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今では8ビット、16ビット時代の家庭用ゲーム機のソフトを互換機で手軽に遊べるようになりました。中でも転機になったのが、2014年に発売されたRetroN 5でしょう。他機種対応に加えて、HD出力やステートセーブなど、数々の先進的な機能を備えていたことで大きな話題となりました。
ところが、後になってそのRetroN 5に複数のエミュレータが権利者に無断で使われていたことが分かり、とりわけ多機種エミュレータRetroArchの開発者とは大きな問題になりました。さらには、他社製の互換機にも同様の問題があることが判明し、事態はさらに拡大しています。
 
RetroArch - wikipedia
 
それから何年か経ちましたが、残念ながら今のところ問題は解決していません。もっともいくつかの変化はありました。そのあたりの事情をうまくまとめたものとして、イギリスのゲームサイトEurogamerが今年2月に発表した記事があります。エミュレータ開発者と互換機メーカーという双方の当事者に取材した、たいへん貴重な内容で、それ以外にもいろいろと興味深い論点を含んでいるため、ここに要約してお見せしたいと思います。

開発者側で登場するのはRetroArch開発チームのリーダーであるダニエル・ド・マティス氏、そして以前このブログでも取り上げた精度重視エミュレータhiganの作者byuuさんです。
 
* * *
 
昔のゲームを遊ぶということでは、今ほど恵まれた時代もないだろう。任天堂やセガは、さまざまなサービスを通じて過去の作品に触れる機会を提供しているし、HyperkinやRetro-bitといった企業は、HD出力やステートセーブなどの新機能を備えたレトロゲーム互換機を売り出している。
 
ゲーム業界は動きが早く、ゲーム機もどんどん代替わりしてゆく。そのため、かつてゲームの世界では過去の作品の継承が難しいのではないかと見る向きがあった。音楽や映画なら別の媒体にかんたんに移すことができるが、ことゲームとなると、特定のゲーム機にどうしても縛られてしまうためだ。この図式をくつがえしたのがエミュレーションという技術だった。
 
エミュレーションは最近になって商業的にも成功するようになった。だが、そのことがかえってエミュレーションの長期的な見通しを危ういものにしているのだ。
 
最近のエミュレータで目立った成果を挙げているのがフリーウェアのRetroArchである(細かくいうと、RetroArchはフロントエンドであり、Libretroというバックエンドとの組み合わせで動作する)。RetroArchはAndroid、ウインドウズ、マック、Linuxで動作し、非公認ではあるがSwitchでも動くようになっている。
 
RetroArchの開発リーダーであるダニエル・ド・マティスは、RetroArchは並みのエミュレータとは違うという。フロントエンド、バックエンドの組み合わせで数多くの機種に対応でき、入力の遅延もほとんどない。そうした利点から、RetroArchはレトロゲーム愛好者の間で好評を博している。
 
RetroArchの成功は、熱意と能力を兼ね備えたボランティア技術者たちの努力によるものである。ところが、彼らの成果が第三者に利用されてしまっている。RetroArchのコードが開発者の許可なしに商品に使われており、しかも権利者に対して金銭的な補償もなく、使ったことを認めることすらしていないのだ。
 
「そもそもの始まりは、2014年にHyperkinがRetroN 5を出したことだった」とマティスは言う。
 
「あの製品には、複数のオープンソースのエミュレータが使われている。本体のソフトウェアをリバースエンジニアリングして、Libretroのコアが使われていることも突きとめた。このことが公表されると、Hyperkinはようやくその事実を認めた」
 
「ところが一方でSnes9xを今に至るまで使い続けている(Snes9xは90年代から存在する非商用のエミュレータ)。Snes9xの開発には数多くの人間が関わっていて、その大半はもう連絡が取れない。だけどそれを商品にするとなったら、権利者の全員に承諾を得ないといけないんだ」
 
他のソフトウェアと同じように、ゲーム機のエミュレータも開発が進むうちに枝分かれ(フォーク)することがある。そしてRetroN 5に使われているSnes9xのフォークは、マティス自身が書いたものと見られている。
 
「あれはぼくが個人的に開発したもので、スピード重視のフォークなんだ。オープンソースで、githubで公開していた」
 
「古いハードウェアでも快適に動くようにしたかったから、かなり手を入れた。まさにその理由からHyperkinも使ったと思う。他のエミュレータはパフォーマンス面で求める水準になかっただろうし、ぼくが作ったコアはパフォーマンスと互換性を両立させていたからね」
 
