「Fact Check 福島」の記事をファクト・チェックする - シノドスのライターは天然アラン・ソーカル?
前回エントリーの
実際には彼らの「ファクト・チェック」はお粗末極まりないもので、辛淑玉のドイツでの講演内容には現場での言い間違いレベルものを覗いてほとんど間違いと言えるほどのものはないことが明らかになった。まして「活動家」が扇動する「デマ」と言えるものは皆無である
http://kdxn.tumblr.com/post/172529374165/
について。以下、10項目にわたって「Fact Check 福島」の当該記事をファクト・チェックする。これも3月28日のNO HATE TVで喋ったものなので、動画でも見られます。動画なら安田浩一さんの話も聞けます。
※前回エントリーも含め、記事のリンクは archive.org を経由していることがあります。これは、Fact Check 福島が予告なく記事を書き換え、また書き換えた箇所を説明しないため、当初のファクト・チェックに使われた文章と現在の掲載内容が変わっている可能性があるからです。最新版URLはこれ→http://fukushima.factcheck.site/life/1497 何がどう削除され改変されているか、チェックしてみてください。
以下「Fact Check福島」をファクト・チェック
Fact Check 福島:ドイツ二都市で開催された講演会で福島に関するデマを拡散(2018年3月23日の版)
https://web.archive.org/web/20180402092350/http://fukushima.factcheck.site/life/1497
記事は無署名なので、Fact Check福島側の言い分は「シノドス」で表記します。
(1) 線量計(個別具体例を全体にすり替える詭弁)
辛淑玉:これは私が測った線量計です。見ていただくとわかる通り、線量計の針が振り切れています。30μSv(マイクロシーベルト)。
シノドス:どこでいつ計測したのかを明らかにせず、正しく用いられたかどうかもわからないGMサーベイメータの写真を見せて、福島を「高放射線地域である」と訴えるのは悪質な印象操作です。
FACT→辛淑玉は福島全体に言及しているわけではなく、自分自身が被災地に出かけて計測した数値について話している。素人が持ち歩く線量計の計測値が正確か否かという議論はあるにしても、高線量地域が存在したのはまぎれもない事実。その事実を提示することで仮に「福島は高放射線地域である」という誤解が生じたとして、それは津波対策を怠って原発事故を引き起こした政府と電力会社の責任であって、講演で事実を述べた辛淑玉の責任ではない。
(2) 国土の3%が人の住めない土地(シノドスの指摘は正しいが、揚げ足とりレベル)
辛淑玉:そして日本の国土の3%が人の住めない土地になりました。
シノドス:福島県はすべての土地をあわせても、日本の国土面積の3.6%です。したがって、ここでいう「3%」は福島県の83%に相当する面積になります。原発事故後、徐々に避難解除が進められ、2015年の時点で法的に居住を制限された帰還困難区域は福島県全体の2〜3%ほどですので、この発言は正しくありません
FACT→「日本の国土の3%が人の住めない土地になった」は正しくなく、シノドスの指摘には理がある。ただし、揚げ足取りの域を出ていない。なぜなら、講演時の画像(下図)にはドイツ語で「汚染された地域は国土の3%」とあり、講演を聞いたドイツ人にはそのように伝わっているからである(辛淑玉の現場での言い間違いの可能性がある。つまりこれはそもそも「2015年の時点で法的に居住を制限された帰還困難区域」についての話ではないので、その割合を持ってきても本当は反論として成立していない。福島以外では住民の許容線量は年間1mSv、これが福島では年間20mSvが避難基準となっており、汚染された地域のパーセンテージとしてはほぼ正しいと言える。なお、シノドスの指摘が、揚げ足取りレベルであれかろうじて正しいといえるのは、唯一この項目のみであった。
(3) 「誰もいない」(個別具体例を全体にすり替える詭弁)
辛淑玉:原発は今まで安全だ、と言ってきました。これは「原子力明るい未来のエネルギー」。ご覧の通り、もう誰もいません
