物や虫の鳴き声もその時だけ、二人の耳には入らなかった。

湖の水面はまるで二人の心境を模ったように波打っている。

 

「そ、それは、俺の体調を気遣うよう……」

 

何を言ってるんだ。俺は。

 

コウも分かっていた。ヴィヴィアンが自分に恋心を向けているのが。

自分の独り相撲じゃない、相思相愛だったのだ。

 

嬉しくないはずがない。

 

では何故コウはヴィヴィアンの気持ちを頑なに避けるのか

 

「違うわ。私は、コウの事が好きなの」

 

周囲の音が消えた。

 

世界が二人だけの空間になった。

 

「俺も、好きだ。世界一愛していると言っても過言ではない」

「じゃあ、何で! 何で振り返ってくれないの!?」

 

泣いているんだろうな。抱きしめてあげたい。そんな気持ちがコウの中であふれる。

だが、それは出来なかった。

 

「……俺じゃあ、君の隣にいる資格がない」

 

そう、コウにはその資格がないとそう思った。

 

そうだ、まさしく、そうなのだろう。これほどの女性は世界中を探しても両の手でも有り余る程だと、コウは確信している。器量も良く、話もよく聞き、よく笑顔を向けてくれる。そして言うときはズバッと言う胆力。美貌。

どれをとっても素晴らしいの一言で納めてしまうには勿体ない程である。

 

そう、素晴らしい女性には素晴らしい男性が相応しい。

 

コウはただの一農家。それも小さな村の何の立場でもないただの17歳男児だ。

この世の中にはコウよりいい男がごまんといるし、コウより稼いでいる男も星の数ほどいる。そしてその数多にいる男性の中で光り輝いている人たちもいる。そんな彼らこそヴィヴィアンに相応しいのだ。

 

「そんな! そんなことない!」

「俺はただの農家の息子だ。権力だって無い。お金も全然ない。顔だってそこらの男に負ける」

「私だって! それにコウは剣も作物の知識もあるじゃない!」

「それもまだ上には上がいる!」

 

ビクリとヴィヴィアンの肩が震えた。

 

「ヴィヴィアン。君は素晴らしい人物だ。到底、到底農家の男何て釣り合いが取れない。君の美貌は世界に通用するし、君の存在そのものが宝石だ。そんな宝石が泥臭い男とは釣り合いが取れない」

「コウは私とじゃ、幸せになれないの?」

 

ぽつりとヴィヴィアンが不安気な若干震える声でそうコウに弱弱しく投げかけた。

そんな声をしているヴィヴィアンの顔を見ない様にコウは口を開いた。

 

「そんなことはない。そうなったら幸せだ」

「じゃあ、何で」

「でも、君を誰よりも幸せにする事は、たぶん、俺には出来ない」

 

震える声で絞り出した声。

そしてヴィヴィアンに顔を合わせるコウの顔は酷く歪んでおり、涙を瞳に溜めされど……笑っていた(泣いていた)

 

「もっといい男がいる。もっと君に相応しい男が居る。だから……」

「嫌!!」

 

ヴィヴィアンの怒声が森に響いた。それにビクっと反応するコウ。

そんな弱々しいコウの胸に体を滑り込ませるヴィヴィアンはその胸板を叩くようにコウの服を握った。

 

「コウじゃなきゃ嫌! 顔が不細工でもいい! スケベでも良い! 私は! 私は! コウのそういう所も好きなの! コウじゃなきゃ嫌なの! コウじゃなきゃ私は幸せになれない!!」

 

コウの胸に顔を埋めて泣くヴィヴィアン。そんなコウも、涙を流していた

 

「……ありがとう。……俺はヴィヴィアンと出会って本当に幸せだ。けど、これ以上幸せになってもいいのかな?」

 

幸せ過ぎた日々、前世を含めてもこれ以上の幸福は存在しなかったであろう。だから自分から壊せなかった。自分から彼女に自分の思いを伝えられなかった。もし伝えてこの幸せが壊れるのが怖かったのだ。例え命が無くなろうとも、それだけはやめて欲しいと叫べるほど、コウはこの幸福を失いたくなかったのだ。

 

しかし、その均衡はヴィヴィアンによって壊され、コウが自分で自分の都合の良いように築いてきた壁が崩れた先に、本当の幸せがあったのだ。

 

泣いているヴィヴィアンの体に手を回し、ぎゅっと抱きしめるコウ。それを感じ取ったヴィヴィアンもコウの体に手を回し、力いっぱい抱きしめた。

 

「うん。うん! もっと幸せになって!」

「本当にありがとう」

 

そうしてコウは涙に濡れて少し赤くなった真っすぐな瞳を、コウより赤くしたヴィヴィアンの綺麗な瞳を見つめ

万感の思いでコウは口を開いた。

 

「だから……俺の傍にいつまでも一緒にいて欲しい」

「はい、一緒にずっとずっと……いっぱい幸せになりましょう!」

 

月に照らされた湖がキラキラと光っている。そんな綺麗な景色を背に、満月の大きな光で作られた二人の影が重なり、ぶわりと風が二人を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔剣アロンダイトか……」

 

ホーホーとフクロウが夜の帳が深くなっている事を知らせる鳴き声が彼の耳をくすぐる。

とある宿屋のとある部屋に赤髪の壮年の男が古ぼけた本を片手にそうつぶやく。

 

「騎士を切って血を吸った末に魔剣に堕ちたか。……はは。俺にお似合いじゃないか」

 

ぱたんと本を閉じ、月明かりに照らされる街を窓から眺めながら悲しみと憎しみに顔を歪ませた。

 

「……コウ。どうして君は俺の期待以上に動いてしまうんだ」

 

そうしてとある青年から届いた手紙を開きそう呟く。

その手紙にはほとんどのろけ話で、さらに情報も何処か朧気だ。

しかしこの手紙から読み取れる事は二つあった。

 

一つ。森の奥に湖はあった

 

二つ。森で女の子と出会った

 

これだけだ。そこから女の子とののろけ話が永遠と綴られている。

よほど嬉しかったのだろう。だが、彼にとっては先の二つの事実が知ればどうでも良い事であった。

 

「やはりあの森にはいたのか。湖の乙女」

 

アロンダイトを自分の騎士に送った、伝説上の存在。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴィヴィアン」

 




誤字脱字等御座いましたらご指摘ください。


プロローグは全7話予定です。

最期に。……恋愛って……いいなぁ(遠い目


追記

次回3月2日の19時です。そこから月曜、金曜の19時に投稿していきたいと思います。







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