「もちろん、事前に何の連絡もなかったよ。単純にこっちのソフトウェアを商品に組み込んで売っていたわけだ。それは使用条件ではっきり禁じていることなんだけどね」
 
Hyperkinの弁護をするなら、Snes9xのコードをネットから落としてRetron 5に組み込んだのはHyperkin自身のしわざではない。互換機を手がけている多くの会社がそうであるように、Hyperkinもまた、ソフトウェアは自社開発ではなく外部の業者から買い入れていたのだ。それが誰なのか、ここでは明かさないが、マティスも知っているという。
 
つまり、この業者はRetroArchチームの成果から金銭的な利益を得たことになるのだが、それは明確な違法行為だとマティスは指摘する。
 
「あのSnes9xのフォークに関しては、ぼくに大半の権利があるし、他にも権利者がいる。そもそも非商用のソフトウェアを第三者に対して使用許諾を出す場合、権利者全員の書面による同意が必要なんだ」


広がる被害
 
なお悪いことに、RetroN 5の一件が明るみに出た後で、別の互換機メーカーにも同じ問題があることが判明した。
 
「それから1年後に、今度はCyber GadgetからRetro Freakってゲーム機が出た」
 
「そいつはRetron 5とまったく同じソースコードを使っているようだった。なにしろ、ソースのアーカイブに'for Retron 5'って入っていたんだ」
 
「つまり、HyperkinもCyber Gadgetも、自社製品のソフトウェア部分は自分たちで開発していたわけじゃなかった。同じ外部業者から買い入れていたんだよ」
 
別々の会社が、外部の業者によって開発された同一のソフトウェアを、その出所をきちんと確認することもなく、市販するハードウェアに組み込んでいた、などということがあり得るだろうか。そもそも、この外部業者には、そのソフトウェアを売る権限などあったのだろうか。
 
「この2社の言い訳は、商用利用可という条件を出した業者からソフトウェアを調達したというものだった」とマティスは説明する。
 
「こっちの願いは、非商用のエミュレータを無断で使用していたことのはっきりした証拠をつきつけられれば、しかるべきデューデリジェンスを行って、問題のエミュレータ部分を削除するだろうというものだった。ところがつい最近まで、何の返答もなかった」
 
「最近になって、こっちから2社にメールを送ったんだ。こっちが例の外部業者の正体を知っていること、そしてその業者には、そちらの製品に組み込まれているSnes9xのフォークに関して商業利用できる権利を販売する権限は100%ないってことを書いたメールをね」
 
マティスのメールに返事をよこしたのはCyber Gadgetだけだった。
 
「ソフトウェアの権利を明確にするまで、Retro Freakの販売は一時停止するというメールを送ってきたよ。Cyber Gadgetは例の業者に対して、ソフトウェアの商用許可が合法であることを示す書面を提出するように求めたそうだ。もちろん、そんなことできるわけがない」
 
「するとこの業者はどうしたかっていうと、つい最近のことなんだけど、(多機種エミュレータhiganの作者である)byuuに助けを求めたんだ。彼のエミュレータの使用許諾を出してくれって言ってきたわけ」
 
「もっとも、Retro FreakやRetroN 5じゃ、ハードウェアが非力だからhiganをフルスピードで走らせるなんてできるわけがない。本体を回収してスペックを上げるでもしない限りね」
 
byuuの名前は、とりわけSNESのエミュレーションによって、レトロゲーム界ではよく知られている。こと精度においては、higanはトップクラスのエミュレータでもある。そのbyuuはRetroArchの開発チームに対して同情的だった。
 
「ぼくの書いたコードはSnes9xにも入っているから、そいつが商用利用されたってことは、ぼくの権利も侵害されたことになる」とbyuuは言う。
 
Snes9xをめぐる現状は、エミュレータ開発者が企業からいかにひどい扱いを受けているかということの一例でもある。さらには、たとえ権利面に気を配り、きちんと契約を交わすような企業であっても、時には思わぬトラブルに見舞われることもあるのだ。
 
昨年末、Retro-Bitという会社がSuper Retro-Cageというゲーム互換機を発表した。この機種ではカプコンやデータイースト、ジャレコなどの過去のゲームが遊べるようになっているが、収録にあたっては現在の権利元から許諾を受けている。アーケードのほか、SNES、NES、メガドライブとさまざまな機種のゲームを内蔵している以上、多くの機種に対応しているRetroArchはSuper Retro-Cadeにうってつけの存在といえた。
 