シノドス:「誰もいない」のは、この看板の地域が帰還困難区域に指定されたからで、ほかの地域には人が住んでいます。
FACT→辛淑玉は双葉町の写真(下記)を見せながら話しているのであって、東電や政府が近隣住民である双葉町民に「安全だ」と説明してきたにもかかわらず事故が起き、その結果帰還困難区域(=危険)となって誰もいなくなったと言っている。彼女は「福島には誰もいない」と発言しているわけではないのだから、「ほかの地域には人が住んでいる」は何の反論にもなっていない。したがって揚げ足取ですらない。
(4) 「そこに人々が放置された」(語の拡大解釈による詭弁)
辛淑玉:最大の問題は、そこに人々が放置されたということです。線量の高いところで。
シノドス:線量の高いところは避難指示が出ました。立ち入り禁止のバリケードもつくられ、立ち入りもできなくなっていました
FACT→実際には、事故直後に高線量となったにもかかわらず、なかなか避難指示の出なかった地域はたくさんある。
以下は、Fact Check 福島の同じページに掲載されている福島復興情報のリンクから、避難区域の変遷。
2011年3月12日 半径20km圏内に避難指示
2011年3月15日 半径20〜30km圏内に屋内退避指示
2011年4月22日 上記円に収まらない部分を含め、全体で3種類の避難区域(警戒区域・計画的避難区域・緊急時避難準備区域)を設定
2011年6月30日 福島県内の104のホットスポットを特定避難勧奨地点に設定
飯舘村等、30km圏の円からはみ出す地域の人々やホットスポット地点の人々は、文字通り1〜3か月放置された。したがって辛淑玉の話の内容は事実である。
なお、政府が避難指示を出した3月12日に菊池誠は原発事故について「メルトダウンじゃないだす」とツイッター等で発言したが、のちに炉心が溶融していたことが判明した。
現地被災者の中には、菊池誠のこの発言を見て避難を取りやめた人もいるという証言がある。菊池は「デマは人を殺す」と言うが、大阪からテレビを見ただけで炉心溶融など起きていないと事故を過小評価したことをどう反省しているのだろうか。
(5) こどもの小児がん(疫学的に論争中)
辛淑玉:こどもの小児がんは、普通百万人に一人、でもまぁめずらしい、と言われているもの。それが30万人に落として、もうすでに百人以上出ています
シノドス:福島のこどもが甲状腺がんに罹患する割合が、他の地域のこどもに比べて増えたという根拠はありません。
FACT→過剰診断の問題等、現在論争中。これは現時点で「原発との因果関係が不明」であるにすぎない。水俣病その他の公害病においても、因果関係の証明には長い時間を要した。一方の立場を「デマ」として切り捨てるのは科学の態度ではない。
(6) 被曝者差別(テクストと正反対の解釈を導く明白な文意の捻じ曲げ)
辛淑玉:自分の親戚や身内が、福島の人だ、というだけで、「あの地域はがんになるかもしてない」とか、だからまずは結婚差別が来ます。それから次に来るのは就職差別です。その差別を前にして、「自分は被曝していることを言わない」という風に決めた人たちが、沢山います。放射能というのは遺伝子を直撃します。ですから、壊れた遺伝子が、自分の代に出るのか、子どもの代に出るのか、その後に出るのかがわからないんです
シノドス:この妊娠・出産に関する発言は、住民自身の恐怖や不安を強く煽り、県外での偏見や差別を生むものです。この発言のなかで辛淑玉氏は、「福島の原発事故由来の放射線により、福島の人々の遺伝子には突然変異が起きた」と断定しています。しかし、福島第一原発事故後に福島の住民の遺伝子に突然変異が起きたという科学的根拠はありません。まして、福島で次世代へのなんらかの影響が出ることはまったくありえません。
FACT→辛淑玉は「福島の人」に言及しているのではなく、放射線に被曝した人について言及しており、それが「福島」という地域で括られて差別の原因となるおそれがある、と言っている。明白な文意の捻じ曲げ。「次世代への影響が全くない」ということは、不安を抱える人々に向けて広く啓蒙すべきことであり、デマと糾弾すべきことではない。しかもこの次世代云々については、2015年の辛淑玉の講演に対して2017年の日本学術会議の研究結果をもって「ファクト・チェック」しており、それを理由に差別や偏見を助長すると辛淑玉を非難するのは論争の手続きとして極めてアンフェアである。