「Retro-Bitに関しては直接やり取りしているわけじゃなくて、RetroArch開発チームの別のメンバーが仲介役になっている」とマティスは言う。
 
「最初に連絡があったのは2016年8月のことだった。もっとも、Retro-Bit側の連絡相手は、Super Retro-Cadeが発売になる直前に会社を辞めてしまったんだけどね」
 
「おそらくだけど、当時RetroArchの開発は資金不足にあえいでいたから、このメンバーは善意から行動してくれたんだと思う。つまり、交渉がうまく進めば、ハードウェア面でのパートナーが得られるかもしれないってことでね」
 
「そのRetro-Bit側の担当者は、ある外部業者からエミュレータの使用権を買い入れようとしていたんだけど、こっちのメンバーが警告していたってわけ。そんな使用権を出せる権限があるかどうか、そもそも怪しいぞってことでね。だけど先方はこっちの言い分も聞かずに使用権を買い入れてしまった」
 
「その担当者は、Super Retro-Cadeが発売になる直前にRetro-Bitを辞めた。その後で、こっちの開発チームのメンバーにRetro-Bitから連絡があったんだ。Super Retro-Cadeを出す直前になって、使用許諾を得て製品に使っているエミュレーションのコアがどういうものなのか把握できていないっていうんだよ。RetroArchが入っているのは確かだけど、SNESとアーケードのエミュレーションに関しては使用許諾がきちんと合法なのかどうか確認できないっていうわけ」
 
「だったらこっちに助けを求めるのかと思ったら、そうはならなかった。その後になって例のメンバーもRetro-Bit側とはやり取りが切れてしまったんだけど、結局その頃にはRetro-BitもSuper Retro-Cadeを売りだしてしまったんだ」
 
つまり、「とりあえず出して、問題があればその後で何とかする」という、問題あるやり方を取ったわけだが、マティスによれば、こういうことは一般的になっているという。
 
「同じことが何度も起こっているんだ。つまり、まずは金を稼いで、なにか問題があれば、後で対処するってわけ」
 
「こういう製品を出すにあたって、明らかに誤った、素人まがいの行為があったわけだけど、だからといってこっちが、お手軽な外注業者みたいな扱いを受けるいわれもないわけでね」

「エミュレータを作るにはたいへんな労力がかかっているわけだし、さらに言うなら、こっちには一銭たりとも利益が来ていないんだ。われわれの労力の結晶が、いいように利用されているってわけ」


なぜこのような事態に至ったのか
 
エミュレータの開発にはかなりの時間がかかっており、中には10年以上もひんぱんにアップデートされているものもある。こうした複雑な状況が、HyperkinやCyber Gadgetの失態の理由の一端になっているとはいえないだろうか。
 
「知らなかったっていうのは言い訳にはならない。会社を興して製品を売り出そうっていうなら、法的な問題はすべて解決しておくのが筋だろう。専門家に依頼して、確認しておくべきなんだよ」
 
「法務面に関しては、こういう不手際は許されないことだ。こっちとしては互換機メーカーに対して何度も警告している。それなのに、問題の製品をいまだに販売している。向こうだって利益を挙げなきゃならないから、売れ筋の製品を販売中止にすることはないだろう。それこそ法的な圧力でもなければね」
 
「HyperkinやRetro-Bit、Cyber Gadgetみたいな会社は、ゲーム機を作ることは出来るし、ハードに関しては権利面もきちんと処理できる。そういうことは出来るんだから、それだけにしておけばよかったんだよ。エミュレータの権利を許諾できますよなんていう、怪しげな外部業者の言うことを鵜呑みにしなければよかったんだ」
 
ではなぜマティスやRetroArch開発チームの面々は、どうしてこうした互換機メーカーに法的な圧力をかけようとはしないのだろうか。
 
その答えは簡単で、そもそも商用化ということを考えていなかったため、法的な問題に対処するための資金がないのだ。これは多くのオープンソースのプロジェクトに共通することでもある。
 
「われわれの場合は、エミュレータの開発を始めるにあたって商用化ということを誰も考えていなかったんだ。あくまで趣味としてやっていたから、弁護士が付いてるわけでもないし、裁判するための資金もない」
 
「いろんな意味で、われわれは自分たちの作り出した成功の犠牲者になっているんだ。エミュレータの開発はうまくいって、あちこちで使われるようになった。ところが、第三者の製品に無断で組み込まれるまでになってしまったんだ。そして、そういう製品を使っているユーザーには、どういうソフトウェアが組み込まれているのか分からないようになっている」
 
「残念なことだけど、利益を上げる機会はことあるごとに奪われているんだ。ひとつの手段としては集団訴訟が考えられる。非商用ソフトウェアの場合、無断で販売されている期間が長ければ長いほど、想定される損害額も大きくなるだろう。ただ、それにしたって資金をどこかから調達しないといけない」
 
結果としてどういうことが起こっているのか。非商用のはずのソフトウェアが無断で商用化されることで、開発者が手を引いてしまうのだ。それはまた、レトロゲームの世界にとっては不利益なことでしかない。
 
「みんなボランティアでエミュレータ開発に参加してくれているわけで、こういう問題が起こると嫌気がさしてしまうんだ」
 
「われわれの成果を、一部の企業が無断で使っている。使うなら、きちんとそのことを明示して、補償するべきなんだよ」
 
 
もうひとりの開発者の見方
 
byuuの場合はどうかというと、無断で商品化されるリスクには当初から気付いていた。また、それによってレトロゲーム界に価値ある成果が生まれる機会が奪われている可能性もあるという。
 
「ぼくの場合は自作のエミュレータをオープンソースにする前から、無断で商用化されるリスクがあることは知っていたし、心配でもあった」
 
「でも結局、それを承知の上でオープンソースにしたんだ。そうした方がレトロゲーム界にとっての貢献になるし、エミュレータだって良くなる。そのメリットが、無断で商用化されるリスクを上回ると思ったんだ」
 
「だけどそれは、あくまでぼくひとりの考えでしかない。他の開発者には違う考えの人だっているだろうね」
 
才能あるプログラマが、無断で商用化されるリスクを嫌って、エミュレータの開発から手を引いてしまうことはありえる話なのだ。その成果が、違法な形で商品化され、しかも企業はその事実を認めもせず、しかるべき補償を払うこともない。
 
だが今まさにそういうことが起こっているとbyuuは指摘する。
 
「たいていの場合、そういうことをやらかす企業は外国にいるんだ。ただ相手がアメリカの企業だとしても、法的な働きかけをするとなると高くつくし、相手側の弁護士が有能だったら、やぶ蛇になるかもしれない」
 
「もともと無料で提供されていたものだと、被害を受けたって主張するのは難しいし、裁判に負けた場合はその費用も負担しないといけない。そもそも無償でやっていることなんだから、裁判しようにもそんな余裕はないのが普通だし、無断で使っている側だって、それを承知の上でやっている」
 
「さらにいうと、個人的な経験から言えることだけど、こういう苦情を表明すると、世間から攻撃されたりするんだよ」
 
「問題のある製品だって客が付いている。そういう人たちは、自分がわざわざ購入した製品や、その販売元を悪く言うような人間を非難するわけ」
 
「ぼくが知っているエミュレータの開発者は、みんな目立たないようにしているし、権利が侵害されたとしても、あえて主張したりはしない。なぜかっていうと、文句を言い立てるような人間は嫌われるって思っているからなんだ」
 
「ぼくやマティスははっきり主張する方だし、そのことでいろいろ言われたりもする。場合によってはしんどい思いをすることもあるよ」
 
 
オープンソース運動自体が危うい
 
事実、マティスが思っているのは、このような企業のふるまいが、エミュレータの開発に限らず、オープンソース運動全体に悪影響をもたらすのではないかということなのだ。ことによっては、その余波はさらに大きなものになるかもしれない。
 
「残念なことに、こういうことのおかげで、オープンソース運動自体を見限るような風潮が出てきているんだ」
 
「オープンソース運動はあくまで双方にとって利益のあるものだったのに、それが一方通行になり、利益が一方向にしか流れないとなってしまったら、運動全体が廃れてしまっても不思議じゃない。法的なことで難しい立場になったりするとなれば尚更だ」
 
「ただぼくたち自身は、あくまで自分たちの作ったものに自信があるし、未来もあると思っている。そして、そういうものを邪魔するような動きにも黙って見ているつもりはない」
 