(7) 警察官の継続的被曝(反論のように見えるが単なる補足)
辛淑玉:全国の警察官は二週間来て帰ります。だけども、福島の警察官はずーっと同じ服を着て、延々と被曝をしつづけます。<中略>そして、目に見えない放射能です。私がここに来る前に、私の知人の警察官の若者は自殺をしました。しかしそれが新聞記事に出ることはほとんどありません。
シノドス:防災業務関係者(警察、消防、自衛隊)の平成23年3月12日〜3月31日における累積被曝線量(2,967人)のうち約6割は、当該期間の累積被曝線量が1mSv未満であり、3mSv未満の人は約9割でした。さらに警察・消防隊員に限ると1mSv以下が88%、2mSv以下が99%でした。一日当たりの被曝線量データが存在する人々の一日当たりの被曝線量は、2011年3月12日が最高でその後減少傾向にあり、3月18日以降は一日当たりの被曝線量は全体として0.1mSvを下回っています。
FACT→福島県以外における平時の許容放射線量は「年間」1mSv(放射線業務に従事する者で最大50mSv)。シノドスの「累積被曝線量が1mSv未満であり、3mSv未満の人は約9割」は辛淑玉の発言(2週間での被曝量)を単に数値で補足しただけ。
(8) 福島の農業(単語のすり替えによる詭弁)
辛淑玉:彼らは被曝をしながら一生懸命、土地を、その、除染といって、土の入れ替えをし、皮を剥ぎ、木を一個ずつですね、線量が低いようにするために、被曝しながら、自分の農地を、こう、再生させようとしました
シノドス:「被曝をしながら」とありますが、高線量なら作付けできませんし、居住もできません。
FACT→福島では高線量の田んぼに米を作付けする実験や、土壌をひっくり返すなどして線量を下げる試みなどが多数行われ、線量が下がらず効果が得られなかったものも多数ある。「線量」を「高線量」に恣意的に言い換え。原発事故により福島県内の許容線量(避難区域の解除基準)が年間20mSvになったことは事実。
(9) 漁業・海洋生物への影響(反論のように見えるが単なる補足)
辛淑玉:ですから小さな魚から、どんどんどんどんどんどん、より放射線量の高い、大きな魚へと多くの放射線量が蓄積されていきます。
シノドス:生物濃縮は排尿などで体外へ排出されにくい化学物質で起こります。放射性セシウムは代謝されやすく、カリウムなど他のミネラルと同様に50日程度で半分が魚の体外へ排出されます。
FACT→生物濃縮が起きることはデマでもなんでもなく、反論にもなっていない。
(10) 農作物・風評被害(反論のように見えるが単なる繰り返し)
辛淑玉:最初は放射線に汚染されているから、国や県が農作物を買い取りました。だけども、自分で一生懸命に被曝して、放射線量を下げたその作物は、今度は、売れないのは、マーケットのせいであり、放射線のせいではないということになったのです。
シノドス:福島や近隣県の食品が震災後売れなかったのは、放射線のせいではなく風評被害のためです。
FACT→辛淑玉が言っていることをそのまま繰り返しており、反論になっていない。辛淑玉は「放射線量を下げたその作物」について語っており、「線量が高いから売れなかった」と言っているのではない。むしろ逆である。
以上のように、「Fact Check 福島」のこの記事は、ファクト・チェックをすると称して記事の細かい部分に言いがかりまたはナンクセをつけることを繰り返したものにすぎない。これは、枝葉は文脈を外しているものの指摘そのものは正しい「揚げ足取りに」ですらないということである。上記の再チェックからも明らかなように、多くは科学やデータの問題ですらなく、単純に主題をすり替えたり文意を捻じ曲げたりする初歩的な詭弁の方法が使われている。
このようなお粗末な記事をもとに、「辛淑玉は本質的に反差別ではない」などと論評しあっていたのである。いったいどちらがデマゴーグであろうか。
Notes
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