マティスが思っているのは、今後のことを考えれば、オープンソースのエミュレータ開発者は世間からもっと尊重されなければならないということだ。同じことはHyperkinやRetro-Bit、Cyber Gadgetといった企業にもあてはまる。なにしろ、こうした企業にとっては、オープンソースと同等のエミュレータを独自開発することは難しいのが実情なのだ。
 
「オープンソースのエミュレータ開発はいまだに不当な扱いを受けている。ゲーム業界の大手企業からは法的に疑わしい存在として見られているような風潮すらある。実際には、エミュレータ自体は合法だと法的には決着が付いているんだけどね」
 
「エミュレータの開発には長い時間と労力が費やされている。それなのに、一部の企業はその成果にただ乗りして、本来あるべき貢献を果たそうともしない。単に手っ取り早く儲けることしか頭にないんだよ」
 
「怖いのは、こういうことが続いてしまうと、オープンソースのエミュレータ開発自体に悪影響が出てしまうんじゃないかってことなんだ」

「ああいう企業はオープンソースの開発者を搾取しているんだ。バックアップするような組織も、集団訴訟に必要な資金もない相手だと見くびって、手玉に取っているわけ。しかも、成果を持っていくばかりで、何ひとつ貢献しようとしない。好きなように参入できるし、歯止めになるような仕組みもないんだ」

こうした現状はRetroArch陣営にとってもどかしいことでもある。というのも、彼らはHyperkinやCyber Gadgetのような企業と、エミュレータ開発者の双方にとって恩恵のあるような仕組みを考えているためだ。

「あらためて言うけど、RetroArchは単一のエミュレータ・プロジェクトじゃない。複数のエミュレータが並列できるエコシステムを形成しているんだ」

「そのエコシステムを拡大できるのなら、ゲームの開発者や発売元ともよろこんで協力するつもりだよ。そうなれば、いろいろと新しい可能性だって見えてくると思う」

byuuもまた、適切な機会があれば、エミュレータ開発者はよろこんでゲーム会社と協力するだろうと見ている。そしてそれは、費用面でも高くつくものにはならないという。

「オープンソースのエミュレータ開発者の多くは市販の製品への使用許可に応じるだろうし、その許諾料にしたって、せいぜい給料の一週間分とか、そんな程度だよ」

「エミュレータの開発者は自分の時間を費やして作業しているし、何の対価も得ていない。そうやって作ったもので他人が儲けているのを見せつけられるのは、愉快なことじゃないんだ」

マティスは今後、RetroArchの権利に関して企業との交渉は、正式な手続きを踏んだものに限るという。

「これから、企業との交渉に関しては、書面による業務上の取引でなければ応じるつもりはない」

「ぼくたちの場合、紳士協定では機能しないってことははっきりしたからね。法人でもない、ボランティアや趣味人の集団みたいに見られてしまうと、企業との交渉では主導権を相手に握られてしまう。せいぜいちやほやしておけば、問題が生じても何にもしてこないだろうってわけだ」

「ぼくたちは自衛しないといけない。さもないと、一方的に利用されるだけで、こちらの時間も浪費されるばかりになってしまうからね」


互換機メーカーの反応

今回の記事に関しては、Hyperkin、Retro-Bit、Cyber Gadgetの3社にもコメントを求めた。

Hyperkinからは、問題のソフトウェアを提供した外部業者とは「問題解決に向けての取り組みを行っている」との回答があった。また「RetroN 5はすでに複数回のアップデートを行い、問題の原因となったコードを除外した」というのだが、これによって一部のゲームに不具合が生じている。

さらには、「当方としては、今回のことは当該の外部業者と(RetroArch側と)の問題だと考えている」というコメントもあった。マティスが送った問い合わせのメールについては、担当した社員は1年ほど前に退社しているとのことだった。

Hyperkin側が強調したのは、問題については認識しており、解決に向けてエミュレータ開発者とも交渉しているということだった。すでにHyperkinは今後の製品に向けてhiganやStellaといったエミュレータの使用許諾を取得しており、他にも交渉中のオープンソース・アプリケーションがあるという。自社製品のソフトウェアに関しても、今後は外部業者に依頼せず、自社開発に切り替える予定になっている。また「開発者側の労力については、適切なかたちで報いることができると考えており、交渉に関しても喜んで応じる」という。

このようなHyperkinの言葉を伝え、公開の形での対話を提案したが、マティスはかたくなな姿勢を崩そうとはしなかった。そうしたところで前向きな結果は得られないというのだ。

「われわれはRetroN 5の問題について、すでにブログで何度も指摘してきた。それが2014年のことだけど、先方は何の反応も示さなかった。そして今は2018年だ。その間、何の変化もなかったし、RetroN 5も相変わらず販売されている」

HyperkinとRetroArchは非公開の形で何度か交渉を持ったが、一方でbyuuはHyperkinに対して自作エミュレータの使用許諾を出している。もっとも、だからといってHyperkinの過去の間違いが清算されるわけではないけどね、とbyuuは言う。

「RetroN 5の問題についてはぼくも思うところがあるし、そのことは(Hyperkinにも)伝えてあるよ。Snes9xの件は、使用許諾に違反する意図はなかったということだったし、今後は気をつけたいとも言っていた」

「べつにオープンソースの開発者と企業が手を結ぶことを止めさせたいわけじゃない。ただ企業は、開発者側の権利を尊重しないといけないと思うんだ」

「ぼくのソフトの使用許可を得たからといって、Hyperkinの過去の失敗がなかったことになるわけじゃない。ただ、あるべき姿への第一歩にはなると思う」

「今回ぼくが許諾を出したことで、いろんなところから心配の声があがっていた。ぼく自身もそのことを忘れないようにしたい」

「今後、自分のエミュレータを許諾するにあたっては、相手側に非商用のオープンソース・ソフトウェアに関する違反行為がないことを条件にした。これにはリスクもある。将来的にはこれで許諾の話がなくなるかもしれないからね。だけど、こういう形で他の開発者の権利も守るっていう、いわば連帯感を表明したいんだ」

「ぼくとしては、企業の側にも歩み寄りの姿勢はあると考えたいし、争うよりは協力したい。だけど、こちらの出した条件をはねのけるような相手については、そのことを世間に訴えていくだろう」

Retro-Bitからは、次のような声明があった。

「われわれはレトロゲームを積極的に支持する会社であり、レトロゲームの愛好者にできるかぎり最高の体験を届けたいと願っています。記事にもありますが、われわれはRetroArch側とメールで連絡し、当方の事情を伝えて交渉に応じることを表明しています。今度もできるかぎり事態の収拾にあたりたいと考えておりますし、できることなら将来的な協力も実現したいと思っています」

これに関連してRetro-Bitの幹部がすでにマティスに接触しており、Super Retro-Cadeについては販売を一時中止して、非商用のエミュレータを取り除いたものに置き換える話も出ている。

Cyber Gadgetからも次の声明があった。

「第三者からの申し立てについては現在精査している段階です。ご迷惑をかけていることをおわびいたします。本件に関しましては、現時点ではこれ以上申し上げることはございません」


何が問題なのか

この記事を読んでいる人の中には、いったいどの部分が問題なのか分からないという向きもあるかもしれない。

これらのエミュレータはネットで自由に入手できるし、(エミュレータを作って配布すること自体はまったく合法であるとはいえ)、それを使うことで、さまざまな機械で違法コピーのROMデータを遊ぶことができてしまう。そのような状況は、長い目でみればゲーム産業にとって有害なものになり得る。

一方で、Retro-BitのSuper Retro-Cadeのような製品が、ゲームの権利元に収益をもたらしていることも事実なのだ。

海賊行為という問題は、法的にはいろいろと難しいところがある。たとえ大昔のゲームであっても、著作権は有効であり、可能なかぎり尊重されなければならない。

とはいえ、任天堂はNESクラシック、SNESクラシックでエミュレータを自社開発したが、すべての互換機メーカーにそのような能力(や意思)があるわけではない。

つきつめれて考えれば、過去のゲームは、マティスのような無給の開発者によって、適切な形で保存されてきた。彼らの熱心な取り組みがあったからこそ、過去50年におよぶゲームの数々がプレイできる状態に保たれているのだ。さらには、彼らは仕事でやっているわけでもない。ゲームに対する強い愛着が、彼らを動かしているのだ。一方で、レトロゲームのブームに便乗しようとする企業は、マティスのような開発者を踏み台にして、利益をあげようとしている。

このような一方的な関係が続いてしまえば、ゲームの歴史のかなりの部分が失われてしまうかもしれないのだ。

* * *

いかがでしょうか。

この記事の要点としては、エミュレータというもののあり方を考え直す時期に来ているということでしょうか。何らかの形で、エミュレータとその開発者の地位向上が果たされなければなりません。

現在のエミュレータ界隈は、きわめて高度な技術が活用されていながら、どことなく日陰者あつかいされているという点で、1980年代のコピープロテクトを連想してしまいますが、重要度からいけば比べ物になりません。たとえば50年後には今あるゲーム機本体もROMカートリッジももはや動作するものは残っていないかもしれないわけで、そうなればエミュレータだけが今のゲームを伝えてくれる手段になります。そのようなかけがえのない存在が、いつまでもあやふやなものであっていいわけがありません。

またこの記事は、ゲームサイトという存在が現在のレトロゲーム界に対して果たすことのできる最大級の貢献になっていると考えます。

揉め事がいったん起こってしまうと、当事者同士でのやり取りは不毛なものになることもしばしばあります。こういう時、中立で状況の理解もある第三者が間に入り、双方の言い分を聞くことは、当事者同士にとっても気持ちの整理につながるはずです。さらに、記事という形で公開することで、世間に対して広く問題を提議することにもなります。それがまた、双方の当事者にとっては、問題解決に向けての(よくも悪くも)ある種の圧力として働くことでしょう。

残念ながら現状は解決にほど遠い状態ではあるのですが、それでも、ある程度の手がかりは明らかにされたように思います。それだけでもかなりの功績です。

この記事には興味深い反応もいろいろと見られました。締めくくりとして、記事についたコメントのうちから以下にいくつか挙げておきたいと思います。


「すべての原因は、ARMベースのSoCプロセッサが安く出回ったせいだと思う。おかげで小さな会社でもゲーム互換機を簡単に作れるようになった。ただソフトウェアはそれよりはるかに難しい。時間も技術も必要になるからね。だから「無料」で転がっているエミュレータに目を付けたってわけだ」

「エミュレーションはずっと昔から怪しげなものではなくなっている。もう20年近くも前のことだ。(プレイステーションのPC向けエミュレータをめぐる裁判で)ソニーが負けたからね。それにリバースエンジニアリングは、どんな会社でもやっている。いってしまえば、技術者は、他人の仕事を見て学ぶものだ。そもそもPC互換機という産業そのものが、IBM-PCのBIOSをリバースエンジニアリングすることから始まったわけで、元となったBIOS自体はIBMの技術者が作ったものであり、IBMがリバースエンジニアリングすることを許したわけでもない。でも実際にはそこからx86系のPCが作られていった。エミュレータの開発者だって同じで、他人の仕事に基づいてモノづくりをしている。それ以上でもそれ以下でもない」

「アーカイブの管理をしているけど、そういう立場から言わせてもらうと、長期の保存はエミュレータなしでは成り立たないよ。今あるSNES本体にしても、動かなくなれば、もはや保存する価値はない。長い目でみれば保存にはエミュレータが一番であることは間違いない」

「興味深い記事だった。似たような問題が日本のみで出ているゲームの勝手翻訳でも起こっている。NES、SNES、ゲームボーイアドバンスといった機種のカートリッジが手軽に作れるようになったせいで、模造品のカートリッジを作っている連中がいる。元の日本語版ROMデータにアマチュア英訳のファイルを足したものをカートリッジに入れて売っているんだ。ただこの場合、そもそも日本以外では出ていないゲームだから、正規の英語版というものが存在しない。だから法的にはどういう位置付けになるのかよく分からない。さらに問題なのは、こういうカートリッジで儲けている連中は、アマチュア翻訳の作者とも無関係だってことだ。つまり、ネットで翻訳ファイルを拾ってきて、それをカートリッジに仕立てているんだよ」

「今のところ、本当の意味でハードウェアをエミュレートするというのは、絵空事でしかない。ハードウェアを正確にエミュレートするとなると、たとえば基板にある半導体の中を移動する電子の動きまできちんと考慮しないといけなくなる。かつてMAMEで1970年代のゲームをエミュレートしようとした時に試みられたのがそういうことだった。結果としてどうなったかっていうと、Core i7でも悲鳴を上げるようなことになった。だから、higanみたいなエミュレータも「サイクル一致」とは言っても「ハードウェア一致」とは言わないわけだ。ただ正直いって、このふたつの違いはまず分からないほどに微細だけどね」

「問題は、こういう互換機を欲しがるような連中の多くは、この記事が指摘するような問題を理解しないか、まったく気づいていないか、そもそもどうでもいいと思ってるってことだな」


The retro gaming industry could be killing video game preservation by Damien McFerran - Eurogamer.net